第20話:知らなかった事




「マリー、今日は街の美味しいと評判のカフェに行かないか?」

 あの蝶の髪飾りをマリーズが受け取った日から、ジスランは頻繁にマリーズを街デートに誘うようになった。

 学校帰りの寄り道はしない、というマリーズの気持ちにきちんと配慮し、一度クストー伯爵家へと帰り、鞄を置いて街へ行く許可を取ってからのデートだった。

 初回にその方法ならば……と、マリーズが了承したからである。


「マリーと出掛けるとぉ、家に一度帰らないと駄目だから面倒でしょうぅ?」

 マリーズがやんわりと断るが、ジスランは笑う。

「それだけしっかりしているって事だろう?両親もさすが伯爵家の令嬢だって褒めているよ」

 ジスランの言葉に、マリーズは首を傾げた。



 ジスランの父親は、結婚する半年前……ジスランが学園を卒業して半年後に亡くなっている。

 そして母親は、マリーズと付き合う前に亡くなっていた。

 しかし、今の口振りでは、健在だという事だ。


「ご両親にぃ、マリーの事を話しちゃってるのですかぁ?」

 照れている振りをして、探りを入れてみる。

 満更でも無い表情をする事も忘れない。

「ああ!マリーが家族に無断では絶対に遊びに行かない事をとても褒めていた。それに、マリーは宝飾店でアレが欲しい、これが欲しいと一切言わなかっただろう?それを店主から聞いた母が気に入ったようだ。謙虚だって」


 成程、とマリーズは納得した。

 コレットはあれこれと欲しがって、ジスランの母親に嫌われたのだろう。

 そしておそらく、メイドとして屋敷に雇い入れられた時に、辛く当られたか……もしかしたら、普通に他のメイドと同じように扱われただけかもしれない。


 しかし、それがコレットには我慢出来なかったのだと、簡単に予想出来た。

 コレットは、それだけ苛烈な性格をしていたから。



 コレットがアルドワン公爵家にメイドで入るのが16歳の時。

 マリーズがジスランに告白される1年前である。

 その1年の間に、母親が殺され、ジスランが学園を卒業して公爵家を継ぐ資格を得たら、父親も殺してしまったというところか。


 今は良い関係を築けているように見える。

 それをほんの数年で殺すほど憎むとは。


 それだけコレットが凄いと褒めるべきなのか、ジスランが愚かだと嘆くべきなのか。

 その二人にまんまと利用された自分が1番間抜けなのだと、マリーズは心の中におりを溜めた。




 街デートへ向かっている途中、馬車が突然急停車した。

 ガタンと馬車が大きく揺れ、馬がいななく。

「危ないだろうが!」

 馭者ぎょしゃが怒鳴る声が、車内にまで聞こえた。


 あまりの激しい揺れにマリーズは椅子から転げ落ちそうになったが、前の席に座るジスランが支えてくれ、事なきを得た。

 助けて貰ったのに、マリーズはジスランの腕の中から慌ててのがれる。

 下を向き「ごめんなさい」と小さく謝れば、照れているのだとジスランは勝手に誤解してくれた。


 実際は、布越しでも触れられた事が気持ち悪くて、鳥肌が立ち、血の気が引いていた。

 体が震えそうになるのを、必死で耐えていると、マリーズの様子がおかしい事にジスランが気付く。


「マリー?」

 名前を呼ばれ、顔を上げない訳にはいかない。

 馬車が揺れたから怖かった……そんな言い訳で通じるだろうか?

 マリーズが色々と考えを巡らせていると、外から声が聞こえてきた。


「ねぇ!居るんでしょう?助けて!ジスラン!!」

 マリーズは数年ぶりに聞く、少し鼻にかかった甘ったれた声。

 コレットだった。



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