第1話 出会い

ー「ただいま。」

そう言いながら,誰もいない真っ暗な部屋にコンビニで買った弁当を持ちながら西尾奏佑にしおそうすけは入っていった。少し古びだ1K の部屋で一人暮らしを始めて約半年、毎日営業先に頭を下げる事に正直うんざりしていた。元々、人と話すことは得意な方ではなくむしろ苦手で何で営業なんかしているんだろうってよく思う。唯一、仕事中に気が抜けるのは営業先周りをしている途中にある公園。ここでは自分は透明人間になれる。誰にも干渉されないで“無”でいられる場所。周りにいる人々は僕が居ないかの様に時間が過ぎていく。それが疲れた僕にとってはありがたかった。僕は今日公園で新しい人物を見つけた。いつもは子どもかお母さんしかいない平日の公園で自分よりも多分少し歳上の女性がいたのだ。その女性はラフなベージュのワンピースを着ていて、お母さんって感じでもなく少し寂しそうな目で公園で遊ぶ子ども達を見ていた。その彼女はどこか僕と似ている様な感じがして公園を後にした後も何故か頭から離れなかった。特段美人とかそういう訳ではないのに何故だろう。そんな事を考えながら手を洗い、コンビニで買ったのり弁を食べた。

「また会えるのかな‥」

ふと出てきた言葉に自分で驚く。話したこともない一度しか会ったことない女性にまた会いたい思っている自分に驚いたのだ。僕は友達も少なければましてや彼女などいた事がない。というか、好きな人がいた事すら無い。これが世に言う一目惚れってやつか、それとも僕と同じ様にベンチに座っていたから気になっているだけか。もう深く考えることはやめよう。どうせ僕はこれからもつまらない毎日を繰り返していくのだから。

 僕は食べ終わったゴミを片付けて、お風呂に入り今日は早めに寝ることにした。寝る前にスマホのメールを確認すると川瀬奈菜かわせななから何件も送られてきていた。

-仕事お疲れ様‼︎最近疲れてない⁇休みにご飯作りに行ってあげようか⁇-

 奈菜は友達が少ない僕にとって大事な存在であるが、少々お節介な部分がある。メールを見たが返す気になれず、僕はそのまま眠ることにした。



 今日は火曜日か‥仕事を辞めて一週間も経ってないが、毎日がすごく長く感じる。仕事をしているときは夜勤もあり曜日感覚なんてなく、患者さんに認知機能確認のために日付や曜日を聞くがその際に自分も日付や曜日を認識していた位だ。気づけば一ヶ月経っていたなんていう日常が普通だった。改めて仕事と辞めて、時間が空くと今まで出来なかった部屋の掃除や読みたいと思い買っていた小説を読んでいても全然時間が余る。社会人になってから一人暮らしを始めたが、こんなにゆっくりとした時間を過ごすのは初めてだ。実家に帰ろうとも思ったが、母に婚約破棄の件で心配させているのにこれ以上迷惑はかけられない。しかも私の中で意外だったのが、仕事を辞めても看護書を読んでしまっているということだ。思っていたより私は看護師という仕事が好きだったのかもしれない。早く他の就職先を探すのもありかもしれない。

 元婚約者の中嶋大地なかじまだいちとの出会いは病院の忘年会。私は外科病棟で勤めていて、彼は集中治療室で勤めていた。本来は合同で忘年会をする事はないのだが、外科の医師達が何件も忘年会に出るのは面倒との事で合同で行うこととなった。私は当時看護師三年目で忘年会とかそういう集まりは苦手であったが、幹事を任されてしまった為強制出席する事になってしまった。合同で行ったため、出席人数も多く大変であった事を今でも覚えている。その時集中治療室の幹事が異動してきたばかりの大地だった。大地は中嶋総合病院の一人息子であると有名だったので名前くらいは知っていた。初めて会ったときは優しそうな印象であるが、パッとしない人だなという感じだった。先輩であるとはいえ頼り甲斐があるとは到底思えなかったので殆どの幹事の仕事は私がした。多分彼がしたのは自分の部署の看護師の出欠をとった位だろう。席順も私が決めたし、会場とのやり取りも全て私がしていた。今思えば彼は本当に何にも出来ない人だった。一応先輩なので会場候補を持っていき確認はしたが、

