第2話 束の間の癒し

 いつもと同じルーティーンで公園に向かったところ、僕がいつも座ってるベンチに少し前から気になっている彼女が座っていた。彼女はお弁当を広げ、静かに過ごしていた。邪魔にならないように、他のベンチが空いてないか探したが見つからない。僕にとってここでの休憩はリセットの時間だったのでどうしても外したくない。ただの公園ではあるが、今の僕にとってはすごく大事な時間だ。午前中に営業を頑張った分ここに座って何も考えず過ごしていると自然と疲れが取れる気がする。悩んだ挙句、いつもの定位置のベンチの前まで来てしまった。彼女は僕が近くに来たことに気づかなかったみたいで少し驚いていた。優しそうな物腰の柔らかい話し方で聞いていて癒されるような声だった。彼女は多分僕より年上なんだろうけど、少し幼さを感じた。隣に座らせてもらいせっかく隣にいるんだからと、僕は勇気を振り絞って話しかけてみた。今思うと、初対面の人に素っ気なかったよなと反省する。彼女は最近仕事を辞めたらしい。最近見かけるのに納得がいった。彼女は多くは話さないけど、僕が話しているのを静かに聴いてくれた。透明人間なんて言って引かれたかも知れないけど…。彼女が席を立つ時、僕は咄嗟に彼女の腕を掴んでまた話しかけてもいいですかと聞いてしまった。僕がこんな行動をするなんて自分でも驚いた。僕は友達も少なければ、積極的に人と関わることもしない。なのに、彼女の隣にいた数分間がすごく緊張もしたけど心地よくてあの様なことを言ってしまったのだと思う。この心地よさは何なのか僕にはまだ分からないけど、彼女のことを少しでも知りたいと思ったのは事実だ。彼女が去った後、心なしかいつもベンチに座っている時より心が晴れやかだった。次会った時は何を話そうか。そんなことを考えながら午後からの営業先に向かって歩いて行った。


私は公園を後にし、一先ず家に帰った。午後からは零のお店で学生以来のネイルをする予定になっていた。今日初めてあの男の子と話したけど、なんか弟みたいだなって思ってしまった。実際私には弟はいるが弟は結婚して疎遠になってるのでほとんどと言っていいほど話す機会はないんだけど。また、公園で会ったら話そうって言ってたけど、彼のこと何にも知らないしそもそも年下男子と何を話せばいいか分からなさすぎる。まぁ、向こうも話すの苦手そうな子だったしそんなに積極的に話してこなさそうだし考えるだけ無駄かもと思い、私は思考を今からしてもらうネイルの柄を考えることにした。看護師してるとハンドネイルなんて絶対できないし、時折すごく羨ましくてしたくなる衝動があったんだけど休日の数日でネイルを落とすのがもったいなくて出来なかったんだよなぁ。そんなことを考えているうちに、家に着き私はお弁当箱をシンクにつけてお出かけ用の小さめのバッグに変えて家を出た。零が務めているネイルサロンは地下鉄で二駅のところにある。中学からの親友で今更隠すことなんてないほど信頼している。婚約破棄した私のことをすごく心配してくれて、本当私は幸せ者だ。私は平日の昼の少し空いた電車に乗りサロンに向かった。


「いらっしゃいませ。」

と、扉を開けるとともにエプロン姿の零が迎えてくれる。

「零ー!すごく楽しみだったんだ。今日はよろしくね。」

「この私に任せなさい‼︎きっと朋花が気にいる様なものになると思うよ。うちデザインの種類も多いし絶対納得いくものにする!では、こちらにどうぞ〜。」

零が席まで案内してくれて私は指定された席に座った。半個室的な空間でデスクの周りにはデザインのサンプルがたくさん飾ってあり女子力満点な場所だ。実は可愛いものとか大好きなのでこの空間にいるだけでワクワク、ドキドキしてしまう。

