Phase 06 接触

 事務所に戻った僕は、櫻木恵美子と話をすることにした。

「櫻木さん、少し話を聞いてくれないか」

「古谷さん、いきなりどうしたんですか?」

「単刀直入に聞くが、櫻木さんは四隅行雄と付き合いがあるのか」

「つ、付き合いなんてないに決まってるじゃないですか。私はただ単に条件がいいからと思って応募したら雇われただけのアルバイトですよ」

「それは本当か」

「本当ですよ。それとも、私が四隅さんと裸の付き合いでもあると疑っているんですか?」

「いや、そこまでは考えていなかった。それより、今夜一緒に食事に行かないか。少し君と踏み込んだ話がしたい」

「いいですけど……」

「じゃあ、ここで待ってるからな」

 僕は、櫻木恵美子にスマホの地図を送信した。この店なら、長友雅人の事務所の近くなので、彼女に関する情報を聞き出した後に直接持っている情報を伝えることが可能だ。事務所を離れた僕は、長友雅人に連絡を取った。

「あっ、古谷さんですか。いきなりどうしたんですか?」

「雅人、今夜予定は入っていないな。少し話がしたい」

「大丈夫ですよ。いつでも来てもらってください」

「分かった。とある女性と接触した後に、そっちに向かう」

「女性? そういえば、大泉警部から話は聞いたんですけど円愛梨さんが殺害されたそうですね」

「そうだ。今夜接触する女性は『円愛梨殺し』の犯人である可能性が高い」

「なるほど。それが本当だとしたら、大きな情報になりますね。じゃあ、待っていますから」


 終業のチャイムが鳴る。いくらヤクザのフロント企業といえども、矢張り就業時間は午後5時きっかりである。それから、僕は三宮のカフェで櫻木恵美子を待っていた。もしかしたら、事態を察した彼女はずらかる可能性がある。しかし、そんな心配は杞憂きゆうに終わった。

「古谷さん、こんな店知っていたんですね。なんだか意外です」

「ああ。もしかしたら櫻木さんはこういう店が好きなんじゃないかって思ってリサーチしていた」

 そのカフェは、仁美と会う時によく使っている。今回は櫻木恵美子への接触に使ったが、僕が来るにはとても不釣り合いだと思う。僕はカレーを頼んで、櫻木恵美子はローストビーフ丼を頼んだ。食事をしながら、僕は本題に入る。

「改めて聞くが、櫻木さんは四隅行雄と肉体関係を持っているのか」

「正直に話すわ。私、四隅さんと肉体関係を持っていたのよ。仕事上付き合いがあるから当然でしょ。もちろん、私以外に愛人がいるのも事実だわ」

「そうか。愛人は何人ぐらいいるんだ」

「そうね……。私を含めて大体10人ぐらいはいると思うわ。四隅さんって、金融業の他にもキャバクラやレジャー施設の運営に関わっていると聞いたわ。まあ、ヤクザのフロント企業なら色んなビジネスに手を付けていてもおかしくはないわ」

「櫻木さんはスクエアファイナンスが山谷組のフロント企業だと分かっていて求人に応募したのか」

「そりゃ、あまりにも条件が良すぎるから色々疑ったわよ。もしかしたら、私は四隅さんに刺青いれずみを入れられるんじゃないかって思ったこともあったわ。彼、背中に仁王の刺青を入れてんのよ。最初に見た時は目を疑ったわ」

「そうだな。ヤクザなら刺青の一つや二つを入れていてもおかしくはない」

「まあ、四隅さんは見かけによらず愛想がいいからね。ほら、言うじゃん。『人は見かけによらない』って」

「それはそうだが、四隅行雄がヤクザである事に変わりはない。それでもいいのか」

「いいのよ。私、幼い頃に両親をうしなってんのよね」

「それは初耳だ」

「私の父親って、末期のがんだったのよ。当然、死んだ時は悲しかったわ。母親は母親で私をやしなうために色々と苦労していたのよ。でもね、それが祟って心臓病をわずらっちゃって……」

「もういい。僕はこれ以上櫻木さんを苦しめるわけにはいかないんだ」

 櫻木恵美子という人物は、負の連鎖に巻き込まれていたのか。負の連鎖が行き着く先がヤクザだとしたら、赦せる事態ではない。だからこそ、僕は四隅行雄を逮捕しなければならない。


 櫻木恵美子と別れた僕は、早速長友雅人の元へと向かった。そして、櫻木恵美子から聞き出した事を全て話した。

「そうだったんですね。まさに『信じる者は騙される』ですね」

「そうだな。まあ、円愛梨殺しの犯人が櫻木恵美子である可能性は消滅したが」

「それって、事件が振り出しに戻ってしまったっていうアレですね……」

「雅人、落ち込むな。他に犯人の脈がないかそっちでも探してくれ」

「分かっていますよ。こう見えて、僕は色んなキャバ嬢とコネクションを持ってますから」

「それは助かる。それにしても、円愛梨の殺害と香港で発生した1000万円の強奪はほぼ同時期か。臭うな」

「臭うって、何が臭うんですか?」

「これは刑事の勘だが、一連の事件の犯人はチャイニーズマフィアである可能性が高い」

「それって正気ですか?」

「飽くまでも可能性の一つに過ぎない。話半分で聞いてくれ」


 チャイニーズマフィア。名前の通り中国を拠点とするマフィアだ。日本で言うところのヤクザと言ったほうがいいか。しかし、やっている事は日本のヤクザと比べて桁違いに凶悪だ。大阪府警から心斎橋しんさいばしの宝石店で相次いで宝石が強奪されたと聞いていたが、それらの犯人はチャイニーズマフィアだ。彼らはヤクザと違い、組織犯罪対策課にとって手出しできる相手ではない。最悪の場合、手出ししたところで僕が命を落としてしまう可能性もある。所謂殉職じゅんしょくだ。

「古谷さん、仮に今回の一連の事件がチャイニーズマフィアの仕業だとしたら、どうするんですか?」

「それは……立ち向かうしかない」

「本当にそう思っているんですか?」

「そう思うしかない。これは兵庫県警の組織犯罪対策課にとって大きな賭けだ」

「なるほど。あまり無理しないでくださいよ?」

「ああ、分かっている」


 山谷組とチャイニーズマフィアの抗争。それは開けてはならないパンドラのはこでもあった。そのパンドラの匣を開けた先に待っているのは、「死」しかない。仮に僕が死んだところで、とむらってくれる人はいないだろう。けれども、僕は「死」を恐れていない。何があっても、僕は四隅行雄を逮捕する。それだけの話だ。

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