「いいんじゃないかな。」

とにっこり微笑むだけだった。私自身後輩だし、病院長の息子だし気は使った。幹事の関係で連絡先を交換たが仕事のことでしか連絡しなかった。周囲には彼氏居ないんだったら狙えばいいじゃないかとか言われていたが、病院内での恋愛ほど面倒臭い事はないと思っていたので先輩達の言葉はスルーしていた。そもそも女性ばかりの職場なので噂が絶えない。あの先生とこの看護師が不倫しているや付き合ってもない人達がいつの間にか付き合っている噂されるのは日常の事だ。私はなるべくプライベートの事は話さない様に心がけていた。

忘年会当日、無事に一次会は終わらせて、二次会へと向かった。幹事なので当前最後まで付き合わないといけない。もう飲んでないとやってられないくらい騒がしくて私はテーブルの端に座りビールをちびちび飲んでいた。明日も仕事なのにもう二十四時を回っていた。やはり外科医の体力は無限だなと思いながら、ぼーっとその様子を眺めていた。そうしていたら、隣に大地が来て

「明日?もう今日か。仕事あるの?さっき向こうで先輩達と話していたらそんな事聞いたから。無理せず帰っていいよ。僕は明日休みだし。」

「けど、幹事だし最後まで居ないといけないって去年幹事した先輩に聞いたんですけど‥」

「幹事は僕一人いたら何とかなるから大丈夫だよ。それより明日の仕事に響いたら師長さんに怒られるよ。だから帰りな。タクシー呼んであげるから。」

もう、眠気もピークで正直そう言ってもらえるのはありがたかった。これも仕事の内と思えば少し後ろめたがったが、お言葉に甘えて帰らせてもらう事にした。

「ありがとうございます。最後までいれなくてすみません。後日、会費の計算とかちゃんとするので。」

そう言って二次会場を後にした。後で聞いた話だと朝四時まで続いていたらしい。私は何とか家に帰り数時間寝て仕事に行く事ができた。

数日後、大地から連絡が来た。最終の会計の件で時間を合わせて一緒に行いたいと。確かに職員のお金を預かっているためお金を扱う際には二名以上で行わないといけない。二人の勤務を確認して、数日後集まる事になった。

数日後、カンファレンスルームに行くと大地が先に座って待っていた。お互いに日勤だったのだが、私の方が緊急入院が入ってしまい終わるのが遅れたのだ。

「お疲れ様。今日忙しかった?髪乱れているよ。」

頭を指さされながらクスッと大地は笑った。私は髪を整えながら向かい側の席に座り、

「遅くなってすみません。緊急の患者が来てなかなか抜けれなくて‥」

と頭を下げた。無事に会計の計算が終わったのは夜八時頃だった。やっと終わったと思い、お疲れ様でしたと言い帰ろうとした時、大地が、

「林さん今日これから空いてる?もう遅いしご飯食べて帰ろうかと思うんだけど一緒にどうかな。」

といい少し恥ずかしそうな顔で私を見ていた。早く帰って撮り溜めていたドラマを観ようかと思っていたので断ろうかと思っていたのだが、病院も一応会社員と同じで上下の関係性は大事である。医者や先輩からご飯を誘われたらなるべく断るのはやめようと決めている。仕事外で職場の人とご飯を食べに行ったところで気を遣ってしまってどんなに美味しい食事でも味がしないが。

