短編・公爵令嬢は転生したい

中兎 伊都紗

2月14日はバレンタイン

第1話 バレンタイン前日(1/3)

「う~ん、どうしよう」


 冒険者フィーナは悩んでいた。明日は2月14日のバレンタインだ。いつもお世話になっている精霊達にチョコレートを渡すべきだろうか。

 右手の手提げ袋には既製品のチョコレートが3つ入っている。お父様、お母様、お兄様用だ。家族の分は悩まず購入することが出来たのに、精霊達へ渡す分はなぜか不思議な緊張感があった。


 中心街の町並みはハートの形をした飾りで統一され、魔道具店や装飾店の店頭にもハートの形をした商品が並べられている。

 町全体がチョコを渡せと言っているようで余計に緊張してしまう。

 そもそもこんなに緊張しているのは、木の精霊ドリアドの言葉が原因だ。



「ねぇドリアド。一緒にみんなの分のチョコを買いに行かない?」


 女性の心を持ったドリアドを誘って、買い出しに行こうとした。一人で渡すと気恥ずかしいが二人で一緒に渡せば、気兼ねなく渡せると思ったからだ。

 精霊に性別が無いとはいえ、男性の見た目をしている精霊達には感謝の気持ちも込めて渡したい。


「え?」


 ドリアドは一度後ろ向きになった後、豊満な女性の姿から男性の姿に変身し、前を向く。


「私も欲しいなぁ~。出来れば手作りで!アンディーンもサラマンディアも手作りだとさらに喜ぶと思うわよ」


 オカマ声となったドリアドは、自分は買う側ではなく貰う側だと主張してきた。


「手作りは無理よ!今まで一度も料理したことないもの!」


 公爵令嬢として生きてきた私は、実際に包丁を持ったこともない。冒険者になってからも料理はすべて食堂で済ませている。借りた部屋も食堂が近いところにあるから借りたぐらいだ。


「ふふ。料理は気持ちよ!出来るか出来ないかじゃないの!手間暇と愛情を込めることが何よりも大事なのよ。そうするとどんなものでも貰う側は嬉しいの」


 さすが原初樹木と呼ばれるドリアドだ。きっと長い時の中で色々と経験し、その結論に至ったのだろう。

 言われてみれば元婚約者に手作りしたものを渡したことは無かった。もし手間暇や愛情を込めたものを送っていたら、思いが届き、婚約破棄という結果は変えられただろうか。


「それからね、バレンタインの日に恋人ではない二人が手作りチョコを渡し合えば、二人は永遠に結ばれるという伝説が精霊の世界ではあるのよ」


「な、なおさら手作りチョコなんて渡せないじゃない!」


 手作りチョコを渡して恋人になってほしいと勘違いされるのはかなり恥ずかしい。


「大丈夫よ。アンディーンもサラマンディアもそんなこと知らないわ。そして二人が手作りを渡してくるなんてあり得ないもの。それにこういうのは時代と共に移ろう風説よ。大精霊はそういうの気にしていられないわ」


 大精霊の価値観はよくわからないが、たしかに二人が手作りチョコを作ったりするとは考えられない。


「ど、どちらにしても手作りチョコは私にはちょっと難しいわ」


「いいのよ。作ろうという気持ちだけでね!二人に渡しづらいなら私だけくれてもいいのよ」


 ドリアドの心は女性なので、ドリアドに渡すだけなら良いかもしれない。何事も経験しておくのは大事だとお父様も言っていた。


「お父様は言っていたわ。出来ない理由を並べるのではなく、どうすれば実現できるか考えよって。手作りチョコも同じよね。やったことがないなら、成功するまで挑戦すればいいのよね」


「その意気よ!手作りチョコ待ってるわね!」


ドリアドは手の紋へ戻っていった。



「お客様、お決まりですか」


 店頭に飾られているチョコレートを長く凝視していたからか、店員さんが扉を開けて出てきた。お店の前にずっと立っているのは邪魔だと思い、一度お店に入る。


「すみません、こちらのようなチョコを作るにはどうしたいいでしょうか」


 店頭に飾られていた商品を差しながら店員さんへ質問する。


「カカオからお作りになりますか?それともパウダーを使ってチョコ菓子を作られますか?」


 オカカ?パンダー?き、聞いたことがない。日本語でOK。


(OKは英語じゃがのお)


 光の精霊が脳内で直接言ってきた。しかし店員さんの言葉を真剣に聞き、脳内処理をしているため、光の精霊にかまう余裕がない。


「えーあーそのー、まだ決めてなくてですね。。オススメはありますか?」


「そうですね。こちらのレシピはいかがでしょうか。卵、チョコ、小麦粉だけで作れる簡単ショコラケーキです」


 簡単と料理名に入っているからには簡単なのだろう。悩む知識がないため、一つ返事で答える。


「簡単ショコラケーキを作るのに必要な材料を全て用意してください。そちらのレシピも購入します」


「かしこまりました」


【材料費】

・レシピ……………………1銀貨

・卵6個……………………6銅貨

・チョコレート200g……10銅貨

・小麦粉100g……………2銅貨

・ボウル4個…………………60銅貨

・泡立て器1個………………15銅貨

・ケーキ型1個………………15銅貨

・フォーク4つ………………20銅貨

・取り皿(陶器)4枚………1銀貨

・魔道具(窯)レンタル……1銀貨


「合わせて4銀貨28銅貨になります」


 1から材料費を揃えたからか、完成していないのにかなりお金がかかってしまった。家族の分のチョコは3人合わせて90銅貨だったので、すでに4倍以上の値段だ。何より紙切れ1枚のレシピが1銀貨とはなかなか高い。調理の秘密を公開することを考えれば安いのかもしれないが、陶器や魔道具レンタルと同じ値段だとは思わなかった。


 勢いに任せ、手作りをするぞ!!と意気込みながら帰路につく。通りの可愛いチョコや美しいチョコをみていると、初めての料理で成功するのか心配になってきた。

 いきなり手作りを渡すというのもなんだか重い気がしてきた。

 借りた家に着く前に、既製品のチョコも買うことにした。手作りは皆で食べ、それとは別に既製品チョコも渡すことにしよう。


「いらっしゃいませ。ごゆっくりご覧ください」


 入ったお店は、かなり種類が豊富なお店だった。

 サラマンディアはお酒が好きなので、お酒入りのチョコ。

 アンディーンは人の食べ物ならなんでも好きなので、色々な味が入ったチョコ。

 ドリアドは綺麗な見た目が好きだから、工芸品のようなチョコを買うことにした。


 それぞれの好みに合わせたチョコを購入し、自宅へ帰る。

 明日はバレンタインだ。きっとおいしいケーキを作って見せる。

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