第5話 お屋敷バトル

「はっ、オレの命を支払うにしては――シケた歓迎だなァ!」


 地面を蹴りオレは駆ける。

 こういうのは先手必勝。よくわからない能力だろうと、攻撃する暇を与えなければいいだけの話だ。相手がオレより強かろうと、攻撃ができなければ意味はない。

 なので、オレは勇み足で踏み込んだ。


「逸るな。今から冥土の土産をくれてやるわい。めくるめく無限回廊の万華鏡をな」


 男の右腕、上から二つ目――真ん中の腕が動いた。閉じられた手のひらからオレに向けられるのは中指。気持ちいいくらい真っ直ぐに立てられたそれ。オレがそれを視認した瞬間。目の前から魔物の姿は消え失せた。


「は?」


 それだけじゃない、部屋だってまるで違うものになっていた。


 窓一つない閉鎖的な空間は、およそ五畳程度の広さだろうか。畳とシケた壁天井以外になにもない。強いて言えば、前に桜柄の襖がある程度。なるほど、魔物が移動したわけじゃない。“オレ”が移動したのだ。

 魔物の能力らしい。ミヨがオレの目の前から消えたのも頷ける。魔物は、ミヨがこの廃商店に足を踏み入れた瞬間に彼女を転移させたのだ。


「め、めんどくせぇー……」


 何が嬉しくて、あんな爺みたいな魔物と超不利な鬼ごっこをしなければならないんだ。オレはため息を吐いて襖を押し開けた。


「……」


 その先に見えるのは、今と全く同じ空間。真正面には同じく桜柄の襖が佇んでいた。

 もう一度、オレは襖を押し開ける。

 しかし、そこにあるのはまたも同じ光景。


「は?」


 オレは振り帰った。

 二枚の襖に、二つの部屋が見える。同じ場所をぐるぐると回っているわけじゃないらしい。じゃあ、単純に同じような部屋が続いている……ということになる。

 でも、おかしい。

 廃商店の外見は、幅も奥行きもこんなに広くはないのだ。オレが入った十畳の広さの部屋に今の五畳程度の部屋が三つ。それでもう目一杯のはず。

 となれば――この襖を開ければ何かしらがあると思われるのだが。


「やっぱ襖だよなァ」


 確実に変だ。

 外見と中身がまるで違う。これも何かの能力ということになる。となると――あの魔物は内部の人間を自由自在に移動させる能力、内部の空間を自由自在に操る能力の二つがあるってことか?


「なんかズルくね?」


 普通、こういう能力って一人一つが限度なんじゃないだろうか。それを二つって……。オレはうーんと天井を眺めた。

 なんか、この襖を何度押し開けても一生あの魔物に辿り着けない気がする。とはいえ、それ以外にやることもない。となると、オレがやるべきなのは。


「とにかくやる。だな!」


 オレは地面を蹴った。

 襖を蹴り飛ばして、オレは突き進む。一枚、二枚、三枚、四枚。いくら走れども走れども景色はまるで変わらない。

 およそ、十の部屋を抜けたところで、襖の柄が変化した。錦鯉が描かれた雅な襖。オレがそれを蹴り開ければ。ようやく魔物の姿が見えた。


「もう追いかけっこは終わりなのか?」

「ああ、もう十分じゃ」


 切っ先を魔物に向けてオレは問いかけた。

 魔物の答えは非常に簡素なもので、意図は理解できない。ただ、オレを襖の無間地獄に捕える必要はもうないようだった。


「このワシの“我が領域サンクチュアリ”は、既に主を殺す算段を整えたのじゃからな」

「へぇー、その前にオレがお前を斬るけどなァ!」


 オレは姿勢を落とし、疾走。可能な限り速く、魔物の元へ到達することだけを考える。

 魔物がオレの動きに呼応するように左腕の真ん中の腕を動かした。何か、来る! 閉じた拳から立ち上がる指は薬指と小指。

 刀の間合いに入ろうとした瞬間、部屋の力場が乱れた。


 重苦しい地響きが聞こえる。


 その重い音とは対照的に、その動作は凄まじく速かった。

 地と天が変化する。今までオレが立っていた地面は壁となり、オレが天井だと認識していたものも壁に変わった。

 それらの代わりに地と天の役割を引き受けたのはさっきまで壁だった箇所。つまり、オレが今まで蹴破って来た襖たちが、地となり――オレが真っ直ぐ突き進んでいた正面が天となった。

 そうなってしまえば、どうなるかなど言うまでもなく。


「マジか――!」


 オレの身体に重力がぐん、とのしかかった。

 刀なんて振るえるわけがない。オレは自分の身に起きた変化を理解することで精一杯。だって、今のオレは空中に放り投げられたのと何ら変わらないのだ。

 魔物は壁に張り付いて堕ちる気配はない。まるでボンドか何かで接着されているみたいだった。

 新しい“地面”を見れば、そこにあるのは十の部屋を挟んだ地。

 下手な高所よりも、うんと高い。


「部屋の中で落下死。これほど珍しい死因もあるまいて」

「これは、やべぇ!」


 風が頬を撫ぜていく。

 髪が重力に逆らって逆巻いた。死神がオレの背を掴んで、そのまま高速移動しているみたいに、オレと死の距離は最早親友みたいに近かった。


「死ぬ! これは死ぬ!」


 九、八、七。


 自分が通過してきた部屋を堕ちていく度に、速度が上昇していく。

 この速度、この距離で落下すれば命はない。当然だ。あいつが言っていた準備というのは、まさしくこのこと。


 だけど、オレはこんな場所で死ぬ気は毛頭ない。

 つーか! あの魔物、能力が三つあるのか!? ズルなんて言葉も生ぬるいだろ、こんなの!


