未来の過去の章

第4話:25歳から13歳へ




 5年、妊娠期間を含めると約6年耐えたマリーズは、希望より2年後に戻っていた。

 既に未来の夫であるジスランは、愛人のコレット・ティクシエと出会っているはずである。


 なぜ出会いの時期を知っているのか。


 マリーズが出産する器として監禁されていた時に、コレットが度々部屋へやって来て、ジスランとの出会いやどのように愛を育んだか、どれ程自分は愛されているのかを楽しそうに語っていたからだ。


 なぜ態々わざわざ自分にジスランとの事を細かく語るのか、と、マリーズが聞いた事があった。

 コレットは今更、マリーズに優位性を認識させる必要など無い程の立場を確立していた。

「だって、私達の子供に聴かせてあげなきゃでしょう?母親として」

 母親として出産という1番の責務を放棄しておいて、コレットは当然だと笑った。



「妊娠したのは嬉しかったけど、お腹は大きくなってドレスは着れなくなるし、皮膚が伸びるんでしょ?嫌だわ」

 コレットは大きくなっていくマリーズの腹部を見ながら、心底嫌だという表情をする。


「自分の中で育っていくのを感じて、普通は愛情を育てるのでしょう?ドレスが着られないのも1年だけではないですか」

 だからはらの中のを引き取って!そんな気持ちを隠してマリーズはさとした。


 無駄だったが。


「妊娠中は気持ち良い事出来なくなっちゃうじゃない。その間に、浮気されたら困るし、また妊娠したらアンタに産んでもらえるから丁度良いでしょ?」

 コレットが当たり前のように言う言葉に、マリーズは驚きと絶望を感じた。

 どれだけこの女は自分を利用するつもりなのか、と。


 幸いな事に、マリーズが生きている間に、コレットが二人目を妊娠する事は無かった。

 そのせいで出産する器としての価値が下がったマリーズは段々と放置され、最後は餓死に近い死を迎えたのだが。




「嫌な事を思い出したわ」

 マリーズは鏡の中の自分を見た。

 枯れた木のようだった、カサカサで骨と皮だけだった腕は、貴族令嬢らしく白く瑞々しい肌に戻っている。

 顔も骸骨のようだったのがふっくらとして、白い肌に少し赤みのある頬と、ぷっくりとした唇が若さを表している。


「ここから他の幸せを求めれば良いのでしょうけれど……」

 マリーズは可愛い見た目とは裏腹の、怨嗟の籠った眼差しで鏡に映った自分の姿を眺めた。

「何もせずに忘れられるほど、浅い怨みでは無いのよ」

 まだ子供を産むには適していない幼い体。

 その下腹部に手で触れ、マリーズは安堵の溜め息をいた。


「まだ傷付いてない。まだけがれてない。今回は本当に好きな人の、愛する自分の子を育てるわ」

 マリーズは鏡の中の自分へ、笑顔を向ける。



「でもその前に、しっかりと仕返しはしましょうね」

 明るく、素直で、でもどこか頼りなげな笑顔。


「話し方は、少し舌っ足らずでゆっくりと」

 どちらかと言うと滑舌が良く、活発な話し方のマリーズは、同性や大人には受けが良かったが、同年代の男性には敬遠されがちだった。


「背筋は伸ばしきらずに、見上げるように」

 背筋をピンと伸ばし、凛とした雰囲気をかもし出していたマリーズは、才女として名高く、実際に成績も良かった。

 それが前回ジスランに目を付けられた理由でもあった。

 仮胎かりばらでも優秀な方良かったのだろう。


「顎は引かずに、少し上げて首を傾げる」

 鏡に映るマリーズは、とてもだらしなく立っていて、まさしくジスランの愛人のコレットと同じだった。

「でも、同じでは駄目なのよ」

 マリーズは姿勢を正し、椅子へと座った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る