第5話:歴史は繰り返させない




 まだ起きたばかりで着替えてもいなかったが、マリーズは机の中から紙とペンを取り出した。

 メイドが起こしに来るまでは、まだ少しがある。

 それまでのあいだに、覚えている限りの事を書き出したかったのだ。


 主に必要なのは、不快な記憶でしかないコレットの自慢話だ。

 出会いはもう過ぎているので、どうでも良い。

 13歳の時は、まだ初々しいお付き合いをしていたのだと、そう言っていた。

 春には公園でボートに乗ったと。

 二人きりにはさせて貰えず、護衛が一緒だったと言っていた。



 コレットはマリーズと同い年だ。

 今年、中等科に入学する。

 今の季節が判らないが、もしかしたら、もう通っているのかもしれない。

 マリーズがジスランと結婚するまでの、コレットとジスランの歴史を、思い出せる限り細かく書き出した。


 毎年冬の雪祭りに行った事、いつも行くカフェの名前、贔屓の宝石店。

 それと一緒に、マリーズとジスランの歴史も書き出す。

 17歳の時に告白され、結婚するまでの約2年の歴史。

 コレットと行った後に、マリーズを有名な観光地へと誘っている。


 薔薇が見事な植物園。

 薔薇の季節は終わりかけていたが、最盛期にはコレットと行っていた。

 雪祭りも、初日や最終日のように何か催し物がある日ではなく、ただ見て回るだけだった。

 初日と最終日には、コレットと行っていたのだ。


 カフェも宝石店も、コレットの方が上の等級の店だ。

「親が公爵でも、学生の俺にはこの程度の店にしか連れて来れないんだ、ごめんな」

 デートの度に、申し訳なさそうに笑って言っていたジスラン。


 改めて字に起こし、怒りが湧いてくる。


「今回は私が可愛い我儘でお強請ねだりをして、コレットに使う金も無いほど貢がせてやりましょう」




 書き終わった歴史をそっと引き出しにしまう。鍵の掛かる引き出しだ。


 今は春か秋か。

 カーテンを開ければ季節が判るのだが、メイドが気付いて部屋に来てしまっては元も子も無い。


 13歳の夏には、ジスランが避暑地に行ってしまったので、コレットは全然会えなかったと言っていたはずだ。

 秋には学園の中等科の2年生が始まり、授業が終わったジスランと街で待ち合わせをして……?


 街で待ち合わせ。

 話を聞いた当時はその事に気付かなかったが、今ならその違和感を感じる。

 なぜ同じ学園に通っているのに、街で待ち合わせをしていたのか。

 その答えは、コレットは学園に通っていなかったから。



 コレットは、準男爵家出身だった。

 学園は平民でも通える。

 ただし、入学金が払えれば、である。

 貧乏だった実家を恥じていたのか、嫌悪していたのか、コレットは実家の名前を言わなかった。

 準男爵だったのをマリーズが知ったのも、偶然メイド達が愚痴っていたのを聞いたからだった。


「学園で、コレットに気付かれないように仲を深めれば良いのね」

 マリーズは口角を吊り上げた。

 笑顔というにはあまりにも壮絶なその表情は、誰にも見られることは無かった。



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