第6話 ショッピングモール
わいわい。
がやがや。
駅前の大型ショッピングモールは、丁度学校が終わる放課後タイムということもあってか人で賑わっていた。
「~~♪」
鼻歌交じりに服をあれやこれやと眺めるミヨを見て、オレはぼーっと天井を眺めた。カグツチ焔について調べすぎたっていうこともあって眠い。
それ以上に、レディースの店はオレが見るものなんてなかった。暇だ。ミヨは自分の買い物に夢中みたいだし。オレは荷物持ちとして呼ばれたみたいだ。
「ちょっと試着してもいいかしら?」
「いいんじゃねぇの?」
――どうでも、とは口が裂けても言えない。
るんるん気分でいくつかの服を持って試着室を目指すミヨ。オレはつかず離れずの距離を保ち彼女についていった。
彼女の選ぶ服は何というか――パンクっぽかった。
見た目も怖いし、趣味もヤンキーっぽかった。そらクラスメイトに恐れられる。ウチは真面目で通っているんだし。
待つこと数分。
カーテンを捲ってミヨが姿を見せた。
「どう?」
「いいんじゃねぇの?」
「……お前、そればっかじゃない!」
「だって、分かんねぇんだもん。似合ってるとは思うぜ、マジで……つーか、ミヨが来たらなんでも似合うだろ」
素材がいいんだし。オレは率直な感想を伝えた。
直後、オレの鼻先を炎が炙っていく。
「あっつ!」
鼻を押さえて、オレはミヨを睨んだ。
今の返答の何が気に入らなかったんだよ。褒めたんだし、褒めたんだし!
「日々、それじゃモテないわ」
「……」
それは事実だな。
はぁ、やれやれという風にため息を吐いて、ミヨはカーテンを閉めた。
「次見せるまでにもっとマシな言葉を考えなさい!」
そんな捨て台詞を残して。
オレはぽつんと残された。うーん、じゃあ次はマイさんが言われたら喜びそうなセリフを考えよう。
……。
マイさん、なんでも喜びそうだな。いや、違う。こういう時はマイさんが言いそうな気の利いたセリフを考えて見るか。
「じゃ、これは?」
「驚いた、それとも初めましてというべきかな? 見違えたね、しょーうじょ」
「きっっしょ!」
「あっっっつ!」
今度は顔全体に炎が漂った。
オレは両手で顔を押さえる。オレがマイさんに新品の服を買って貰った時に言われた言葉なのに!
「誰の真似よそれ、やめなさい。鳥肌が立つわ、キャラが違うでしょ、キャラが!」
「……マイさんの真似だよ。マイさんの」
「誰……それ」
「……あー、オレの保護者代わりだ」
オレは顔を一撫でして答えた。
「あ、あの写真の。確かにあの人が言うなら様になるけどね。日々じゃ……ねぇ?」
「はいはい、オレが悪かったっての。まぁ、いいんじゃねぇか? 赤色の服ってのが似合ってると思うぜ」
「それ、アタシが炎使いだからでしょ」
「ったりめぇだろ」
「まぁ、さっきよりはマシな受け答えね」
パシャン。
そんな音を残してまたもカーテンは閉じられた。理不尽。荷物持ちとはこうも過酷な役目なのか。これで報酬もないんじゃ、そりゃ誰も彼女と一緒に買い物に来てくれないというわけだ。
「で、結局全部買うのかよ」
「悪い? 普通の高校生と比べてお金持ちなの、アタシ」
「だろうな」
モールに飾られたモニターに、丁度カグツチ焔が出ていた。
「あれはいくらなんだ?」
「下世話ね、日々……。秘密よ、秘密。夢がないでしょ?」
「まぁ、そっか」
「いつも日々から質問ばっかりだったし、たまにはアタシが聞いてもいい?」
「構わねぇけど、何についてだ?」
隣り合わせで歩き、ミヨからの言葉を待つ。彼女がオレに何を聞くというのだろうか。
「そのマイさん? って人について」
「あー、マイさんか。元々、オレは養護施設にいるガキでさ。そんなオレを迎え入れてくれた人だよ」
「そう。写真を見たけど、仲はとってもいい見たいね」
「ああ、良かった」
ミヨが首を傾げた。
「過去形?」
「まぁな。丁度三日前に殺されたんだ。魔物に。オレを庇ってな」
「……そう」
ミヨの声色が落ちた。
嫌な空気がオレたちの間に流れる。こういう雰囲気はあんまり好きじゃない。
「じゃ、じゃあ……日々が魔物退治にこだわるのって、その人の仇を取りたいから?」
「そういうわけじゃねぇ。仇討ちなんてやってもさ、マイさんは帰ってこねぇし」
「……そう、そうよね」
「マイさんはさ、オレに生きる理由をくれたんだ。この町をマイさんの代わりに守るっていう。最もらしい理由を」
「だから、日々は魔物を倒すってわけ?」
「ああ」
頷いた。
