第9話:刺客

帝国歴222年4月20日:港町、ジョルダーノ商会の大型交易船


「シモーネ様、今夜襲ってくると思われます」


「防ぎきれそうか?」


「ベニート殿も傭兵ギルドからできるだけ多くの腕利きを集めましたが、流石に1国の王子が動かす刺客には勝てないと思われます」


「こちらが手を貸せば何とかなるか?」


「死なないまでも、多くの者がケガをすると思われます」


「無事に出航さえできれば、船の中で休めるはずだ。

 死人さえ出さえでなければどうにでもなる。

 それに、ここまで来たら、大使館と連絡を絶つ意味もない。

 直ぐに大使館に使者を送って援軍を送らせろ。

 ベネディクトゥス王にも詰問使を送らせろ」


「承りました」


 シモーネとベニートは、できるだけ早くグレリア帝国に渡りたかった。

 それぞれが集めた情報から、グレコ王家とカタ―ニョ公爵家が、普通では考えられない愚かな判断をしている事がうかがえたからだ。


 だが、10隻以上の交易船を持っているジョルダーノ商会でも、直ぐに帝国に渡れる保有船はなかった。


 この世界では最先端の技術を誇るグレリア帝国でも、主力船はまだガレー船でしかなく、帝国と王国の片道に30日前後かかっていた。


 シモーネとベニートが秘密の交渉を行ってから5日後、ようやく交易ガレー船が戻ってきたが、直ぐに帝国に向かえる訳ではない。


 王国向けの商品を降ろさなければいけないし、帝国向けの商品を積まなければいけないのだ。


 いや、帝国向け商品を減らしてでも、シモーネ達が帝国も戻るための細々とした物を積まなければいけない。


 何よりジョルダーノ一家が帝国に移住するために必要な物、家具や服、細々とした日用品や愛用品を積まなければいけなかった。


 7日間もあれば、少々の無能でも襲撃の準備ができる。

 まして狙う相手が帝国に逃げようとしていたら、大急ぎで襲撃準備を整える。


 ヒュウウウウウ!

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ。


「矢だ、火矢だ!」


 シモーネ達が乗り込んでいる交易用大型ガレー船に次々と火矢が刺さる。


「消せ、火を消すんだ!」


 船に乗り込んでいる正規の船員だけでなく、警備の為に雇われていた傭兵までもが火を消そうと走り回る。


 まだ出航の準備は整っていないのだが、シモーネ達は船に乗り込んでいた。

 敵の襲撃してくる場所は3カ所が考えられた。

 交易船はもちろん、港の倉庫や屋敷も危険だった。


 刺客は本人を殺すだけでなく、王都から逃がさなければいいのだ。

 船を燃やす事ができてもいいし、倉庫にある交易品を灰にしてもいい。

 ありとあらゆる方法を使って足止めしようとした。


 だがベニートから見れば、もう交易品や屋敷など燃やされてもよかった。

 守れたらありがたいが、最悪切り捨ててもいいモノだった。


 ベニートが命に代えても護りたいのは妻と娘だけだった。

 それ以外のモノを全て失っても、2人が生きていてくれさえすればいい。


 それに、王都の屋敷や倉庫を失っても、交易船さえ無事なら何とかなる。

 航海中の交易船には、価値のある商品が満載され、交易利益も運ばれてくる。

 帝国内はもちろん、航路間にある港町にも倉庫や商店があるのだ。


 何より帝国伯爵が、今回の件で受けた被害は全て賠償すると約束してくれた。

 交易に力を入れている伯爵家が信義に厚い貴族なのは、帝国に拠点を持つ商人なら誰でも知っている事だった。


 そんな伯爵家の嫡男、次期当主が家名にかけて約束し、契約書に署名までしてくれたので、ベニートも思い切った手を打てた。


「インマヌエル王子殿下に襲われた!

 カタ―ニョ公爵家のミア嬢を助けたら、インマヌエル王子殿下に襲われた!

 インマヌエル王子殿下には何かやましい事があるのだ!」


 ベニートに命じられていた傭兵達が、一斉に同じことを大声で言いたてた。

 ジョルダーノ商会の船員も使用人も大声で同じことを言いだした。


 船員にとって何より恐ろしいのは火事だった。

 航海中はもちろん、港に停泊中だって細心の注意を払っている。


 そんな船員が留守番している波止場で火矢を放ったのだ。

 波止場にいる全ての船員から恨まれ敵意を持たれて当然だった。

 これで両大陸中の港にインマヌエル王子殿下の悪事が広まるのは間違いなかった。


「ベニート、すまない。

 どうやら屋敷も焼かれてしまったようだ。

 思い出は保証できないが、金銭的な賠償はさせてもらう」


 シモーネは王都の山手に上がった火の手を見て謝った。

 方角と距離と前後の事情から、ベニートの屋敷が燃やされたのに間違いなかった。


「私も商人でございます。

 妻子の命さえ無事なら、金銭で保証していただければ何の問題もありません。

 もちろん、色を付けて頂ければありがたいですが」


「くっくっくっくっ、流石グレコ王国を代表する交易商人だ。

 金にできるかどうかはベニート次第だが、上手くやれば莫大な利益を生むかもしれない褒美をやろう」


「投機のような褒美は、あまりうれしくないのですが?」


「俺が信じる友人達に紹介状を書いてやる。

 内陸に広大領地を持っている奴もいれば、領内に鉱山を持っている奴もいる。

 家ほどではないが、そこそこの港を持つ奴もいる。

 金にできるかどうかはベニートの才覚次第だが、気に食わないか?」


「ありがたき幸せでございます。

 紹介状に勝る褒美はございません。

 ありがたく頂戴させていただきます」

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