第2話:産婆の秘密と妻




 妻の部屋は、半地下に在った。

 置いてある家具やカーテン、シーツなどは使い込まれているのに、部屋には生活感が無かった。

「産褥期の妊産婦に宛てがう部屋じゃないね」

 半地下で薄暗く、風通しも悪い。

 掃除はしてあるが、清潔とは言い難い部屋だった。

 ただ広さだけは充分に有るのが救いだった。

 これで狭かったら、圧迫感でおかしくなりそうだ。



「出産が終わったら、すぐに屋敷を去るように命令されてるから、今日は帰るよ」

 産婆が声を掛けると、女性はベッドの上で微笑む。

「ありがとうございました」

 その顔は、笑顔なのに、全てを諦めているようにも見えた。


「良いかい、明日、必ず来るからね」

 産婆が念を押すと、女性は小さく「はい」と返事をした。

 その姿が余りにも儚くて、産婆は不安になる。

 そして部屋を出て、扉を閉めようとして気付いた。

 女性が全てを諦めている理由を。


 扉の鍵は、外からしか開閉出来ない仕組みになっていた。

 扉に比べ、鍵は新しい。

 おそらく新品だろう。


 彼女は何と言っていた?

「見張られていた」

 そう言っていなかったか。



「これは益々おかしな家だね」

 産婆は正当な報酬を受け取り、屋敷を後にする。

 金を貰う為に訪ねた部屋では、赤子を抱いた愛人を横に座らせた主人が居た。

 メイドの言っていた通り、本当にパーティーを開いていた。


 生まれたばかりの赤子を寝かせもせず、馬鹿騒ぎしている。

 いつもならば注意して止めさせるのだが、妻への扱いを見てしまった後なので、放置する事にした。

 後で何かしらの影響が出るだろうが、知ったこっちゃない。

「明日、詳しく話を聞かないとだね」

 産婆は屋敷の庭、正しくは妻の居る部屋辺りを見て呟いた。




 翌日の昼間。産婆は妻の部屋を訪ねた。

 こっそりと窓から室内を覗き込み、妻しか居ない事を確認してからベッド脇へと移動した。

「起きてるかい?」

 ベッドに横になっている妻にそっと声を掛けると、うっすらと目を開いて産婆を見る。

 そして一気に目を見開いた。


「誰?どうやってここへ!?」

 驚いて起き上がろうとする妻の体をそっと押さえこむ。

「まだ急に起きちゃ駄目よ。出血も有るでしょう?」

 優しく声を掛けてくる若い女性に、妻は「新しいメイド?」と聞いてくる。


「うふふ。これが私の本当の姿なの。産婆ってくらいだから、年配の方が経験豊富っぽくて安心感が有るでしょう?」

 若い女性の言葉に、妻は「産婆……さん?」と戸惑いの声を出す。

「正確には魔女よ」

 若い女性──魔女は、悪戯っぽく笑った。



 予想通り放置されていた妻の体を綺麗にし、魔女は持って来た特製ジュースを飲ませる。

「魔法で体を治せるけど、それだと屋敷の人間に怪しまれちゃうわよね」

 出産で開いた骨盤や、妊娠で伸びた皮膚、傷や出血も魔女の魔法なら治す事が出来た。


 しかし完全な放置では無く、監禁していてもそれなりの世話はされているようなので、下手に手を出せないのだ。

「そういえば授乳はしてるの?」

 部屋の中に哺乳瓶のたぐいは置いてない。

 授乳の度に赤子を連れて来ているのか?という純粋な疑問だった。


「汚い乳など要らないそうです」

 妻が言う。それは無表情で、特に残念がっている様子も無かった。

「魔法使いが、あの女も母乳が出るようにしたようです」

 今度は言葉に嫌悪感が乗っていた。



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