ミヨは視線を地面に向けて、その歩幅はどんどんと狭くなっていく。
「その理由を貰う前は? 生きる理由がなかったの?」
「ああ、そう――」
「――おや! 生きる理由と今口にしましたか? それは、それは! なんとも哲学的かつ芸術的な問答でしょうか。是非、このワタクシめも混ぜて頂いても?」
返事をしようとした瞬間、オレの肩にずしりと何かがのしかかった。
オレとミヨの肩に手を置く老人が一人。妙に背筋が良くて、歳を感じさせないガタイの良さを持つ男。
「さて、さてさて。さぁ、そこにある喫茶店に参りましょう。なぁに、そう悪いようにはしませんよ。支払いもワタクシが持ちますしぃ……?」
「……」
オレとミヨが断りを入れるよりも、妙な力強さで老人はオレたちを喫茶店へ引きずって行く。何なんだ、この人は。
あのミヨも呆気に取られて反応が出来ていない。有無すら言わせて貰えず、オレたちは喫茶店に強制連行されてしまった。
◆
「……」
「……」
「さて、それで生きる理由についてですか。これは奇遇ですね! ワタクシも今し方――新しいアートのテーマにそれを踏まえていたところなのですヨォ!」
珈琲が注がれたカップをぐるりと回して、男は大袈裟な動作でそう宣った。
オレとミヨは怪訝な表情を浮かべる。ミヨがまじまじと男を眺めれば、ぽつりと言葉を返し始めた。
「貴方、六英重工業の社長でしょ」
「御名答」
「六英重工業?」
オレは隣に座るミヨに視線を向ける。
六英重工業、オレも名前は聞いたことがある会社だ。確か、日本でも有数の大企業だったはず。
「そうよ。元々財閥だった企業で……今じゃ重工業以外にも様々な分野に手を出しているはず」
「ええ、ええ。今年の目標は旅行事業の開拓です」
「この人は龍宮寺。社長兼芸術家とかいう、破天荒な人よ」
「これはまた御名答です。ワタクシのことを、よく知っておられる」
ニヤリと笑みを見せる龍宮寺。
なるほど、だからこんなにも龍宮寺からは圧を感じたのか。大企業のトップ、多くの人に認知されいい感情も悪い感情も抱かれるこの人が、もし原力を扱えるなら相当に強そうだ。
そんな感想を抱きつつ、オレは頭を下げて会釈。
「そんなすげぇ人がこんな場所に何の用なんだ?」
「我々の系列が出資しているこのモールに、特別ゲストとして招待されましてね。丁度、これから公演会を行う予定でして」
「こんな場所で油を売っていていいわけ?」
「ええ、弊社の販売する食品ブランドには質のいい油ももちろんございますよ? ああ、そういう油ではなく?」
「……」
クックック、と肩を震わせる龍宮寺。独特な雰囲気の男だなぁ。
オレとミヨはイニシアチブを完全に握られていた。なんというか、不思議な感じ。こんな怪しい男なのに、話を聞いてしまう。
これが所謂“カリスマ”っていう奴なのかもしれない。
「こうして、見ず知らずの方々の意見を聞く。とても素晴らしいことだと思いませんか?」
「まぁ?」
「ええ、ええ。それで、生きる理由についてでしたか。これこそ、人生の至上命題だと思いませんか!」
オレは首を縦に振った。
生きる理由、それについてオレはずっと悩み続けて来た。マイさんに理由を貰うまでずっとそれがなかったから苦しんで来たんだ。だからそれが最も大事だという龍宮寺の言葉に異存はない。
「お二人はその理由を見いだすことができましたか?」
「オレは、ああ」
「ノーコメント」
オレとミヨの答えは違うものだった。
ミヨは答えたくないらしい。それも分かる。こういうのは軽はずみに話す話題でもないだろうから。
オレたちの返事を聞き、龍宮寺は手を叩いた。
パン。
拍手が静かな喫茶店の中に響き渡る。
「素晴らしい。その年齢で生きる意味を見いだすとは。しかしぃ、その理由、果たして本物、なのでしょうか?」
「……?」
「いえ、忘れてください。特に意味のない問いかけでした」
龍宮寺は柔和な笑みを見せた。
なんだか釈然としないので、オレは龍宮寺に問いかける。彼がオレたちに問うたことをそっくりそのまま。
「じゃあ、アンタにはあんのかよ。生きる理由」
「クックック」
よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、男は立ち上がった。そのまま、ソファに片足をテーブルに片足を置き。
まるで劇を演じる役者のように、天井のシーリングファン目掛け片手を伸ばした。残った手を胸に当て。
「え」
「は」
突然の奇行に、目が点になるオレたち。
この人、SNSの炎上とか怖くないのかよ!?
