第3話 ハッピーバレンタイン(3/3)


 既製品のチョコを広げて、皆でティータイムをしようと思ったが……。バラバラなチョコを買ってきたのでなんだか不平等だとかなんとか言いそうな気がしてきた。

 精霊たちは子どもぽいところがあるので、優雅なティータイムを邪魔されないよう一人ずつ呼ぶことにした。


「ドリアド」


 女性の姿でドリアドが出てきた。


「はぁい!紋から頑張ってるの見てたわよ!紋から見える景色だから何をしているかはあまり見えていなかったけど!」


「でも失敗しちゃった」


「また来年頑張りましょ。ひょっとしてこれ、私?」


ドリアドに準備したチョコは、立体的なツルや木の模様の真ん中に人型のチョコが置いてあるチョコだ。かなり高度な技術が必要なチョコの形だった。立体的に作られているのもすごいポイントだ。


「ドリアドかどうかは分からないけど、ちょっと似てるなと思ってドリアドに買ったんだ」


「ありがと‼一緒に食べましょ」


 ドリアドに頭を撫でられる。女性の姿をしているドリアドは包容力というか安心感があり、身を預けてしまいたくなる。きっとこの雰囲気で色々な男性を木の中に誘い込んでいるのだろう。


「えいっ」


 ドリアドの体の部分をフォークでぐさっと差し込んだ。


「え?ちょっとフィーナちゃん、それは悪意があるでしょ!」


「そんなことないよ!ちゃんと感謝の気持ちを込めてチョコを一緒に食べてるよ?」


 決して、命がかかっている場面で、ふざけたことをするドリアドに対して怒っているとかそういうのは全くない。


「せっかくの私のチョコが……」


 ドリアドのチョコの胸の部分を美味しく食べた。



 ドリアドが食べ終わった後にアンディーンを呼ぶ。


「アンディーン」


「ショコラケーキとやらは出来たのか!!」


 アンディーンが嬉しそうに出てきた。人の食事はなんでも好きらしい。


「ショコラケーキは失敗しちゃった!でも変わりに色々な味のチョコ買ってきたよ」


「本当か!貰っていいのか?」


「もちろん!そのために買ってきたんだから!紅茶もいれるね!」


「ありがとう!このチョコはオレンジティーと合いそうだ」


私と一緒に色々なものを食べているからだろうか、チョコに合う紅茶まで把握し始めている。これから先の食費がさらにかかりそうだ。


「アンディーン、いつもありがとね!戦闘の時はなんだかんだアンディーンが一番頼りにしてるよ」


「き、急に改まってどうしたのだ」


普段はいじっているので、改めて礼を言われ少し照れているようだ。やっぱりいじりたくなる可愛さだ。


「今日はバレンタインでしょ?人の世界では、感謝の気持ちを込めてチョコを送るんだよ」


「そういえばそんな日があると、聞いたことがある気がするな」


ドリアドの言う通り、人の世界のイベントにそんなに詳しくないようだ。


「精霊の世界では、お互いに手作りチョコを渡し合ったら、その二人は永遠に結ばれるという話もあるみたいよ。アンディーンに手作りのショコラケーキ食べてほしかったんだけど、残念」