「いいですね。何食べますか?」

と、患者さんに接する事で培った笑顔で返答した。お互いスクラブだったので病院の入り口で待ち合わせする事になった。更衣室でみおからメッセージがきている事に気づいた。

-お疲れ様〜‼︎今回のドラマすごくよかったよ‼︎朋花も早く観なよ〜、語りたい笑ー

このメッセージを読んでこっちはサービス残業だよとポロっと呟いてしまった。病院前にはもう大地が先に待っていた。

「今日は待たせてばかりですみません」

「そんな事ないよ。僕もさっき来だばかりだし。何食べたい?」

「うーん、もう遅いですしサッと食べれるものにしませんか。お腹も空いたんでラーメンとか!」

「確かに遅いしラーメン食べに行こうか。林さん徒歩で通勤しているでしょ。僕車通勤だから車あるしそれで行こうか。」

「先輩に車出してもらうなんて申し訳ないです。」

「味噌ラーメン好き?僕、すごく美味しいお店知っているんだ。そこはどうかな?」

「味噌ラーメン好きです!中嶋さんも好きなんですか?」

「好きだよ。じゃあ決まりね!そこへ行くには徒歩じゃ遠いから僕の車で行こう。」

まんまと先輩に車を出させてしまう事になってしまった。車で十分ほどのお目当てのラーメン屋さんに到着した。お腹が空いていたので、味噌ラーメン大盛りと餃子を頼んで食べる事にした。こういう時、異性の前では大食いである事を隠そうとするのだが、別に意識している先輩でもなかったのでがっつり食べる事にした。

「たくさん食べるんだね。そんなにお腹空いてたの?」

と、大地が笑っていた。私自身そんなにスタイルも良くなく、ダイエットしようとしてもどうしてもストレスで食に走るので半分開き直って、

「仕事した後って無性にお腹空いちゃうんですよね。本当はダイエットしなきゃって思うんですけどね。自分に甘いんですよー。患者さんに指導する立場なのにダメですよね。」

「仕事上の立場からすると、確かにダメかもしれないけど林さんも一人の人間なんだし仕事の後のご褒美くらいいいんじゃないかな。僕はたくさん食べる人好きだけどなー。」

「ありがとうございます。けど、お世辞言われても何も出ませんよ。」

と、そんなくだらない話をしている間にラーメンが運ばれてきた。バターがたっぷりのってて味噌の濃厚そうな匂いが食欲をそそる。

「いただきます。」

と二人ともほぼ同じタイミングで言い、顔を見合わせながら少し恥ずかしくて笑ってしまった。小一時間で食べ終わり、家から病院まで近いので病院まで送ってもらった。車から降りて、

「今日はありがとうございました。また明日からもお仕事頑張りましょうね!」

と言い、礼をして帰ろうとしたら大地に車越しに

「ちょっと待って。林さんって今彼氏居ない?もしよかったらなんだけど、たまにこうやって勤務が合う時にご飯とか一緒に行けないかな。恥ずかしいんだけど、林さんといる時間が楽しくて‥。林さんさえ良ければなんだけど。」

正直驚いた。まさか職場の人にそんな事言われるとは思っていなかったから。そもそも職場の人を異性として見ていなかった。職場恋愛というのはリスクが高すぎる。病院はまさに噂の宝庫。その標的になるのは御免だ。大地は病院長の息子だし、頻繁に会ったりしていたらあっという間に職場での居心地が悪くなってしまう。

「また、機会があれば。私なんかと会っていると変な噂たてられちゃいますよ(笑)誘うならもっと可愛い子誘ってくださいね。先輩狙っている人結構居ますよ。じゃあ、私はこれで失礼しますね。美味しかったです。気をつけて帰ってください。」

