第21話:コレットの現状




「コレット……」

 マリーズが扉の方を向いて呟く。

 その顔色が悪い事が、今はマリーズの都合が良い方向へと、ジスランを誤解させた。

「コレットに知られたく無いって言っていたな。大丈夫だ、外で話をしてくるよ」

 ジスランは馭者へコレットを馬車から離すように命令すると、扉を開けて素早く降りて行った。


 一人になった馬車の中で、マリーズは安堵の溜め息をく。

「この時期に馬車に突撃するなんて無かったわよね」

 この頃は、まだ可愛い学生らしいデートをしていたはずだ。

 むしろジスランがマリーズを宝飾店に連れて行ったのが予想外なのだ。

 街デートで、自分の小遣い範囲で買える物、雑貨とかワンピースとかをコレットに贈っていたはずだ。


 馬車の窓のカーテンを少しだけ指で開け、隙間から外を覗き見る。

 ジスランの前に居るのは、コレット?と一瞬迷うほどの容姿だった。

 同情を引こうとしてわざとしているのでは無い。

 本当に困窮している人の服装であり、容姿だった。



「ねぇ!なぜか父の仕事の取引相手がどんどん減っていくの!このままでは、アタシまで働かなくちゃいけなくなるの!」

 コレットがジスランの両腕を掴み、縋り付きながら目に涙を浮かべている。

 質素なワンピースは煤け、髪もボサボサでメイドが手を抜いているのか?とマリーズが思ってしまった程だ。

 実際はメイドなど雇えないほど落ちぶれていたのだが、それをマリーズが知るはずも無い。


「何を言っている?今までだって働いていたのだろう?そのままカフェで働き続ければ良いだけだろう」

 ジスランが冷たく言い放つ。

 コレットはグッと口を引き結んだ。

 今更「実は働いていない」とは言えないのだろう。


「そ、そうじゃなくて……そう!もっと増やさなくちゃいけなくなっちゃうの!」

 コレットが上目遣いでジスランを見上げる。

 ワンピースの胸元は適度に開いていて、二の腕に力を入れてグッと胸を寄せているのが、高い位置にいるマリーズからはよく見えた。




「なぜ、そこまでコレットの実家が困窮しているのかしら……」

 カーテンを閉めて、マリーズは座席に深く座った。

 前回はジスランと懇意にしている事で、何かティクシエ準男爵家に良い影響が出ていたのかもしれない。


 でも今でも、それなりの関係は……いや、コレットの服装を見る限り、無いのかもしれない。

 前回の自分と同じような、必要最低限の交流しかしていない……?

「まずいわ。このままではコレットを愛人として迎えなくなってしまう」

 それではマリーズの計画が狂ってしまうのだ。


 ジスランからの高額な貢ぎ物や執着が無くなったのは計画通りだが、実家での生活が苦しくなるのは……。

「あら?困らないかしら。ちょっと早いけれど、アルドワン公爵家でメイドとして雇って貰えば良いのでは?」

 マリーズは口の端をクッと持ち上げる。

「前と違ってジスランの愛があまり無いようだし、使用人の中で力を持つ事も出来ないでしょう」


 現アルドワン公爵夫人にも、おそらく嫌われている。

 次期公爵の素行を調査しない訳は無いので、コレットの存在は公爵家でも把握しているはずだ。

 それでも前回は息子可愛さに、メイドとして雇い入れたのだろう。

 殺されるなどとは思わずに。



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