第4話:想定外

帝国歴222年4月11日:最高級ホテル


「お助けいただき感謝の言葉もございません」


 ミアはとても危ない状況であったが、何とか命が繋がった。

 回復魔術が効果を表すのに必要な栄養素とカロリーを、ホテルの侍女がワインとミルク、スープを口移しで飲ませてくれたからだ。


「いや、いや、死にかけている者が居たら助けるのは当然の事だ。

 君もそう思うから、水路に落ちたこの子を助けたのだろう?」


「おねえちゃん、助けてくれてありがとう」


「私にお礼を言う必要はないわ。

 確かに水路から助けたのは私だけれど、私だけでは悪漢の魔の手からは助けてあげられなかったわ。

 本当の意味で貴女を助けたのはこの方よ」


「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」


「どうしたしまして。

 でも君がおねえちゃんにお礼を言ったのは正しい事だぞ。

 お姉ちゃんが水に飛び込んでくれていなかったら、俺は間に合わなかった」


「お姉ちゃん、お兄ちゃん、助けてくれてありがとう」


「どうしたしまして、お礼はもういいから、暖かい内に食べなさい」


「うん!」


 幼女は、漢がホテルに用意させた温かなスープとミルク、最高級の肉と野菜を煮込んだ料理を食べ始めた。

 普段ロクな物を食べていないであろうミアの事を考え、消化が良い料理を用意させていたのだ。


「助けていただいた上にご馳走していただくなんて、申し訳なさ過ぎます」


 なのにミアは遠慮して食べようとしない。


「そんな事を言わずにしっかり食べなさい。

 こんな事を言うのは何だが、君の世話をしてくれたメイドの話では、その歳の女性とは思えないほど痩せ細っているそうではないか。

 いったいこれまでどのような生活をしていたんだい?」


「お恥ずかしながら、生まれ育った家が貧しく、ろくに食べる事ができなくて……」


「だが君が着ていた服装は下女のお仕着せだった。

 この国の法律では、人を雇っている者には、最低限の衣食住を保証しなければいけない義務があったはずだ」


「……もうこれ以上聞かないでください。

 実家の恥をお話しするのは辛過ぎます」


「君の食事代まで実家が奪っているのか?

 それとも、借金を理由に食事を支給していないのか?

 どちらにしてもこの国の法に触れている。

 実家にも雇い主にもそれ相応の罰を与える事ができるぞ?」


「私が訴えれば、それでなくても落ちている実家の評判が更に落ちてしまいます。

 それではご先祖様に会わせる顔がなくなってしまいます。

 雇い主にしても、実家が莫大な借金をしているにもかかわらず、利息も支払わないのですから、通いの下女に食事を与える必要はないと思います」


「それは余りに消極的過ぎるぞ。

 ご先祖様よりも今生きている君の命の方が大切だ。

 どのような理由があるにしても、人々の為に作られた国法を破る事は許されない。

 それに、あのままでは遅かれ早かれ餓死していたのだぞ。

 それでも実家も雇い主も訴えないと言うのか?」


「はい、どのような人達でも親ですし妹です。

 雇い主はともかく、一緒に働いていた人達には親切にして頂きました。

 雇い主に何かあれば、彼らが困るかもしれません」


「おねえちゃん、ご飯も食べさせてもらえないの?

 だったら家に来てよ!

 家に来てくれたら、お腹一杯ご飯が食べられるよ」


「そうだな、それが好いだろう。

 こう言っては何だが、お嬢さんはこの子の命の恩人なのだ。

 金をもらっても両親に奪われるだけだろう?

 だったらこの子の家に雇ってもらった方が良い」


「ありがとう、とてもうれしいわ。

 でも私にも色々と事情があるの。

 両親を見捨てられないし、何かあったら貴女の家にも迷惑をかけてしまうわ」


 ミアは幼女の家が両親と妹に睨まれるのを極度に恐れた。

 経済的に没落しているが、腐っても公爵家である。

 そこそこ豊かな家であろうと、権力で潰すくらいは簡単にできる。


 ミアが通っていた商家も、王都では指折りの大富豪だ。

 少々の家などその財力で簡単に潰せる。


 それに、助けていたはずの公爵家の娘に迷惑をかけられたら、これまで我慢していた取り立てを力尽くで行うかもしれない。


 今まではミアが働く事で見逃してくれていたが、働かなくなったら王家に訴え出るかもしれない。

 そんな事に成ったら公爵家は確実に潰されてしまう。


「助けていただいた事には心から感謝していますが、もうこれ以上私の事に構わないでください」


 そう言ってベッドから降りよとしたミアだが、長年の栄養失調の影響は大きく、そのままベッドに倒れ込んでしまった。

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