6. VRC再放送局

VRChat再放送局が有名になってからというもの、VRChatの日本人ユーザーコミュニティはVirtual Diffusionがリリースされた時のようにまた騒がしくなっていた。

実質過去に戻れるワールドとして、話題性は十分だった。


需要は様々だったけど、単に過去を懐古したいだけのユーザー以外からも需要があったことが人気の後押しだった。

昼にVRChatを起動して人が少なくて寂しい思いをするユーザーも、VRC再放送局に来ればいつでも過去の夜にダイブして楽しむことが出来る。

自分が覚えてもいないような適当な日の記録にダイブすれば実質本人にとっては新規体験になるし、それが現実の世界には引き継がれない独立した仮想の世界だとしても、その一期一会、相手の記憶には残らないストレスフリーなコミュニケーションは、そもそも仮想世界への逃避を求めてやってきたユーザーの需要に合致していた。


もちろん規約やプライバシーの観点から疑問を呈する人、過去への懐古自体に反発する人、2022年以前のプレイ記録が無いためダイブが出来ない人からの反発も大きかった。

プライバシーの問題に関しては、ダイブはあくまで自分自身の記憶の追体験とその派生の範囲の行動なので、本人が経験してきたこと以外は原則追体験出来ない仕様にはなっているけど、そういった弁明が呑気に受け入れられる状況ではないほどのムーブメントになっていた。


数週間経った頃にはVRChatで以前から活躍するクリエイターは、ユーザーが過去のコンテンツに流れる姿を見て勢いを失い、イベントやワールドの更新も一気に滞るようになった。

そして1ヶ月も経つ頃には、VRChatの通常のワールドで遊ぶユーザーの数自体が半分ほどになってしまった。


大学から帰宅し、すぐにヘッドセットを被る。

あのワールドのおかげで以前よりもVRChatに入る頻度は圧倒的に多くなった。

Publicでホームに設定してあるのでワールドを選ぶ必要すらなく、僕がインスタンスを建てた途端、他のユーザーも5~6人ほどjoinしてきた。


今日はいつもに比べて人が多かったので、ダイブする前に待合室でしばらく話を聞いてみることにした。

集まっているのは2018年、2019年にVRChatを始めたユーザーたち。彼らは青やピンクの髪を揺らしてフルトラッキングの足を伸ばしながら、好き勝手に話し始めた。

僕は壁のYouTubeプレイヤーを眺めながら、耳を傾けた。

「そういえばあのAIってまだあんの、最近見なくね」

「なんか話題としてもう古いよな、別に実害もねぇし、未だに反発してる奴らもいつまでお気持ちしてんのって感じ」

「彩麗もも?だっけ、なんか最近はオンラインだけどずっと赤ステータスらしいよ。予報のカレンダーも最近は全然当たらないってさ」

「えなにそれ、フレンド0人なのに赤ステータスとか意味なくね?」

「なんか詳しいフレンド曰くVRChatterをたくさん見たせいでお気持ちみたいなことを発言し始めて、そっちの方向に学習し始めたらしい」

「完全に病みがちなVRChatterじゃん、AIの再現度すげーな」


SpaceMoverでソファの上に浮かびながら雑談するVRChatterたち。人数はだんだんと増えていた。

僕は壁のYouTubeプレイヤーに目を向けたまま、ウシヲポートで数ヶ月前に会った時のももちゃんを思い出していた。


「結局AIもそうなるんなら俺たちがこうやって過去に閉じこもるのも無理はないよなぁwww」

いつの間にかjoinしていた狂人が後ろの会話に混ざっていた。

「結局みんなしんどくなっちゃうからこうやって今過去勢と現在勢で分裂し始めちゃってるわけだし」

「このまま分断が進んだら過去の奴らは過去だけで遊べとか言ってSAOみたいにダイブしたまま閉じ込められたりして」

青いロングヘアの奴がもしもの話をした。

その場にいた人たちは各々しばらく考える仕草をして、言った。

「えー、そうなったら俺どうしようかな」

「俺は昔の方がいいかもなぁ」

「俺はさすがに現在の方でいいかな、昔は昔で不便なこともあったし」


「なぁ、お前は現在と過去のどっちかだけをプレイするとしたらどっちが良い?」

急に狂人が僕に話題を振ってきた。僕は振り向いて返事をする。

「なんだそれ、まずどうやったらそんな世界になるんだよ」

「まぁいいから、どっちか答えろよ」

待合室は会話が止まり、みんなが僕の回答を待っている雰囲気だった。回答しないと気まずい。

「選ぶとしたらそりゃ過去かなぁ、去年今年でこれだけVRChatが騒がしくなったんだから、来年はどれだけひどくなるか考えるだけでしんどいわ」

「そりゃそうだけどよ、いいのかよ、お前のこと初心者案内してくれたあのフレンドとかと会えなくなるかもしれないんだぞ」

「別に過去で会えたらそれで十分だよ」

僕はソファーから身体を起こしながら返事をした。


現在のVRChatやそこの人間関係がどうなろうが知ったことじゃない。

僕が作り上げたVRChat、僕の理想のVRChatがここにある。


僕は待合室を抜け出して階段を登り、個室のドアノブをUseした。


ダイブの椅子に座り、メニューから行きたい時間と場所の記録をスクロールする。


「フレンドと会えなくなるかもしれないんだぞ」

狂人の言葉が頭に反響する。


ここ数年間、僕はVRChatを続けることが苦しかった。

それは他のたくさんいる古参勢だって同じ状態だ。

VRChatをプレイしている全員が新しいことに適応できて、誰に対しても親切になれるわけじゃない。

僕たちに寄り添わないうるさいノイズばかりが増えていく。

ようやく僕たちにとって優しくなったこの静かな過去のVRChatで、閉じこもることの何が悪い。


僕を初心者案内してくれたあのフレンドのように、性格の良い人は新しいことに適応できるかもしれない、でも僕は限界だ。

VRChatが変わっていなければ、ノイズがなければ、今もあのフレンドと仲良く出来ていたかもしれないのに。

このワールドのことは耳にしているのだろうか。

常に現在が楽しそうなあのフレンドにとって、ダイブはきっと不要だろうな。

今どこで何をしているんだろう。


気がつくと僕は自分の記録の一番下にあるワールドを選んでダイブしていた。

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