第8話:初めまして旦那様




 マリーズが入園式会場入り口でキョロキョロしていると、近付いて来る足音がした。

 わざとそちらの方は向かず、頬に手を当てて首を傾げる。

「どうかしましたか?新入生のお嬢さん」

 聞きなれた声よりも少し高く、甘ったるい響きの声にマリーズは眉間に皺を寄せる。

 本当に前回の自分は、この男の好みでは無かったのだと実感させられる。


、お友達が同じ歳なんだけどぉ、どこにも居なくて」

 少しだけ唇に力を入れて気持ち尖らせ、表情を作ってから振り返り、上目遣いでジスランを見る。

「へぇ、なんて名前の人だい?」

 ジスランの問いに、マリーズは表情をパァッと明るくする。

 内心では逆に「掛かった!」と黒い笑顔を浮かべる。


「コレットって言うのぉ。でも、待ち合わせしよーって言っても曖昧に笑ってるだけだったから、嫌われちゃったのかな」

 ジスランから目を逸らし、悲しそうな表情で斜め下に視線を向ける。

「コレット?」

 ジスランの声がいぶかしげになる。



 この頃のコレットは、ジスランの同情を引く為に「働いてばかりで友人も居ない」と言っているはずなのだ。

 確かに友人は居なかったようだが、本当は働いてはいなかったと話していた。

 学園に通うほどのお金は無いが、娘を働かせなければいけない程では無い。

 それがコレットの実家、ティクシエ準男爵の立ち位置だった。


「コレット・ディクシエって言うの!なのぉ」

「男爵家?」

 ジスランの中に、不信の種を撒く事に成功したようだ。

「マリーが伯爵家だから、「良いわよねぇ伯爵家のお嬢様は」っていつも怒るのぉ」

 殊更ことさらしょんぼりしているのを見せる為に、マリーズは肩を竦めた。


 コレットに「良いわよねぇ伯爵家のお嬢様は」と言われていたのは、嘘では無い。

 ただし、前回の人生では、である。

 しかし実際に言われていたので、コレットの口調を真似る事は出来た。

 信憑性は増したはずである。



「……コレットは、学園には通わないよ」

 ジスランに言われ、マリーズは顔を上げた。

「え?だってマリーにはそんな事言ってなかったよ?お金を出してくれそうな人見付けたって……あ!この話はナイショだった!」

 大袈裟に口元を両手で塞ぎ、言っちゃった!と慌ててみせる。


「この話は誰にもナイショね」

 唇を尖らせて、その前に人差し指を立て、更にウインクしてみせる。

「ははは、解ったよ。ナイショだな」

 ジスランがマリーズと同じ仕草をしながら笑った。



「コレット居ないのかぁ。マリー、学園でひとりぼっちだぁ」

 辛うじて聞こえる程度の声量で呟いたマリーズの台詞に、ジスランが喰いついてくる。

「実はお、僕はコレットと知り合いなんだよ」

 良い人のフリで、一人称を俺から僕に変えたようだ。


 マリーズには、そのような気遣いをされた記憶は無い。

 いつもジスランは、横柄で偉そうだった。

 それを男らしくて格好良いと思い込んでいたのだが。


「そうなのぉ?あ、でも一度も紹介してくれないって事はぁ、仲良くしてるのをコレットが知っちゃうと、マリー怒られちゃうかもぉ」

 言外にコレットには話すなよ!と釘を刺す。

「先輩格好良いから、マリーに盗られちゃうって心配したのかもね」

 語尾にハートが付きそうなほど、甘ったれた声を出す。


 コレットならば腕に抱き着くくらいはしたかもしれないが、マリーズにはそこまで出来なかった。

 何よりも、本当は嫌悪感が酷くて吐き気をもよおしていた。



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