アンディーンの目をじっと見つめ、笑顔を浮かべる。

アンディーンは顔が赤くなり、目を背ける。

やっぱりいじりたくなる可愛さだ。ニヤニヤしてしまう。


「冗談よ。ドリアド達とみんなで食べようと思ってたのよ」


「わ、わかっておる」


アンディーンはそっぽを向いたまま、紅茶を手に取り口に含む。


「ゴホッ」


紅茶が少し零れ、アンディーンの膝にかかりそうになる。

アンディーンは水の精霊なので、紅茶が床や椅子に落ちる前に、空中で浮遊させていた。


「あちっ」


紅茶と重なって、光の精霊が現れる。


「いや、あなた熱くないでしょ!実体ないし」


「実体はなくとも、あからさまに熱そうなの上から降ってきたらつい言ってしまうものじゃ」


「貴様は、私の膝で何をしているのだ?」


アンディーンは光の精霊に質問する。


「おぬしの表情を下から見ていただけじゃ。ぷぷ」


そういうと光の精霊はまた姿を消した。アンディーンをもっとからかいたかったのに、邪魔されて残念だ。



 アンディーンが食べ終わった後にサラマンディアを呼ぶ。サラマンディアはどんな性格で出てくるかビックリ箱なのでちょっと警戒してしまう。


「サラマンディア」


「……」


 普段の冷静で無口なサラマンディアのようだ。


「サラマンディアはチョコ好き?」


「……。食べたことない」


 お酒は好きだが、人のご飯やお菓子はあまり食べたがるイメージがない。甘いものが嫌いだったら可哀想なので、念のため聞いてみる。


「甘いものは好き?」


「お酒なら」


「そっか!お酒入りのチョコ買ってきたけど、食べる?」


 サラマンディアは無言で頷く。


「紅茶いれるから一緒に食べよ」


「このチョコ、お酒強くて美味しい」


サラマンディアはかなり気に入ってくれたようだ。

私はお酒が弱いので、ちょっと胸が熱い。


「良かった。お酒入りって書いてあったからサラマンディア喜ぶと思って」


サラマンディアは無言で頷き、立ちあがる。

釜を開け、失敗したショコラケーキを取り出し、一口食べる。


「これも美味しいよ」


サラマンディアは悪戯な小さい笑みを浮かべ、見つめてくる。

失敗したケーキを見られた恥ずかしさや、失敗したのに食べてくれた嬉しい感情がぐちゃぐちゃになる。ショコラケーキのように爆発しそうだ。お酒入りのチョコのせいでさらに顔が熱くなる。

 以前(第53話参照)も思ったが、サラマンディアは女の子の喜ばせ方を知っている気がする。

 失敗した手作りケーキを食べて貰い、美味しいと言われ普通に嬉しい。


サラマンディアが少しふらついている私の肩に右手を置き、左手で頬に触れる。


「熱いけど、大丈夫?」


「大丈夫。ちょっとお酒で熱くなってるだけだから」


お酒で頭がぐわんぐわんとしてきた。頬に触れた手が冷たく感じて気持ちが良い。火の精霊なのに、性格も温度も反対だ。


「これ食べて」


サラマンディアが丸いチョコを口に押し込む。左手の親指も一緒に口の中に入ってきた。チョコと一緒に指を少し噛んでしまった気がする。お酒のせいで意識がぼやけはっきりしない。


「おいしい?」


サラマンディアは左手の親指を舐めながら、余裕のある小さな笑みで聞いてくる。


「うん」


意識がぼやけながら、小さくうなずく。実際に果実の周りにチョコがコーティングされており、とても美味しいチョコだった。


「作って良かった」


「え?ちゅくった?」


ろれつが回らなくなってきた。なぜだろうか?さらにお酒が入った気がする。


「果実にお酒染み込ませてつくった、大人の味。もう一個いる?」


うんと言っていないが、再度口に押し込まれた。相変わらず、左手の冷たさが気持ちよい。


「気持ち良さそうだね。もっと食べる?」


 次は両手で頬を抑え、チョコではなく、左手の親指を入れられたような気がした。


「おほほほほヒック!私は世紀の大魔術師、フィナリーヌ・アンソワ。ヒック

1000年前から未来に転生し、この世の理を超える存在。ヒック」


 酒癖の悪さが再度出てしまった。(本編、第12話参照)


「フィナ、酒癖悪い。お水飲む?」


「初級魔術しか使えぬ、貴様など相手にならんわ」


 会話が成立していない。


「フィナ、じっとしてて」


 両手で、両方の手首を握られ、手の動きを封じられる。

 サラマンディアと立った状態で向かい合う。


「チェイサー」


 サラマンディアが両手を抑えたまま、紅茶を飲ませてきた。


「げっほ、ゴホッ。大魔術師になんという無礼を」


「今、ここにあなたとの契約は完了した。あとはしておくから、ゆっくりお休み。フィナ」


 ベッドに運ばれ、眠りについた。



ー翌日。


「ああああああああああああ」


 部屋に叫び声が反響する。やってしまった。昨日お酒のチョコを食べた後から意識がぼんやりしている。どうせまた妄想垂れ流しをしていたのだろう。


「タマ!タマ!」


「誰がタマじゃ」


「昨日、私は何してた?」


「基本的にはチョコと紅茶を飲んで寝ただけじゃ。そんなに気になるならサラマンディアに聞いてみればよい」


 自分の醜態をわざわざ聞きに行く勇者はいないだろう。サラマンディアから話題に出さない限りは、触れないでおこう。



こうして今日も冒険者フィーナの一日は始まる。

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