「ありますとも! 楽しいから生きる」
「楽しいから?」
「はい。こうして生きることがとても楽しい! だから生きるのです。それ以上の意味など、後からついて来るものでしょう!」
男の語る理由は、全く最もらしくなかった。
それどころか、オレが想像していたよりも数十倍しょうもない理由で、龍宮寺は生きると言っていた。
「お客様、困ります。そんなことをされては!」
「おや、これは失敬。ついつい、白熱してしまいましたね。苦情や抗議はこちらの電話番号に。ワタクシの秘書のものです。彼女であれば、すぐに適切な対応を行ってくれるでしょう」
「は、はぁ……」
龍宮寺は机から飛び降りて店員さんに深々とお辞儀をした。
そのまま、オレたちにも一礼。
「そろそろ公演会の時間です。有意義な時間をありがとうございました。ワタクシの問いの正しき答え。いつか、お聞きしましょう」
オレたちの分の料金を(かなり多目で)机の上に残し。
龍宮寺は嵐のように過ぎ去って行った。
「も、申し訳ありません……」
呆気にとられている店員さんに、オレとミヨは自分が悪いわけではないけど頭を下げて謝罪したのだった。
「もう、ホントに何だったのよあれ!」
「アーティストっていうのは変人が多いって聞くけど、ミヨとあれを見て確信した。マジだって」
「なんでそこにアタシも入ってるのよ」
頬を膨らませてミヨがオレを睨んだ。
オレからすれば、配信者のミヨだってアーティストの括りに入ると思うんだけど。これ以上突っ込んでも面倒臭そうだし、オレは肩を竦めて話題を流した。
龍宮寺という嵐が過ぎ去り、オレたちはようやくキチンとした休憩にありつけていた。ミヨはトーストを一囓り。それをカフェオレで流し込んで、はぁ~~とため息を吐く。
「なんかドッと疲れた気分よ」
「だなぁ~」
「そういやさ」
オレはミヨに一つ聞きたいことがあった。
昨日、カグツチ焔について調べていたところ……一つの興味深い情報を見つけた。活動初期、カグツチ焔と仲の良い配信者がいたのだとか。
その名前を氷華。
丁度、炎をモチーフとした配信キャラクターである彼女とは対照的な氷の配信者。でも、今の彼女の周囲には、氷華はいない。それどころか、氷華自体今は活動していないらしかった。
彼女と氷華の間に、何かあったらしいとする記事もあったけど……。詳しくは分からなかった。
「氷華って?」
「……」
オレがその名前を呟いた瞬間。ミヨが固まった。
「どこでその名前を?」
「カグツチ焔について調べてたらさ、ちょっと見かけて」
「……そう。日々には関係ないことってだけ」
ミヨの表情がガラリと変わって、彼女はすくりと立ち上がった。
オレの方に置いている荷物を持ち。
「じゃあね。楽しかったわ」
「おい、どうしたんだよ突然!」
「なんでも。思い出したのよ、こんなことしてる場合じゃないってことを」
「……はぁ~?」
ミヨも喫茶店を出て行ってしまった。
オレは彼女の後をすぐにでも追いかけたかったが、まだ料理は残ってるし……雰囲気的にも追いかけられそうになかった。
明らかに、オレが氷華の名前を出したことが不味かったっぽい。
「軽率だったかぁ~」
オレは天井を仰ぐ。ちょっとした後悔。
「明日、学校で謝るか」
そう決めて、オレは残った料理を平らげていく。
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