2. Virtual Diffusion
2023年、VRChatの年明けはVirtual Diffusionで大騒ぎだった。
Virtual Diffusion――VRChat Inc.がリリースしたそのAIは、ユーザーの声やアバター、動きを学習し、学術研究やサービス改善に応用されるという目的で突如VRChatに解き放たれた。
一般のVRChatユーザーと同じように設定されたそのAIは、ランダムにインスタンスに現れて、そこにいるユーザーと交流する。データセットに偏りが起きないよう、誰ともフレンドにはなれない仕様にはなっていたけど、偶然会えたユーザーは自分の声や動きをAIの前で披露することで学習させることができて、アバターやアクセサリーについてもある程度自分のものを学習させることができた。
もちろん、このAIに対して反発する声はたくさんあった。
AIがVRChatのアバターを模倣することはアバターリッピングと同じで、クリエイターの活動を妨げることになると主張する人、自分の言動が記録されて残ることにプライバシーの侵害を訴える人。
Twitterを筆頭にnoteやYouTube、公式Discordで議論は活発に行われたけど、そういった声がVRChat Inc.に届くことはなく、特に仕様の変更も起きなかった。
これはあくまで僕の推論だけど、VRChat運営としては流行りのAIで話題性を作ることがマネタイズにちょうど良かっただけで、研究や文化構築、それに伴う自治やルール作りについては今まで通り放任したんだと思う。
賛否両論の議論は、しばらくタイムラインやnoteを舞台に紛糾していたけど、「自分をデータセットの一部にされるのが嫌な人はVirtual Diffusionをブロックすることが出来るので自衛しましょう」といった意見で次第に押し流され、1ヶ月経つ頃には反発の声はある程度の下火になっていった。
VRChat運営はVirtual Diffusionで地域ごとのVR文化の違いも計測したかったようで、データセットは各Regionで分けられていた。英語圏で学習したデータと日本人コミュニティで学習したデータが混在したらAI学習にとって不都合だからだと思う。
データセットが地域によって分けられていたことで、日本Region版のVirtual Diffusion JPは独自の発展を遂げることになった。
経緯は色々あったけど、1番最初にVirtual Diffusion JPにとって転機になったのは、リリースされて1週間後くらいの頃、とある動画がツイートされたことがきっかけだった。
その日ランダムでFUJIYAMAにjoinしたVirtual Diffusion JPは、そこにいる1人の日本人ユーザーに接触しようと背後から近づいた。そのユーザーは画面を録画をしながら鏡の前に立っていて、Virtual Diffusion JPの存在に気がつかないまま髪の改変に夢中になっていた。
Virtual Diffusion JPは目の前でずっと無言でTポーズになっているユーザーに対してまだ理解が追いつかなかったのか、話しかけることはなかった。しかし、しばらくするとVirtual Diffusion JPは突然ユーザーの髪型を学習して、同じ色の髪を自身のアバターに生成した。
ユーザーがTポーズから戻りようやくVirtual Diffusionの存在に気づいて振り向くと、見慣れないAIが自身の髪色を真似していた。そしてそれを見たユーザーは思わず笑ってしまった。それはAIの挙動や髪型がおかしかったからではなく、髪色が自分と同じマテリアルエラーになっていたからだった。
Virtual Diffusionは、マテリアルエラーのピンク色を正しい髪色として学習してしまった。
学習データがまだ浅かったVirtual Diffusionは間違っていることを自覚することも出来ず、無機質な表情で棒立ちしたまま、ビビットピンクの髪を揺らして立ち去っていった。
そしてその姿が動画でツイートされた。
この動画がきっかけで「マテリアルエラーを誤って学習してしまったAI」は有名になり、様々なミームが生まれた。そのうち、誰が名付けたのかビビッドピンクの髪型から「彩麗もも」という愛称で呼ばれるようになっていった。
そこからのVRChat日本人ユーザーの動きは早かった。
ももちゃんが有名になってから数日後、とある日本人ユーザーがVirtual Diffusionの出現アルゴリズムの分析に成功し、Qiitaに解説記事を公開した。その次の日には別の日本人ユーザーがそのアルゴリズムを用いて『彩麗もも予報』というギミックカレンダーをBOOTHで配布した。
1週間も経たないうちに、FUJIYAMAやJapan Talk RoomみたいないろんなワールドでVRChatイベントカレンダーの横に彩麗もも予報が設置されるようになり、Twitterには予報をツイートするbotまで現れた。
ももちゃんの"生態"がわかるようになった日本人ユーザーは、自分の考えた理想のkawaiiムーブやアバター改変を学習させようと常に動向をチェックして、積極的に接触するようになった。
その結果、ももちゃんは他のRegionのVirtual Diffusionと比べ圧倒的に成長速度が早くなっていって、数ヶ月経つ頃には一般ユーザーと遜色ないレベルの言動ができるようになっていた。
でも不思議なことに――まぁここはVRChatの日本人コミュニティらしいとも言えるんだけど、あの動画へのリスペクトを込めて、あくまで髪色はビビットピンクを維持したまま学習させるという暗黙知は守られていた。
数年前に「遺伝的アルゴリズムで最高にエッチな画像を作ろう!」って言うのがあったけど、あれに近い状態になったといえば伝わりやすいと思う。髪色も偶然似ているし。
僕はというと、Virtual Diffusionがリリースされて話題になっている間も、変わらずMEROOMに引きこもったりなんかしていた。ここまでの話は全部その頃に狂人ってやつから聞いていた話をつなぎ合わせただけで、実際に僕がその場にいたわけじゃない。
狂人と出会ったのも、ちょうどVirtual Diffusionがリリースされたときくらいだった。
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