そう言い、お辞儀をして自宅のある方に歩き出した。全然彼の事を意識した事なかったのにびっくりした。これがきっかけで頻繁に大地から連絡がくるようになった。私はというと職場恋愛を考えることが出来なかったので気が向かないと感じ返信することはなかった。恋愛に興味がないわけではなかったが、少し前に彼氏と別れたこともありしばらくおひとりさまを満喫するつもりだったのだ。半年経っても大地からのアプローチは止む事なく、根気負けしてしまいデートすることになった。その後3回ほどデートを重ねて付き合うことになった。大地はさすがお坊ちゃんなのか、一人暮らしはしていたが、家賃、光熱費は親が払い、家事は少しなら出来るが料理は一切せず外食のみ。付き合いたての頃は各家庭様々な考えがあるし私が干渉することでもないかと思い、知らないふりをしていた。基本的には優しいが、女性に対しての理想があるらしく、

「朋花はもう少し自分の意見言わない方がいいんじゃないかな。口うるさいともてないよ。それに、彼氏にずっと好きで居てもらえる様に少しはおしゃれするとかダイエットしたりしたらどうかな。まあ、頑張ってもしれているだろうけどね。」

と会うたびに言われるようになった。私としては大地に小言なんて言った覚えはなかったし、彼が自分の生活スタイルを崩す気がないのは知ってたから私はそれを文句言ったこともない。付き合いだした頃から体型も変わらず維持しているが、俗にいうシンデレラ体型でないのが気に食わないらしい。毎回言われると私も気が滅入り、そんなに体型が気になるなら私より細い人と付き合えばいいんじゃないかと言って喧嘩してしまう事もあった。今思えばその時に別れていたらよかったんだと思う。私が決まって他の人と付き合えばいいと怒ると、

「朋花は痩せたら今より可愛くなると思っているから言っているんだよ、誰でもいいわけではなくて朋花がいいから僕は朋花のために言っているんだ」

と言われて私が何も言えなくなるというのが何度も何度も繰り返された。そうやって言われ続けて、段々と自分に自信がなくなっていき、全部自分が悪いと思うようになってしまった。その頃職場では大地と付き合っていることが知れ渡っていたので誰にも相談は出来なかった。母や友人の零は相談しようと思えば出来たのだろうが、なかなか言い出すことが出来なかった。気づけば付き合って2年が経ち結婚の話が出てくるようになった。私の周りでも結婚ラッシュで憧れはあった。だから、結婚の話があがった時は大地はちゃんと私の事を真剣に考えてくれているんだ、ちゃんと好きで居てくれているんだと嬉しかった。しかし、大地の腰は重く、結局プロポーズ待っててと言われて半年が経とうとしていた。私は不安が拭えず、もし大地が今月中にプロポーズしてくれないんだったら別れようと考えるようになっていた。その月末今日で会うのが最後かなと思って会っていたらまさかのプロポーズされたのだ。頭が真っ白になり、空っぽの指輪ケースを開けて「結婚してください」と言われて「はい、」と答えてしまったのだ。今思えば空っぽの指輪ケースだったのに。後から考えると自分の判断に後悔ばかりだ。その時は浮かれていたんだと思う。婚約指輪はサイズがわからないから今度一緒に買いに行くのかと思ってた。いざ、宝石店に行くと