「今日は学生ぶりでしょ?何するかまだ決めれてないでしょ。まず、ハンドケアするからその間に決めなよ。」

「さすが、私が決めかねてることお見通しだね。だって、学生ぶりだよ?めちゃくちゃインスタとかで流行り調べたりしたけどどれも可愛すぎて…」

「うーん、じゃあ可愛い系か綺麗系ならどっち?」

「可愛い系‼︎」

「即答じゃん。じゃあこのデザインあたりが朋花の好みかな。じっくり考えてみて。カラーは変えれるからね。」

零がデザインのサンプルを渡してくれて私はそれと睨めっこする。零は黙々と私の全く手入れができていない爪たちを丁寧にきれいにしてくれている。睨めっこしてる私に零は、

「そういえば、仕事辞めたことお母さんに言えた?」

「いや、ただでさえ婚約破棄で心配させてるのに仕事まで辞めましたなんて言えないよ。言ったらきっとストレスで胃潰瘍でも起こしそう。」

「まぁ、おばさんすごい心配してるもんね。朋花はどうなの?仕事辞めて後悔はしてない?あんなに頑張ってたのにさ。」

「うーん、また何処かでは働きたいけど退職金もあるし少しゆっくりしてもいいかなとか思ったりもしてる。あの病院だけが全てじゃないし。ねぇねぇ、このデザイン私に合うかな?」

大事な話をしてる筈なのに私の中ではネイルデザインが優先されていた。気に入ったデザインは白い花のアートで他の指にアクセント程度にストーンが付いたものだった。零は可愛いけど、このままじゃ若すぎるから色を変えようと言うことになりややパールが入った深めのピンクにすることにした。

「朋花はさ、婚約破棄して仕事辞めて今後悔してない?私としてはさ、まだ20代だし出会いなんていつかあると思ってるからそこまで重く受け止めないと思うんだけど、朋花結婚決まった時本当嬉しそうにしてたからさ。」

「確かにあの時は結婚したいと思ってた時期だし、結婚に対して前向きだったよ。けど、あの状況のまま結婚してても幸せにはなれてなかったと今は思うよ。落ち込まなかったって言えば嘘になるけどもう大地に対して未練があるわけでもないし。」

「そっか。後悔してないんだったらいいんだ。私もまだ絶賛彼氏募集中だし、お互い独り身同士遊んでね。」

「もちろん!零には隠し事もないから一緒にいて楽だし信頼してるしね。こちらこそよろしくお願いします。」

そうやって、あれこれ話してるうちに私の指は綺麗に仕上がってた。満足な仕上がりで、久々の女子力の高い指先にテンションが上がった。

「ありがとう!こんな可愛くしてもらえるなんて…想像以上だよ。すごくテンション上がる‼︎」

「満足していただけて何よりです。いつでもしてあげるからねー!もうすぐ仕事終わりだし、ご飯でも行かない?」

「了解。じゃあどこか零が好きそうなお店探しておくよ!向かいのカフェにいるから、終わったら連絡して。」

そう言って、零のお店を後にした。中学からの友達だけどまさかこの年齢まで付き合いがあるとは思わなかったな。ありがたいことだよね。

向かいのカフェに入り、ミルクティーを注文してお店検索していた。ピークの時間が過ぎていたのか人が少なくのんびりとした時間を過ごせそう。お店にはセールスしてる営業マンと一生懸命話を聞くお客さんがいるくらい。

公園で会ったあの男の子もこうやってお仕事してるのかなとふと考えてしまった。

「お待たせしました。ミルクティーです。」

パッと見ただけでも分かるような、アイドルの様な可愛らしい女の子が運んできてくれた。軽く会釈し、ありがとうございますと伝える。

そうすると、ニコッて微笑んでくれてあぁこういう可愛らしいこと出来る子がモテるんだろうななんて考えてしまった。まさか、この子と今後会うことになるなんて思いもせずに。

そんな事は知らずミルクティーを美味しく頂きながら零の仕事終わりを待った。

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