7. VRChat初心者案内

2019年夏、[JP] Tutorial World。


ロード画面が0%から100%になり、ワールドが読み込まれた。

joinしてあたりを見渡す。スポーン地点に日本語クイズは存在していない。

まだ紫色の割合が大きかった頃の壁がこの世界を囲んでいた。

オレンジに光る星の空を見上げて懐かしんでいると、急に横から声が聞こえてきた。

驚いた僕は、思わず飛び上がってしまった。


「あっ……驚かせちゃってすいません、もしかして初心者の方ですか?」

振り向くと、金髪のアバターが僕の顔を覗いていた。

かつて自分が実際にフレンドから初心者案内を受けた、あの時と同じ状況。

まだ黄色ではない緑色のディスプレイネームが彼の頭上に浮かんでいた。

驚きと懐かしさであまり言葉が出てこなかった僕は、うなずくことしか出来なかった。


「あ、初心者さんなんですね!VRChatにようこそ〜!ん〜もしかしてマイクがオフになっちゃってるのかな?」フレンドは優しく、そして楽しそうに尋ねてくる。

4年前のあのときもそうだった、マイク設定がわからない僕が初めてVRChatで声を出せるようになったのは、フレンドに教えてもらったからだった。


フレンドはメニュー画面の操作から音量設定まで、丁寧に教えてくれる。

操作を全て知っている僕にとっては全く必要のない情報だったけど、その懐かしいやりとりは情報以上に価値があった。


「もしよかったら、このままVRChatを案内してあげるよ!」

フレンドは階段を指差した。

僕はできる限り初心者に徹して、当時のように案内してもらった。

ボタン操作、アバターの変え方、GlobalとLocalの違い、トラストシステム。

まだアクションメニューはないしジェスチャーは常に反映されてしまうけど、それでも十分楽しかった。


「じゃあ写真撮ろっか!」一通り説明が終わった後、フレンドは奥の壁に向かって移動し始めた。

「奥に何があるんですか?」僕はわざとらしく答えながらついていく。

フレンドは紫の柵に囲まれた空間を指差しながら、「ここで君と僕が初心者案内した記念に写真を撮るんだよ」と答えてくれる。


柵から降りて白いキューブを触ると、紫色の城が出現した。

中に入って、白いプラスチックのおもちゃのようなカメラを起動して、黄色いボタンを2回Useする。

ワールドに固定されたカメラに向かって、壁に描かれた初心者マークを挟むように2人で写真を撮影した。


「今日はすごく楽しかったです。案内してくださってありがとうございます」

僕はお礼を伝えた。当時もこんな感じで丁寧に案内をしてくれたことを思い出す。


「こちらこそ!ちなみに今撮った写真を#VRChat始めました でツイートするとたくさん反応もらえていろんな人と交流できるよ!」

フレンドは背伸びをして横の壁の文字を指差しながら話し、階段を登っていった。


「これから君がVRChatをもっともっと楽しんでくれたら嬉しいな」

フレンドは紫の柵の上に立ち、フルトラの足を器用に動かしてバランスを取っている風の動きをする。僕はそれを下からしばらく眺めていた。

こうして楽しく案内してくれたフレンドと僕は、今は疎遠になっている。

フレンドに改めて初心者案内してもらったこと自体は楽しかった。でも問題は今それが叶わないことだ。僕と今のVRChatの間には十分な距離ができてしまった。フレンドとの間はもっとだ。


「……もしこの先VRChatが変わってしまったら?」

フレンドを見上げながら、僕はつい言ってしまった。

もちろん当時僕はこんなことは言っていない。


「変わる?どういうことかな?」

フレンドは振り向き、フルトラの足の動きを止めて首を傾げた。

Dynamic Boneが設定された金髪が曲線を描いて揺れる。


僕は気まずい雰囲気を感じながらも、口を止められなかった。

「もし……もしこの先VRChatがすごく人気になって、いろんな人が増えたとしたら、そこでいろんな問題が増えてきて、価値観が変わったり、雰囲気が変わったり、今僕が楽しいって思ってるこの感情とか、居心地の良さが失われてしまうかもしれないじゃないですか。VRChatが自分の理想と違う状態に変わった時、あなたはどうしますか?」


フレンドは自分の手を見つめて考え始め、しばらくすると顔を上げて話し始めた。

「確かに君の言う通り、今のVRChatはまだ未開の地で、これからもっともっとVRChatは発展していく、発展してくれたら嬉しいなって思ってるよ。そうしたら……良いことも、もちろん嫌なこともたくさん起きると思う」

フレンドは空を見上げて話し続ける。

「でも流行や時代の波を変えることはできなくて。たぶんね、きっと自分がそういう新しいものに囲まれるのを楽しむことが大事なんだと思う。もし未来のVRChatが変わってしまったとしても、今日君が僕に初心者案内されて楽しいって言ってくれたみたいに、その時その時の初心者がいて、そこに出会いとか思い出が生まれるんだから、そういう意味ではこの世界は変わらないんじゃないかな」

フレンドが柵から降りて僕を見つめる。

「それに僕は今日こうやってVRChatを楽しんでたおかげで、君みたいな人とも出会えたわけだし」

「あ、ありがとうございます」

照れた僕は目をそらした。

「あ、忘れてた!まだフレンド登録してなかったね!」

フレンドは突然ジャンプし、メニューを開いて僕を指差した。

「フレンドリクエストを送ったよ!これから仲良くしようね~」

そう言うとフレンドは僕の目の前まで近づいてきた。

僕はフレンドの近い顔に照れて後ずさりながら、通知を開いてフレンドリクエストを承認した。

「でももしいつか将来疎遠になったら僕は悲しいです」

フレンドはかまわず僕に一歩近づいて言う。

「もししばらく会えなくなったとしても、またいつでも僕にjoinしに来たらいいよ」

そういうと、身体を上下に揺らしてポーズを取った。

「……わかりました、そのときはjoinしに行きます」

僕は出来なかったことを口にした。


「じゃあ僕は予定があるから、このあたりで離席するね!またいつでもjoinしてね〜」

フレンドはメニューを操作する手の動きをして、離席した。


フレンドのアバターが消えるのを見届けて、僕もダイブから離席した。

「またいつでも僕にjoinしに来たらいいよ」

フレンドの言葉が脳内に響く。最後に会いに行ったのはいつだったっけ。もし今会ってもあの時みたいに変わらず仲良くしてくれるだろうか。


僕はダイブ部屋のドアノブをUseして、廊下に出た。

メニューを開いてSocialを選択し、Favoriteのリストを開いた途端、廊下にいきなり黒い巨体が現れた。

狂人は慌てた様子で僕に話しかけてきた。

「あぁやっと出てきた、なぁちょっとやばいことになってるかもしれねぇ」

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