「婚約指輪ってこんなにするの。1万か2万かと思っていたよ。本当に欲しいの。自分の周りの友達はこんなの買ってなかったよ。」

と言われ、すごく恥ずかしい思いをした。大地は自分の洋服とかには惜しまずお金を使うが、私に使う事はないことを思い出した。親の脛を齧っているくせにケチなのだ。私の家庭では冠婚葬祭など節目の時はお金がなくてもしっかりできる範囲で行うという教えであったため、いくら世間知らずとはいえ30過ぎた男性ならそれくらいの常識知っていると思ってた。とにかく結婚の挨拶を行くにも、婚約指輪もなく母に挨拶なんて行ったら反対される可能性が高い。その時、弟がすでに結婚していて給料3ヶ月分もする婚約指輪を贈ったと言ってたばかりなので尚更彼への不信感に繋がるだろう。何とか説得して一番安い婚約指輪を買ってもらうことになった。彼自身お金がないことはないのだが不服そうではあった。そうやって何度か価値観の食い違いもあり、私一人で結婚式の準備も行うことが多かった。ちょうど弟、妹の結婚話も重なり家族で集まる機会も多く休日は自分のドレス合わせや打ち合わせ、弟達の家族の顔合わせなどで大地とゆっくり会えるのも月に一度程になっていた。連絡は毎日していたが、忙しそうにしている私を気にする様子もなく常に大地の話ばかりで疲弊していた。ついに、入籍を1ヶ月後に控えている時に私の限界がきて母に相談してしまった。母はまさか私がこんな扱いを受けているなんて思わなかったらしく、ひどく驚いていた。その後の婚約破棄はあっという間の出来事だった。私と母で大地の母に今の大地の現状を話しどのようにしたら上手くいくのか相談したら、中嶋家を馬鹿にしているやら意味の分からない事を言いヒステリックになってしまったのだ。これには私も母も驚いた。内心、結婚する前に義母の豹変ぶりを知れてよかったとも思った。この電話から1週間も経たない内に大地の父親から連絡があり、電話一本で婚約破棄となったのだ。本当に婚約破棄までの1週間はすごく私にとっても私の母にとっても長い時間だった。もう周囲に結婚の報告をしていた時期だったので友人達には事の顛末を話してみんなから「結婚前で本当によかったね」と言われ、少し気が楽になった。職場は居づらく、師長さんに無理を言いすぐに辞めさせてもらった。大地は相変わらず普通に働いているみたいだが、婚約破棄したことをペラペラと同僚に話しているらしい。何度か連絡もあったが、スルーしていたら別のSNSから連絡が来たので数通返信したが、何故かあんなに私の事悪く言っていたのに未練があるのか私の家の近くにいるような投稿をSNSでしたりしてくるためストーカーにならないか少し心配している。これ以上、母に迷惑をかけたくないというのが私の本音だ。大地に対して好きという感情は1ミリたりともない。逆に早く彼女を作って私より先に結婚してくれないかとさえ思っている。まあ、相手の女性には悪いが。

 大地と別れて、仕事も辞めて落ち込むかと思っていたが、案外そんな事もなく自分の時間が確保出来る事に幸せを感じている。今までは忙しなったからゆっくり散歩なんてすることもなかったし、料理も手の込んだものをなかなか作らなかった。こうやって、今までしたいけど出来なかったことをしている今の自分が好きだ。仕事を辞めてから毎日の日課になっている散歩では公園がお気に入りで暑い時期だが1時間は座っている。ボーっとしていると時折何で自分は結婚出来なかったのか考えてしまうこともあるけど公園に1人でいる間は誰にも干渉されず透明人間でいられる。あの心地良い時間は今の私には必要だ。仕事も探さないといけないけど、婚約破棄の慰謝料として少しばかりであるが大地の両親からもらったし、退職金もあるからしばらくは生活していけるだろう。仕事といえば、公園行く度にスーツ姿の男の子がいるけど何か気になっちゃうんだよな。でも、お互い1人の時間を大事にしているのかもしれないしそっとしておこう。明日は居ないかもしれないしね。そういえば、明日は土曜日か・・・カレンダーを見てもう1週間が終わろうとしている事に気づいた。明日は休日だから公園は人多いかな、せっかくだからお弁当でも作って公園でお昼食べようかななんて考えながら、朋花は夕食を作る事にした。


 翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で朋花は目が覚めた。昨晩は夕食後に簡単におつまみを作り、お気に入りのスパークリングワインを飲みながら気になっていた韓国ドラマを観ていたらいつの間にかソファで寝てしまった。韓国ドラマは好きなんだけど、観始めたら続きが気になってついつい眠気が限界になるまで観てしまう。何であんなに韓国ドラマのヒロインって可愛くて、相手役の俳優さんもかっこいいんだろう。役だからかっこいいんだろうけど、キュンキュンしちゃうんだよな。実際にそんなときめきもないから尚更ときめくんだろうけど。時刻は朝の8時過ぎ。とにかくこのお酒と寝不足で浮腫んだ顔を何とかしなければいけない。私はレンジで即席ホットタオルを作り、顔を拭いた。暖かいタオルで顔をしばらく覆うと気持ち顔の浮腫みがとれる。鏡を見ながら何度かその動作を繰り返す。そして、浮腫みが軽減したところで抜かりなくスキンケアを行う。多分、化粧する時間よりスキンケアまでの時間の方が長いが、スキンケア自体私は好きなのでこの面倒でもしっかり行う時間が自分の贅沢と感じる。今日は夕方から雨が降るそうなので、洗濯物など一通りの家事を済ませ、昨日の夕食のおかずが入ったお弁当を用意し公園に向かう事にした。家を出る今の時点で昼前だ。時間に追われることもないからとのんびりし過過ぎた。私はいつもの履き慣れたベージュのスニーカーを履き、日焼け防止に麦わら帽子を被り外に出た。


「おはようございます。」

そう言いながら、奏佑はいつもと変わらない職場にやってきた。

「朝から、冴えない声出してんなぁ。もっと若いんだから元気にハキハキしなきゃ。」

と、同じ部署の後藤先輩に肩を叩かれる。後藤先輩は僕の指導係で何かと気にかけてくれるがどうも体育会系のノリが苦手で少し距離をとってしまう。教育係と言っても、もう営業にも1人で回っているし、後藤先輩と絡むのも会社にいる時くらいだ。元々、うちの部署は他の部署よりも忙しく朝の朝礼が終わるとみんな営業しに社外に行ってしまう。うちの会社は医療用品を扱っていて総合病院やクリニックに営業をかけている。担当のエリアもバラバラなので、同僚に外で会うこともほとんどない。元々は大手の会社だし給料もそこそこよかったので事務職希望で入職したのだが、入社してみれば営業部に配属になっていた。人と接することが苦手な僕は心底この会社に入ったことを後悔したが、慣れとは怖いもので半年も経てば普通に営業トークが出来る様になっていた。図々しくズカズカと相手の懐に後藤先輩の様に入ることはできないが、人それそれのやり方があるだろうと思い、部長に目をつけられない程度に仕事はこなしている。

 そういえば奈菜からのメール返してなかったな。絶対怒っているだろうな。奈菜も僕の世話ばかりしてないで、友達と遊んだり彼氏作って楽しんだらいいのに。奈菜は中学からの同級生でクラスではかなりの人気者だった。たまたま入学式の時にお互いの母親が友達だったらしくそこで奈菜と出会った。クラスのみんなは才色兼備の奈菜のことをもてはやしていたが、自分はどうもクラスの中心にいるグループの子たちは苦手でいつも教室の自分の席で本を読んでいた。奈菜とちゃんと話したのは高校に入ってからだ。急に話かけてきて驚いたことを覚えている。それからというものメールや電話をしてきて世話を焼くようになった。もう社会人なんだし、放っておいてほしいという気持ちも正直あるが、数少ない友人でもあるため無下には出来ない。仕事が終われば謝りのメールをしておこう。

 そうこう考えているうちに、朝礼が終わり僕はバックと営業先へ持っていくサンプルを手に持ち、会社をでた。


 雨が降る前のジメっとした暑さの中、朋花はいつもの公園に着いた。相変わらず、子供たちと母親たちが集まり、子供たちは元気に走り回り、母親たちは子供を横目で見ながら井戸端会議をしている。いつものベンチに座ろうと向かうと、ホームレスなのか薄汚い格好をした髭を生やしたおじいさんが座っている。流石に、その隣に座るのは憚られた。しかし、丁度木陰で遊んでる子供達からも遠く、のんびりできるいい場所だっただけに残念でならない。ましてや今日はお弁当を持参してきているのに。どこか空いているベンチがないか朋花は探した。空いているのは、いつも座っている向かい側のベンチだけ。けど、そこにはいつもスーツの男の子がいるんだよなぁ。今日も来るなら自分の場所がないと気を悪くしちゃうよね。朋花は考えた末、その男の子が来る前には帰ろうと決めて向かいのベンチに座った。

