Phase 11 告発

「もしもし、兵庫県警組織犯罪対策課の警部、大泉旬おおいずみしゅんと申します。山崎重工業の社員でよろしいでしょうか」

「はい、そうですけど……。兵庫県警がわたくしに何の用でしょうか」

「御社に、『佐伯静枝』という社員は在籍していないでしょうか?」

「佐伯静枝さんですか。確かに、佐伯静枝さんは弊社の社員ですが……そういえば、ここ数日佐伯さんの出勤記録が残っていません」

「佐伯静枝は、殺された」

「殺された!? それは本当ですか?」

「本当だ。ちなみに殺害したのはチャイニーズマフィアだ」

「ちょっと、何を言っているのか分かりません! 突然組織犯罪対策課の警部さんが電話をかけてきたと思ったら、ウチの職員がチャイニーズマフィアに殺されたとか、もうわけが分かりません」

「残念ながら、私はただ事実を述べているだけだ。そして、もう一つ聞きたいことがある」

「何ですか……」

「事務員から『使途不明金』が無いか調べて欲しい」

「わ、分かりました……」


「古谷君、これで良かったのか」

「良いんだ。山崎重工業がやって来たことは恐らく組織ぐるみでのマネーロンダリングだ。その中には、山谷組が絡んでいたのは紛れもない事実だ。ところで、四隅行雄はどうしている」

「留置所の中にいるが……」

「面会は出来ないのか」

「そうだな。面会を許そう。ただし、時間は15分きっかりだ」

 こうして、僕は四隅行雄が留置されている場所へと向かった。面会は直ぐに行われた。ガラス越しにうつむいた表情を見せる四隅行雄が、僕にはなんだか悲しそうに見えた。

「四隅さん、僕だ。古谷善太郎だ」

「古谷さん……」

「少し、黒老虎について聞きたいことがあって、こちらに来た」

「黒老虎か。確かに、奴らは厄介なチャイニーズマフィアだが……」

「あの時、香港で何があったのか教えて欲しい」

「ああ、そういう事だったのか。俺が香港に着いて直ぐに、恰幅の良い男性にチャカを突きつけられた。ソイツが黒老虎の張流星という首領だと気づくのに、数分かかった。ヤツは俺に、たどたどしい日本語でこう言った」

「一体、何を言ったんだ」

「『その金を、こちらに寄越せ。さもないと命はない』と」

「なるほど。それで脅された四隅さんはアタッシュケースを張流星に渡したと」

「そういう所だ。まあ、俺の頭は悪くないからそれからカネの行方を追っていた。どうやら、黒老虎は本国で裏カジノを運営していた。なんとしても1000万円を取り返したかった俺はポーカーで一発勝負を賭けた。その結果、勝利の女神は俺に微笑ほほえんだ。というよりもイカサマを見抜いたと言えば良いのか」

「そうか。それで無事に1000万円を取り返したのか」

「まあ、そんな所だ。『行きはよいよい帰りは怖い』とは言うが、帰りは正直黒老虎にタマを握られていて、生きた心地がしなかった」

「まあ、いずれにせよ四隅さんがやっていることは我々警察からしてみれば犯罪以外の何者でもない。事実、君は金融商品取引法違反及び銃刀法違反の疑いで逮捕されて、こうやって留置されている。それは分かっているな」

「もちろんだ。それで、まだオフレコの段階だが山崎重工業の社長が近々特別背任の疑いで逮捕されることになる」

「それってまさか……」

「そうだ。そのまさかだ」


 数日後。僕は国営放送で山崎重工業による記者会見を見ていた。どうやら、今回のマネーロンダリングの件で話したいことがあるようだ。

「えーっと、私は山崎重工業の山崎勲やまざきいさおと申します。各社の報道でも明らかにされている通り、私は社員に頼んでマネーロンダリングを行っていました。それは紛れもない事実です。それで、この通りお詫びをしたく、今回の記者会見に踏み切りました。まず、私は長年地元の反社会勢力である山谷組との付き合いがありました。それで、山谷組に頼んで資金洗浄を頼んでもらったのも事実です。マネーロンダリングした資金は、香港やパナマ、ヴァージン諸島といった租税回避地に預けていました。数年前に、『パナマ文書』という租税回避を行っている企業の書類がリークして、問題になりましたね。もちろん、山崎重工業の名前もパナマ文書の中に入っていました。マネーロンダリングが犯罪だという事は分かっていました。しかし、弊社が負債を抱えた時に、どうしてもそれを隠したくて、山谷組に頼んでマネーロンダリングを行うことになりました。つまり、今までの営業利益は全て山谷組によるマネーロンダリングで実際よりも赤字がないように見せていたのです」

 社長の言葉にざわめくマスコミ。お詫びとして土下座をする社長に、無数のフラッシュが炊かれていた。それからしばらくして、大泉警部の姿が画面に映し出された。手には手錠がかけられている。

「山崎勲さん、あなたを特別背任の容疑で逮捕します」

「そうですか……」

 その瞬間は、僕の目にも焼き付いていた。しかし、これで弱みに付け込んだ黒老虎が山谷組の本部を襲撃するかもしれない。僕は、テレビの電源を消してそのまま山谷組の本部へと向かった。


 山谷組の本部は、静けさに包まれていた。恐らく、嵐の前の静けさだろう。僕は、覚悟を決めて威嚇用の拳銃に銃弾を装填そうてんした。万が一黒老虎の構成員に襲撃されたとして、僕はどうすべきなのか正直分かっていなかった。けれども、拳銃で威嚇したら相手はひるむ。そう思っていた。僕は山谷組の人間でもなければ黒老虎の人間でもない。兵庫県警から追放された、羅生門の鬼だからだ。

 やがて、普通の拳銃ではあり得ない銃声鳴り響く。恐らく、黒老虎のスナイパーがライフルを撃ったのだろう。ライフルの銃弾は、山谷組の本部の硝子を粉々にした。そして、山谷組の組員がドスの利いた声を唸らせながら門から出てきた。当然、黒老虎の構成員も中国語と思しき叫び声を上げながら山谷組へと襲いかかってくる。僕は庭園の草陰に隠れて、拳銃を発砲する準備をしていた。


 ――そして、僕は拳銃を発砲した。


 辺りは静寂に包まれた。兵庫県警のパトカーのサイレンが鳴り響く中で、僕が何を思っていたのかは、善く覚えていない。

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