第26話:嘘も方便




 マリーズはコレットを前のソファに座らせたが、ただそれだけだった。

 特に話し掛ける事もせず、自分は本を読みだす。

 手持ち無沙汰のコレットは、目の前にあるクッキーに手を伸ばした。

 そしてクッキーにより、口の中の水分が奪われる。


 ティーポットと新たなカップはワゴンに載っているが、コレットは自分の淹れる紅茶が美味しく無いのを自覚していた。

 ふと目の前のカップを見ると、まだ口を付けていないのが判った。

 コレットは躊躇なく、マリーズの為に用意された紅茶に手を伸ばす。

 そして紅茶を一口飲んだ。


 ほぅ……と息を吐き出したコレットは、またクッキーへと手を伸ばした。

 そして紅茶を飲む。

 少し冷めていても、使用人が飲む紅茶とは比べ物にならないほど、香り高くて美味しい紅茶だ。

 普段ジスランに連れて行ってもらうカフェよりも、数倍美味しい。


「これじゃぁカフェの紅茶に口を付けない訳だわ」

 コレットは誰に言うでもなく、呟いた。

 その声は、当たり前だが目の前のマリーズには届いている。

 マリーズの時も、ジスランはカフェでは何も口にしなかった。

 フッとマリーズは笑ってしまう。

 変わらないジスランをなのか、騙されていた過去の自分をなのか、マリーズにも解らない。


 しかし、コレットは違う風に理解した。

「何よ!馬鹿にしないでよね!」

 コレットは自分を笑われたのだと勘違いし、席を立ちマリーズを怒鳴りつけた。




「何をしている」

 応接室は決して狭くない。

 それなのにその静かな声は、扉付近から発せられたのに、マリーズやコレットの耳に届いた。

「あ!ジスラン!この女が酷いの!」

 立ち上がっていたコレットは、味方が来たと思ったのかジスランへと駆け寄った。


 胸元に縋り付いて来たコレットを見下ろしたジスランは、コレットの居た席を見て、マリーズを見る。

 その視線の冷たさに、コレットは内心で笑う。

 その視線を向けられたのが自身だと気付かずに。


「コレット、仕事に戻れ」

 ジスランはマリーズを見たまま、静かにコレットへと告げる。

「え?でも……」

 マリーズが怒られる姿が見たいコレットは、不満を口にする。

「仕事に、戻れ」

 もう一度ハッキリと言われ、コレットは渋々体を離し、退出して行った。



「マリー!大丈夫だったか!?」

 ジスランはマリーズに駆け寄った。

「大丈夫ですよぉ。コレットに本当は友達だとジスランに言おう?って言ったら、婚約者になったからいい気になってるって怒られちゃいましたぁ」

 嘘である。

 一言も口など利いていない。

「メイドになった自分を見下してるって、馬鹿にするなって言われちゃいましたぁ」

 少し悲しそうに微笑む。


「でも、元気そうで安心しました!」

 これは本心である。

 マリーズの計画の為には、コレットには健康で居てもらわなければいけないのだ。

 心配して横に座ったジスランを、マリーズは上目遣いで見上げる。

「コレットは、ジスラン様の側に居られて幸せですね」

 何の含みも無い、言葉通りの意味である。


 しかしジスランは、マリーズがコレットに嫉妬したのだと、勝手に誤解した。

 ジスランの中でコレットの価値が上がる。

 マリーズに嫉妬して貰うのに、とても都合が良い存在になった。




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嘘も方便……本来の意味とはちょっと違うけど、1番しっくり来たんですよね〜w

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