 穏やかに時が過ぎていく。生憎の天気ではあるが、今までの忙しない毎日に比べたらそんな事大したことではない。朋花はお弁当を広げ、水筒を取り出し、キンキンに冷やした麦茶をコップに汲んだ。子供たちが遊んでいるのを見ながら、昨日の夕食に作った残りの唐揚げを食べる。一人暮らしが長かったからか、料理は人並みに出来るようになっていた。我ながらうまく出来たと満足した。こういう何でもない日が幸せなのだろうか。一人でも幸せって感じることが出来るんだろうけど、今の朋花には幸せがどんなものなのかわからなくなっていた。仕事が生きがいという訳でもなく、かといって恋人がいて結婚して幸せな家庭を築くことを目標にしているわけでもなく特に今したいことはなくただ日々を過ごしているだけなのだ。難しいことは考えたくないな…。仕事を辞めてから毎日この公園に通っているが、代わり映えのない景色に満足していた。何も考えずに過ごせるから。

 お弁当を食べていると、いつもベンチに座っている男の子が目の前にいた。彼が公園に入ってきたら、席を空けようと思っていたのに、注意力が落ちてしまったのかな。

「ごめんなさい。いつも座っているよね。すぐに片付けるから。」

そう言い、私はお弁当を片付け始めた。すると、小さな声で素気なく

「一緒に座ってもいいですか。邪魔しないので。」

私は少し驚いた。

「いいんですか。ここにいても。」

「指定席ってわけでもないので…」

食事も途中だったので、お言葉に甘えてそのまま隣に座らせてもらうことにした。遠くから見た時も端正な顔立ちだなって感じたけど、近くで見るとよく出来た顔だなって思う。芸能人に間違われてもおかしくないレベルだ。特に話すこともないので、私は黙々とお弁当と食べて変わらず公園を眺めていた。すると、彼から

「最近よくいますよね。どうしてここに?」

「いや、今仕事辞めちゃってやることなくて散歩がてらにここに来ているんです。仕事している時はなかなかこんなのんびりした時間過ごせなかったから。」

「そうですか。僕はここにいると透明人間になったような気持ちになるんですよね。」

「透明人間?」

「そう。みんな同じ空間で過ごしているのに誰も僕のことに干渉しない、居てもいなくても変わらない存在。だから、透明人間なんです。」

私はどう返したらいいのか分からなかった。少しの間沈黙の時間が流れた。私はお弁当を食べ終わり、片付けながら

「君の束の間の癒し?の時間に邪魔しちゃってごめんね。私はこれで失礼するね。」

と、言いベンチから離れようとすると腕を掴まれて

「さっきは変なこと言ってすみませんでした。えっと…自分変な奴とかではないんでまた機会があれば話しかけてもいいですか。嫌だったら話しかけないので。」

私は少しおどおどしながらも頑張って話している彼を見て今の発言はすごく勇気がいったんだなと感じた。そもそも人と話すのが苦手な人なのかもしれない。私は少し勇気をだして話しかけてくれた事に嬉しく思い、

「いいですよ。元々、人と話すの嫌いじゃないし。もしまた会えたらお話ししましょう。」

そう言うと、彼は少し嬉しそうに微笑んだ。端正な顔立ちで多分もっと活発ならアイドルにでもなれるような感じ。不覚にも、その笑顔をかわいいと思ってしまった。簡単に会釈をし、私はその場を去った。




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