第2話 バレンタイン作り(2/3)

◇◇◇


ー翌日。

「ハッピーバースデー!トゥーユー!ハッピバースデー!トゥーユー!」


 光の精霊が、バレンタインと全く関係ない謎ソングを歌って、調理準備の邪魔をしてくる。


「ちょっと!気が散るでしょ!あっち行ってて」


 初めてのお菓子作りにかなり神経を集中させていた。何がボウルで何が泡立て器なのか、料理の説明文を見ながらシュミレーションをしていたのだ。

 普段なら気にならない雑音も今日は気になってしまう。


「おぉ、怖いのぉ。最近の若者はすぐ怒る。あぁ、恐ろしいのぉ」


 光の精霊は自由に紋から出入りが出来、姿を現す・現さないも電球のように切り替えることができる。

 普段なら姿を消すが、今日はケーキ作りが気になるのかずっと光のモヤとして浮かんでいる。


「それで、その手作りケーキは誰に作るんかのお。ほれほれ」


 気になる男が出来たと両親に伝えた時みたいなダル絡みの仕方だ。姿は見えないが、光の精霊はおっさんに違いない。お腹もボテ腹だろう。普段ご飯は食べてないけれど。


(誰がおっさんじゃ!おぬしは精霊に対する敬意が足りんぞお!)


 光の精霊が心の声を呼んで、脳内に直接話しかけてきた。

 全く料理が手につかない。精霊を無視して、レシピとにらめっこをする。


「刻んだチョコレートをボウルに入れ、湯せんして溶かす」


 声に出してレシピを読む。『刻んだチョコレート』とは何かのブランドチョコだろうか。レシピの材料を用意してと伝えたので、店員さんは刻んだチョコレートを用意してくれたに違いない。


 湯せんは漢字からして、お湯にかけることだろう。きっと素人はここで、チョコに直接お湯をかけるだろうが、さすがに私はそこまで愚かではない。チョコレートを油分で出来ていることは知っている。水と油は混ぜてはいけないのだ。


 水を入れ沸騰させた鍋の上にボウルを置き、チョコをいれ溶けるのを見守った。ボウルの端からチョコレートが溶け出した。すべてのチョコが溶け終わった頃は、ボウルの端のチョコが少し焦げていた。


「卵を卵黄と卵白で分け、それぞれ別のボウルに入れる」


 ふふ。卵黄と卵白は知っているぞ!卵黄は卵の黄身のことだ‼卵白は白身のことだ‼

 右手で顔を覆い、ポーズを決めながら脳内で誰にも聞こえない自慢をする。


(わしには聞こえておるがのぉ)


 この卵、どうやって分けるんだああああ。なぜそこの説明を省くのか、まったく意味不明である。

 とりあえず卵を割った後、手を綺麗に洗い、手で卵黄をすくい上げ別のボウルに移した。卵が2個無駄になった。


「卵黄をもったりするまで泡立て器でよく混ぜる」


 もったりとはどのような表現なのだろうか。魔法学院ではもったりという表現は聞いたことがない。タマに聞いてみよう。


「誰がタマじゃ!」


「ねぇ、もったりってなんだと思う?」


 光の精霊(別名タマ)に聞いてみた。


「もたついている。ということじゃろ」


 卵黄がもたつくまで混ぜる。なるほど、泡立て器という物で混ぜることで、卵黄がもたもたし始めるのだろう。とりあえず混ぜて様子を見よう。


 チャッチャッチャッ


 一定のリズムでボウルに入れた卵黄を混ぜているが、何も変化がない。濃い黄色がちょっと薄くなった気がするが、もたもたしている様子はなく、サラサラのままだ。

 腕が疲れてきたので、次のステップへ進む。


「卵黄と溶かしたチョコレートを混ぜ合わせ、小麦粉を30gふるい入れる」


 チョコレートが少し固まってきていたが、まだドロドロとしていたので、卵黄のボウルに入れ混ぜ合わせた。小麦粉も目分量で3/10を入れる。

 小麦粉をいれると生地が固くて少し混ぜにくかった。


「卵白を角が立つまで、泡立てる」


 このレシピは腕を休ませてくれないようだ。3つ目のボウルに卵白を入れ、混ぜ合わせる。卵白は卵黄と違いどんどん膨らんでくれた。目に見えて変化があるので、興がのりかなり混ぜた。なかなか良い感じだ。角が立っているような気がする。


「卵黄とチョコレートのボウルに、泡立てた卵白も2~3回にわけてさっくり混ぜる」


 最後は、それぞれのボウルに入っているものを混ぜ合わせるようだ。さっくりはおそらくちょっと混ぜる、あまり混ぜるなという意味だろう。


「型に移し、温めた釜に入れ、25~30分ほど焼く」


 ケーキの型にボウルの中身を流し込み、釜に入れた。あとは焼きあがるのを待つだけだ!なかなかうまくいった気がする。


 机の上にクロスを敷き、紅茶の準備をしていると釜から音が聞こえてきた。


パンッ


 何かが破裂した音だ。

 膨らんでいたはずのケーキの真ん中がぱっくり割れ、ケーキは釜の中に飛び散っていた。2000文字分、頑張って料理したのに。ちょっと泣きそうだ。かなりうまくいっていると思っていたのに何がダメだったのか。


 もう一度材料を購入し、作り直そうかと考えたが、時間をかけすぎたせいか夜になっていた。お店はもう閉まっている時間だ。


「タマぁーーー」


「誰がタマじゃ!また来年頑張るがよい。今年は既製品のチョコでよいじゃろ」


 無いものに拘っても仕方がないので、涙目になりながら既製品のチョコを準備する。

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