第3話:妻の決意




 妻、マリーズ・クストーは、今まであった事を魔女に語り始めた。


 学園で夫となったジスラン・アルドワンと出会った事。

 愛し愛され、相思相愛だと信じて結婚した事。

 初夜を済ませた瞬間、魔法使いとあの女がなだれ込んで来たのだと。


「妊娠4ヶ月の愛人の子を、私の胎に移すのだと言われました」

 マリーズの言葉に、魔女は絶句する。

 それは、今では禁忌とされた魔法だった。



 そもそもは、体の弱い高位貴族の女性の為に作られた魔法だった。

 出産に耐えられない妻に代わり、他の女性に赤子を産んで貰うのだ。

 しかしそれは、通常は出産経験者が行うものだった。

 空っぽの状態の子宮に、いきなり子供が入るのだ。

 出産経験のある柔軟な子宮でなければ、激しい痛みを伴う。


 昔、他の子供が使った胎など嫌だと、若い女性を無理矢理代理母にしようとした貴族が居た。

 その時はその痛みに体が耐え切れず、失敗に終わった。


 それから改良……改悪され、胎児の父親の精子を先に子宮に入れ、それを元に子宮を拡張させる魔法が開発された。

 そして大きくなった子宮に胎児を魔法で移すのだ。



 しかし、時の宰相が王太子妃に自分の子を産ませようとその魔法を悪用し、王太子の精子で拡張した子宮に、宰相の胎児を移した為、拒絶反応で王太子妃が亡くなってしまった事件が起きたのだ。

 無論、王太子妃は同意などしていない。


 この事件がきっかけで、胎児を他人の子宮に移す魔法自体が禁止となった。

 それでもどうしても体が弱く出産出来ない正妻が、第二夫人や愛妾に頼むなど、隠れて行われてはいるようだった。


 しかし、マリーズは違う。

 ただ、愛人との間の子供を後継者にしたいが為に、正妻が出産したという事実が欲しかったのだろう。

 禁忌の魔法の為に、白い結婚ですらない。

 マリーズが産んだ事にして愛人が出産する選択肢も有ったのに、命懸けの苦痛のみをマリーズに押し付けた。


 学園で出会ったという事は、婚約期間も有ったはずだ。

 どれだけ長い期間を掛けた計画なのか。


 魔女はマリーズが全てを諦めた理由が解る気がした。

 きっと妊娠中は、日当たりの良い部屋に、後継者を育てる器として監禁されていたのだろう。

 無理矢理栄養価の高い、胎児に良い食事を食べさせられ、日光浴をさせられたのだろう。

 貴族女性とは思えない、シミやソバカスが目立つ。



「仕返しするなら手伝うわよ」

 魔女は、ベッドに横になっているマリーズの手を握った。

「苦しんだ時間分、時を戻してあげる。苦しみの始まりから逆行するから、初夜から妊娠期間分さかのぼれるわ」

 妊娠4ヶ月弱から出産までだと、大体7ヶ月である。


「耐えたら、耐えた分だけ戻るのですか?」

 マリーズの質問に、魔女は頷く。

「これから私に幸せな日々は来ないでしょう。なので主人と愛人が出会った頃、8年前まで戻りたい」

 マリーズは涙を流しながら、魔女に訴えた。


「これから7年も耐えるのよ」

 魔女が問うと、マリーズは緩く首を振った。

「本来、絶望の中で死ぬまで監禁されるはずでした。今は復讐という希望が有ります」

 この屋敷に来てから初めて、魔女はマリーズの明るい笑顔を見た。


「どうしても辛くなったら、私を呼びなさい」

 魔女はマリーズの手に小さな宝石を握らせた。

「それは私の魔力を固めた石よ。強く握って私の名前を呼ぶの。声に出さないで、心の中で思うだけで大丈夫よ」

 そして魔女は、マリーズの耳元で自分の名前を告げた。



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