バタフライエフェクト(3)
この感覚、すんごい久しぶりだ。
ここ四、五年は新しい超能力者を見つけることができずにいた。大学ではあれだけの人数がいたのに、就職して通勤時に毎日のようにこれだけ人とすれ違ったりしても巡り会えることはなかった。
どうする、声をかけるべきか?
いきなり電車内で知らない人に声をかけられたら向こうはびっくりするだろうが、こっちだってそれなりに勇気がいること。
あぁ、ためらっている内にどんどん遠ざかっていく。あとで後悔するよりかは……。
早歩きで俺を追い越す者がいた。
その、男はあっという間にあの超能力者に追いつき背後から肩を叩き、その勢いのまま腕を首に巻きつける。
「見たか? もう最高だったぜ……」
そんな言葉をかけたように聞こえた。そのあとの会話は分からない。
知り合いも乗っていたのか。
もう一人の方は……何も感じない。いや、これは現時点でもう一方の力がかなり強く出ているからそれでかき消されているだけかもしれない。
ということは、つまり!
直前に何か力を使っていた、発揮していた可能性が高いぞ。
なんだ、この車内で何をしたんだ。そう遠くない所のはずなのに俺の観測する力もこの程度か。最近は使ってなかったから感度が鈍ったか。
いや、まてよ。この車内で起きた異変といえば、あるじゃないか!
体調が悪そうに見えないおっさんがいきなり嘔吐した……。
脳裏に黒い物体、あの消えた黒い蛾が横切った。
ま、まさか。
なんだ……俺の頭上にまた豆のような小さい点が点滅しながら降り注いでいる。今度は白、銀色の点? 現れては胸の辺りの高さで消えていく、それが徐々に勢いを増しながら俺の頭上に大量に降ってくる。まるで紙吹雪だ。
それを浴びるようにじっと見ているとやがて目眩いがした。
あっ、駄目かもしれない……でも、追いかけなきゃ……。
たまらず目を瞑り辺りは暗くなる。あの点が視界から消えると幾分か楽になった。今はこのまま動かない方が身のためだと思い、手すりを両手で掴みなんとか倒れないように持ち堪えた。
あぁ、暗いのは落ち着く。あの眩しすぎる点はなんなんだ。
「あの、よかったら席どうぞ」
「へぇ?」
後ろを振り向く。我ながらに間抜けそうな声を出してしまった。そんなことよりも俺の背後に座っていた女性が席を譲ってくれると言う。これはありがたい。正直、今にも気を失うんじゃないかと焦っていたんだ。
「ありがとうございます。助かります」
低いややガラガラした声で礼を言い、遠慮する仕草も見せずお言葉に甘えた。
助かった。息を吐きぐったりと座る。こんな時に助けてくれる人が現れるなんて俺の人生も捨てたもんじゃないな。
「気分、悪いのですか?」
「ちょっといきなり頭がクラクラしたもので。そんな大したことじゃないと思います。ご親切にどうも」
「あの蝶に触れたから……」
えっ、今なんと言った!? どうやら驚きのあまり声には出せなかったみたいだ。が、表情には存分に表れているはず。
「心当たり、あるんですね?」
この顔を見てさっきの言葉を少なからず理解したとみたようだ。
うん? 蝶に触れたから……。
「あれ、蛾じゃないんですか?」
「蝶です」
女性は不満な口調できっぱり否定した。
日付が変わった。俺は明日も仕事なのに今まで通り過ぎるだけで降りたことはなかった駅のホームにいた。ここも利用客が少ない駅なので端っこまで来れば辺りは無人だ。彼女の降りる駅がここになる。
最終電車の時間も気になるところだが最悪、歩きでも決して帰れない距離ではないのが幸いだ。立ったまま向かい合う二人。今は彼女と話す方が優先度は高い。
「あなたにはあの蝶が見えたのですね?」
背は小さく細い、気の弱そうな見た目に反してキリッとこちらを見つめ力強く口を開く。話をスムーズに進めるためにもここは蝶で合わせるべきだろう。
「ということはあなたにも見えるのですね?」
「はい、そうですけど……」
なぜそっちも同じ質問をする? そんな様子で戸惑っているように見えた。
「申し遅れました。僕の名前は
「あっこちらこそ。私は
「はい、よろしくお願いします。で、僕と熊谷さんには同じものが見えた。つまり、僕達二人は特別な力を持っていることになります」
「えっ私も? それに安原さんもそうなんですか」
自分も含まれていることには意外そうな反応をした。彼女は自覚していないようだ。
「だって、きっとあの蝶は僕達二人以外には見えていなかったはずです。そんな共通項のある二人だからこうして話をしているんじゃないですか?」
「そっか。見えるだけでも何か力があるってことなんだ」
「その通り。僕は特別な力を持っている人がその能力を使う、発揮した時に近くにいれば察知することができるんです。熊谷さんもそれと同じなはずです。いわば超能力の観測者ですね」
「観測者。なんかカッコいい」
照れ臭そうに笑みを浮かべる熊谷さん。
そう、俺達二人は観測者。
ではあの蛾、じゃなくて蝶は誰が出現させた?
