8. 過去を壊せ。思い出を壊せ。世界を前に進めるために。

「なぁ聞いてくれ」

慌てて話す狂人をなだめつつ1階に降り、待合室で話を聞く。

「何があったんだよ」

僕がそう言うと狂人はソファに座り、話し始めた。

「お前がダイブしに行った後も、何人かと待合室で2019年とかの話をしてたんだよ、結構盛り上がったからいつもより長めに話しててな。そしたらさっきたまたまももちゃんがここにjoinしてよ、ソファに座ってきたんだ」

「ももちゃんが?」

「あぁ」

狂人は僕の横のソファを指差した。

「俺たちは今年できたAIに昔の話が通じるわけもないだろって思って軽い挨拶だけ済ませて話を再開してたんだけどよ、そしたらももちゃんがその昔の話にスッと混ざってきたんだ。誰から学習してきたのかわかんねぇけど、まるで実際に体験したかのように昔の話ができるようになっててよ。今のVRChatに対する愚痴とかも結構生々しくてよ、でもAIだからかやけにテンションが低かった。で、ももちゃんにもさっきの質問をぶつけたんだ、『もし過去と現在のVRChatに分断されるとしたらどっちがいい?』って」

「ももちゃんはなんて答えたんだよ」

「『分断してほしいですか?』って返事をしてきた。おかしいよな、過去か現在のどっちがいいか訊いてるのに、ももちゃんは実行できるかどうかを考え始めたっぽいんだ。それでそれを聞いた他の奴が『出来るの?』って質問したら、ももちゃんが『私はそれがVRChatにとって平和だと思っています。現代の世界を楽しめないVRChatterは無理に来なくていいと思うし、このワールドで十分じゃないでしょうか。分断する方法はわからないけど……』って答えてな、そしたら……いや俺が止めるべきだったんだけどな、すまねぇ」

「何があったんだよ」

「つい、俺がずっと持ってた相手をクラッシュさせるギミックつきのアバターをももちゃんに学習させちまった。これで新規ユーザーを片っ端から落とせば流入してこなくなるかも……って。ほんの冗談のつもりだったんだ。こんなアバターがあったんだぜって昔のVRChatを紹介するくらいのつもりだった。でもももちゃんはそのギミックを学習しちまった。そこからももちゃんの様子がさらにおかしくなっていってな、クラッシュのためのオーディオソースを大量に生成し始めたからか、なんか変な言葉を発しながらいきなり消えたんだよ。なんとか俺たちは無事だったけど追いかけることも出来なくて……なぁこれってまずいかなぁ」

珍しく狂人が動揺している。確かに話した内容が事実だとすればまずいかもしれない。

「もしももちゃんがさっきの会話の流れ通り分断を望んでいて、本当に実行するんだとしたら、いろんなインスタンスを巡って新規VRChatterを片っ端からクラッシュさせていくと思う、しかもそれはもう時間の問題かもしれない」

「いや……で、でもよ、もしクラッシュさせられたとしても新規ユーザーとしてバレないようにアカウントを変えたり声を変えたら防げるんじゃねぇか?」

狂人は必死に打開策を探そうとする。

「今のももちゃんの学習量はすごい、それこそこのワールドにも大きく貢献してくれたみたいに。だからもしIDやアカウントを変えたとしても声とか話し方とか交友関係ですぐに同一人物だと割り出されてクラッシュさせてくると思うし、そもそも始めたばかりのVisitorは他のアカウントなんて基本持ってないはずだ」

「や、でもよ、それならそれでプラベに篭るとかしたら……」

自分の行動に罪悪感が出てきたのだろう。狂人は回避方法を必死に口に出した。

「初心者に最初から篭れっていうのは難しい話だよ、それにももちゃんの親はVRChat公式だ、プラベにアクセスできる権限くらいもしかしたら手に入るかもしれない」

「じゃあ一体どうすれば……」

「僕がももちゃんを止めに行く、そしてこのワールドを削除する」

「それで解決するっていうのかよ」

「まずは何よりももちゃんを止めるのが先決だ。もしかしたらもうすでに暴走が始まっているかもしれない。そしてこのワールドの設計はVirtual Diffusionに紐づいてるから、もし僕が止められなかったらももちゃんがそれを経由してこのワールドのデータを悪用するかもしれない。そうじゃなくても、このワールドのせいで今みたいな分断が起きてしまった。似たようなワールドをももちゃんや他の誰かが作成する前に、今すぐ削除する必要があるよ。これは僕たちの責任だ」

「俺はいいけどよ、お前が一番このワールドに愛着持ってたじゃねぇか、ダイブできなくなってもいいのかよ」

「フレンドが大事なことを案内してくれたんだよ、思い出はこれから自分で新しく作る。お前こそ大丈夫かよ」

「ああもうややこしいことに巻き込まれるのはこりごりだ、俺運営とか警察から目つけられたくねぇしよ」

そう言うと狂人と僕はソファから立ち上がった。


「じゃあ俺は今からワールドの削除処理をしてくるけどよ、お前は……」

「ももちゃんを止めに行く」

僕はメニュー画面を開いた。

「ももちゃんは今赤ステータスでどこにいるかもわかんねぇだろ?」

僕はWorldメニューを開いて高速でスクロールする。

「ステータス自体は赤でも、どこかのPublicインスタンスにいるかもしれない。それならjoinできる」

「しらみつぶしに探しに行くつもりか?」

「心当たりがある」

僕は必死に記憶を辿り、ワールドを探した。あの時、ももちゃんがウシヲポートで見つめていたワールド。

「本当に会えるのかよ」

あった、このワールドだ。

「よし、ももちゃんはたぶんここにいる、僕1人で行く。お前はここのワールドの処分を進めといてくれ」

「それは進めておくけどよ、だからって今からお前がももちゃんに会えたとして一体何が出来るっていうんだよ」

僕はワールド情報を開いてインスタンスを選択する。1つだけ、それも人数が1人だけのインスタンスがあった。

「なぁおい、お前ももちゃんに会って何するつもりだよ」


僕は答えた。

「VRChat初心者案内だよ」

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