第3話:絶体絶命

帝国歴222年4月10日:王都商人街


「ごっほ、ごっほ、ごっほ、大丈夫?」


 何とか7つくらいの幼女を助けたミアだったが、まだ冷たい春先の水に飛び込み、溺れる子供を水路に押し上げた負担は大きかった。

 人相の悪い人間から逃げる余力など全くなかった。


「くっくっくっくっ、嬢ちゃんのお陰で冷たい水に飛び込む手間が省けたよ」

「そうそう、お陰で金蔓を死なせずにすんだぜ」

「堅苦しい屋敷に入り込んで真面目な人間を演じた苦労が報われるよ」

「お礼に全員で天国に行かせてやるよ」

「「「「「ぐっへへへへ」」」」」


 ミアは立つ事もできないほど疲れてしまっていた。

 両親と妹の残り物しか食べられないのに、妹のエレオノーラはその残り物にゴミなどを入れて食べられなくしてしまうのだ。


 その所為でミアは18歳とは思えないほど痩せ細っていた。

 商家も通いのミアの為に食事など用意してくれなかった。

 体力のなさが、この絶対に逃げなければいけない時に祟っていた。


「逃げなさい、私が防いでいる間に逃げなさい」


 ミアは助けた幼女を逃がそうとした。

 だが幼女も水路に飛び込むまでに体力を使い果たしていた。

 ミアが助けなければ確実に溺れ死んでいたほど疲れていたのだ。


「こっちにこい!」


 10人の悪人顔の中でも、特に凶悪な顔をした奴が、獣欲を隠そうともせずにミアの手をつかもうとした時。


「恥知らずが!」


 声と共に1人の漢が走り抜けた。

 その後には10人の倒れた男が転がっているだけだった。

 何をどうしたのかは分からないが、漢が悪漢を倒した事だけは確かだった。


「大丈夫かい?

 よく命懸けで子供を助けたね。

 君のような、勇気と行動力のある女性には初めて会ったよ」


 ミアは自分と幼女が助かったのを知って最後の気力を失った。

 それでなくても栄養失調と重労働で限界ギリギリだったのだ。

 春先のまだ冷たい水に入った事で限界を超えてしまっていた。


「しっかりしなさい!」


 ミアと幼女を助けた漢は、気を失ったミアを見て一瞬だけ考えたが、直ぐに行動に移った。


 自分がやってきた方に視線を送ると、冒険者としか見えない2人の男が現れた。

 2人の男はそれぞれミアと幼女をお姫様抱っこした。


 3人は目にもとまらぬ速さで元来た道を戻って行った。

 残された悪漢10人はただ放置されたわけではない。

 何処からともなく現れた男達に縛り上げられて連れ去られた。


「水路に落ちた子供達を助けた、直ぐに湯を沸かしてくれ。

 温かいスープもたくさん用意してくれ。

 この子達の世話をする女も寄こしてくれ」


 ミアと幼女を助けた漢は、王都でも一二を争う超高級ホテルにいた。

 幼女はともかくミアの服装は、超高級ホテルに立ち入れるモノではなかった。

 だがフロントにいた従業員は唯々諾々と命令に従っていた。


 漢は超高級ホテルのスイートルームの宿泊者だった。

 そんな上客がどのような女を連れ込もうと文句を言う従業員などいない。


 まして人助けをしたと言っているのだ。

 服装がホテルに相応しくないと断りでもしたら、どのような悪評を広がるか分かったものではない。


 ホテルの厨房では朝食に準備していたスープの完成を急いだ。

 3人のメイドが、死にかけているミア達を温める為に急いで暖炉に火を入れた。

 暖炉が温まるまでの繋ぎに、厨房で使っていた火を火鉢に入れて持ってきた。


 漢と共にスイートルームについてきたメイドが、漢の指示に従って2人をベッドに寝かせ、水浸しになった服を脱がせて乾いた布で水気を拭き取る。


「お客様、お着替えさせていただきました」


 素早く2人を着替えさせたメイド達は、水気を吸ってしまったシーツやマットレスまで取り換えた後で、控えの間で待っていた漢に声をかけた。


「このままベッドに寝かせてやっておいてくれ。

 急いで食べ物を持って来てくれ」


 目で指示を仰ぐ年嵩のメイドに漢が答えた。


「承りました」


 幼女は豊かな生活をしているのだろう、ふくよかな身体をしていた。

 一方ミアは、貧民街で喰うや喰わずの生活をしている者のように痩せ細っていた。

 そんな2人が最高級ベッドに寝かされた。


「スープが完成していないのなら酒でもミルクでもいいから温めて持って来てくれ」


 ミアと幼女の様子を見た漢は、このままではミアの体力が危険と判断して、年嵩のメイドに命じた。


 メイド達は急いで厨房に向かった。

 誰もいなくなったスイートルームで漢がつぶやいた。


「子供の方はこのまま回復魔術を使ったら助かるだろう。

 だが娘の方は、回復魔術を使っても、効果を表すための元になる栄養がない。

 命が尽きる前に何か食べさせることができればいいのだが……」

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