Phase 08 見えない影
「昨晩、神戸市内の雑居ビルで火災事故が発生しました。火元は不明ですが、現場から瓶のようなものが見つかっていることから、誰かが火炎瓶を投げ込んだものと見られています。兵庫県警では――」
僕は、昨晩の火災事故のニュースを見ていた。兵庫県警の中で完全に
そんな事を思っていると、スマホに着信が入ってきた。着信の主は、大泉警部だった。
「古谷君、突然呼び出してすまない」
「何があった」
「黒老虎の資料には目を通したか」
「当たり前だ」
「ならば、話は早い。その件に関して、長友君から情報が入ってきた。古谷君にはそこに向かって欲しい」
「分かった。今すぐ向かう」
大泉警部からの電話を切った僕は、長友雅人の元へと向かった。相変わらず、三宮の裏路地というのは無料案内所や成人向けのDVD試写室で混沌としている。その混沌の中に、長友雅人の
僕は、事務所のドアをノックした。
「僕だ。古谷善太郎だ。長友雅人はいるか」
「お待ちしておりました。今すぐ開けます」
ドアを開けると、少し眠そうな長友雅人の顔がそこにあった。恐らく黒老虎の調査で寝ていないのだろう。事務所の中に通された僕は、長友雅人から詳しい話を聞くことにした。
「四隅行雄の件、大変なことになってしまいましたね……」
「ああ、まさかチャイニーズマフィアまで絡んでくるとは思わなかった。それで、大泉警部から雅人宛に情報が入ってきたと聞いたが、それは本当か」
「もちろんですよ。黒老虎は、
長友雅人が用意してくれたコンソメ味のポテトチップスを食べながら、僕は詳しい話を聞いていた。香港では、「
「それで、古谷さんに見て欲しい動画があるんです」
「僕に? どんな動画だ」
「まあ、とやかく言わずに見てください」
そう言って、長友雅人は僕にノートパソコンの画面を向けた。動画には、虎の刺青が入った男性と円愛梨と見られる女性がベッドの上で一つの生命体になっていた。その様子はなんというか、「命の儀式」というよりも、犯されているという風にしか見えなかった。僕の心の中に封印していた過去の記憶がフラッシュバックして、思わず吐き気を
「顔色が悪いように見えますけど、大丈夫ですか?」
「……大丈夫だ」
当然、長友雅人には僕の母親が犯された挙げ句妊娠が発覚して首を括った事は説明していない。変な心配をかけさせたくなかったからだ。
「それよりも、この虎の刺青を入れた男性は誰だ」
「ああ、彼は
「円愛梨の肉体関係って、厄介だな」
「だからこそ、黒老虎のメンバーに毒殺されたんじゃないんでしょうか?」
「なるほど。確かに、四隅行雄に対する報復として黒老虎のメンバーに殺害されたのなら合点がいく」
「そういえば、四隅行雄ってどうしているんですか?」
「言われてみれば、最近彼と連絡が取れていないな。とりあえず、スマホで連絡を取ってみるよ」
そう言って、僕は四隅行雄のスマホに連絡を取ることにした。意外にも、電話は直ぐに繋がった。
「ああ、古谷さんか。もしかして、俺のことが心配になって電話をかけたのか」
「そんなところだ。現金の方はどうなっている」
「なんとか取り返せた。しかし、香港マフィアは厄介だな。言葉が通じないのもあるが、日本のヤクザと比べても段違いに厄介だ。もう、あのマフィアとの抗争はゴメンだ」
それから、僕は四隅行雄に一連の事件の事を説明した。
「そうか……愛梨が何者かに毒殺されたのか……。もちろん、この件に関して古谷さんがシロなのは言うまでもない。問題はあの城が焼かれたことだ」
四隅行雄が話す「あの城」とは、言うまでもなく東門街の風俗店が密集している雑居ビルだろう。そして、いつ帰国出来るのかを聞いた。
「いつ帰国できるんだ」
「来週中には帰国する。送金処理の方は順調か」
「当然だ」
「分かった。くれぐれも変な真似はするなよ」
その一言で、四隅行雄の電話は切れた。すかさず、長友雅人が僕に話しかける。
「それで、逮捕するんですか?」
「もちろんだ。しかし、四隅行雄が帰国したところで本当に逮捕できるかどうかは分からない。最悪の場合、黒老虎のメンバーに殺害される可能性もある。僕が組織犯罪対策課に復帰するための条件は飽くまでも『生きた状態で四隅行雄を逮捕すること』だ」
「つまり、ホトケの状態は認めてくれないってことですか? 旬さんも結構気難しい人なんですね」
「そうだ。生きた状態で四隅行雄を豚箱に送らないといけない。もしかしたら、大泉警部と四隅行雄の間には、何か因縁があるのかもしれない」
「とりあえず、伊丹行きますか」
「そうだな」
大泉警部に一連の話を伝えた僕は、四隅行雄を生きた状態で逮捕する任務を言い渡された。
「帰国予定日は3月10日だ。我々組織犯罪対策課は伊丹空港で待ち伏せする。そして、到着口を抜けたところで四隅行雄を逮捕する。もちろん、札を付けるのは古谷君だ。くれぐれも、しくじらないように頼む」
「分かっている」
「それにしても、黒老虎か。チャイニーズマフィア、もとい香港マフィアの中でも群を抜いて厄介な存在に絡まれたな」
「そうだな。大泉警部は黒老虎について知っていたのか?」
「大阪府警の米津君から話は聞いていた。古谷君も知っての通り、心斎橋の宝石店を狙った強盗事件が相次いで発生していただろう。その黒幕が、黒老虎だ」
「なるほど。神戸で悪さをするとなると、赦せないな」
「そうだ。当初の目的に対して新たな目的が追加されたことになるが、覚悟は出来ているのか?」
「もちろんだ」
正直言って、僕にこの任務が務まるかどうかは分からない。けれども、組織犯罪対策課という表舞台に戻れるのなら、それで良いと思っていた。
――そして、僕は煙草の火を消した。
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