ここからが肝心なところ。
「それで、あの蝶は一体……」
「工藤君です」
「えっ」
「あの蝶の飼い主は工藤君です」
「知っているんですか!?」
「はい。その蝶が私にだけ見えるってことで秘密を共有する仲になり親交を深めていきました。でも私以外にもその蝶が見える人が今日は現れてびっくりしました。やっぱり工藤君の予想していたことは当たっていた。僕だけだとは思えない、他にも特別な力を打ち明けられずにいる人は日本、いや世界中のどこかにいるはずだって」
「工藤君の言う通りです。あれはどんな力なんですか? あんな風に力が何か形として表れるのは実は珍しいと思っているんです」
「そうなんですか。安原さんなんか詳しそうですね」
「不確かなものも多いですけど一応、僕なりに研究はしているんです」
「すごい。今度ゆっくり聞かせてください。工藤君の力はですね……バタフライエフェクトって呼んでいます。この言葉は知っていますか?」
「バ、バタフライエフェクト……はい、聞いたことはありますけど」
なんか凄い言葉が出てきたような。確か小さな事象がやがて大きな事象を引き起こすきっかけになるみたいな意味だったけ。今まで出会ってきた力とはまるでスケールが違う予感しかしない。
「一匹の蝶が羽ばたいたことにより、そこから遠く離れた場所では竜巻が発生した。そんな小さな動作で大きな現象を引き起こす、その蝶が工藤君なんです」
やっぱり。それが本当ならとんでもない能力じゃないか? 人間に災害級の事象を起こす力があると言っているのに等しい。
「例えば今までどんなことが起きたって言うんですか?」
「工藤君、曰くトンガで起きた大規模噴火は自分が原因かもって言ってました」
あれって工藤君が原因だったんだ、へぇ〜ってそんなこと信じられるかい!
「な、何をしたから噴火したんですか?」
半信半疑で呆れたような調子で質問してしまった。
「言いにくいことですけど……初めてオナ、ニーをしたみたいです」
熊谷さんは目を逸らして斜め下を向きながら恥ずかしそうに小声で教えてくれた。もはや笑うしかない。
「工藤君がオナニーする度にあんな噴火が起きるんですか?」
そんな事あってたまるかい! オナニーなんて単語、普通は発するのは憚れるがそんなことは気にしていられないくらい俺は声を大にして言った。
「いえいえ違います。それだったら困ります。おそらく初めて、だったからだろうって推測しています」
それならよかった。いや良いのかは分からないが工藤君にオナニー禁止令を出さすには済む。
「いずれにせよ、凄い能力ですね。もはや人間ができる範疇を超えている。工藤君=地球の気分みたいなもんじゃないですか」
「それが、そうでもないんです。何も自然現象を引き起こすだけにとどまらない魔法の力なんです」
次の電車が間もなく来るアナウンスが流れる。あと数本で電車の運行は終わる。まだ話は終わりそうにない。今日はやっぱり歩いて帰ることになりそうだ。
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