「うぉお!」


 オレは刀を振って、重心をなんとか移動させようと試みる。ジリ、と僅かに右へ身体が移動。ともかく、襖に手を付ければ!

 六部屋目、オレは襖の端に手をかける。

 掴めた!


 バシり。


 そんな心許ない音が耳をつけば。

 オレの体重に耐えきれずへし折れた。


「クソ! 何か、何か!」


 そうやって、周囲を探ること五部屋、四部屋。

 高速で過ぎ去って行く畳と目が合った。オレが助かる道は一つしかない。こうなったら、やるしかなかった。


「刺され!」


 畳の壁にオレは刀を突き立てる。刀がまるで別の意思を持った生き物のように荒ぶった。オレは精一杯、両手で刀を押さえてなんとか制御を試みる。


「こんなダセェ死に方、できるかァ!」


 叫んで、己を鼓舞した。

 刀の振動が収まる様子はない。後一秒も経たず、オレの手から柄が弾けて飛んでいってしまいそうだった。だから、オレは柄に身体を引っ付けて、オレの持ちうる全てで立ち向かう。


 徐々にオレの落下速度は落ちていき。

 最後の部屋につくくらいには、ほとんど止まりかけて。

 オレは無事に地に足をつけることができた。地面に足を置けることが、これほど嬉しいと思ったことは過去ない。


 オレは空を見上げる。


「殺す準備が出来たって言う割には、オレはまだ生きてるぜ?」

「ようやっとる。認めてはくれてやろう」

「そりゃどうも。ちっとも嬉しくないけどよ」


 しかし、毎度毎度こんなことをされてしまっては勝てる戦いも勝てない。

 オレは頭を掻いて、何か手はないか思案する。二回しか、あいつの能力行使を見ていないが――そのどちらも手で印を作っていた。

 最初は右の真ん中、次に左の真ん中。

 あの腕によって、使える能力に違いがあるんじゃないだろうか。なら、まずオレが狙うべきは――右の真ん中の腕だ。オレを移動させられるってことは、いつでもあいつの有利な場所に転移させられてしまうということ。


 さて、問題はどうやって右腕を取るか。だな。


「無理矢理やるしかねぇよなぁ」


 刀を壁から引き縫き。

 オレは天を仰ぐ。オレがあいつの攻撃を凌ぎ続ければ、いずれしびれを切らしてオレを仕留めにかかるはず。オレが狙うのはその瞬間だ。可能なら致命傷を。無理なら、せめて右の腕を取る。


「ふぅ」


 やることは決まった。

 オレは息を整えて魔物を見据えた。ミヨの言葉に従うなら、逃げた方がいい。けれど、逃げるという選択肢は最初からない。そもそも、逃げられない。

 ここで倒す。

 そう腹を括った。魔物の真ん中の腕が動き、オレに中指が向けられた。その動作を見て、オレは気を引き締める。どんな場所に出たとしても、虚を突かれないようにだ。


「いつでも来い!」

「言われずともな!」


 移り変わる景色。

 またも和室。どうやら、この商店には和室しか引き出しがないようだ。そんな代わり映えのしない景色にうんざりしながら、オレは視線を一巡。

 今度は扉か。オレは刀を構えて振り抜いて両断。素直に開けなかったのは、開けた瞬間不意を突かれても困るからだ。まぁ、普通ドアなんて刀で斬れるわけがないけど、斬れる気がしたから斬ってみた。

 豆腐のように軽く斬れたので、オレの勘は正しい。


 思えば、この刀は不思議なもので炎やさっきの扉みたく、斬れる時は本当にスッと刃が入って行く。余りにも斬れ味が高い刃だった。

 とも思えば、さっきの畳のように斬れ味が変わることもある。これも、この刀の能力の一部なのだろうか。


「っと、ダメだダメだ。戦いに集中しないと」


 オレはかぶりを振って、扉の先へ視線を移した。

 和洋折衷のリビングが広がっている。今まで見た中で最も巨大な空間。この空間だけで、外見から見える大きさを凌駕している。周囲に見えるのは食器、タンス、机、椅子などの家具。

 そのどれもがヒビ割れていたり、埃を被っていたり、どこか壊れていたりと“それっぽい”。そんな部屋の中央にオレが歩いて行けば、正面の端に魔物が出現した。

 もしかして、自分も自由自在に転移させることができるのか?

 やっぱ狡い。

 あの魔物の能力はどこまで万能なのだ。


「部屋を弄くる程度では、主を殺せぬと判断した。喜べ下郎、このワシ手ずからなぶってやろう」

「最初からそうしろっての。時間のムダだろーが」

「どこまでその減らず口が叩けるか――楽しみじゃわい!」


 魔物の言葉と共に左腕三段目の握り拳が開いた。その動きに合わせて、食器棚が独りでに開く。ガタガタと、中の食器が小刻みに振動し金属同士が擦り合う、すすり泣きのような音が耳にこべりつく。

 その音が鬱陶しいと思ったのもつかの間。

 中にある皿たちが一斉にオレへと飛来。


「は!?」


 オレは飛び退き、身を屈めて刀を構えた。

 ポルターガイストみたいなことまでやりやがってコイツ! 本当に万能だな! もうズルっていう言葉も出てこない。

 理不尽、ムチャクチャ、能力ってこんなに何でもできるのかよ。――そんな抗議が頭の中を過っていく。ただ、そう言ったって事態が好転するわけではない。オレは迫り来る皿たちを刀で斬り落としていく。


 しかし、無数に襲い来る皿の群れを全て捕えることは難しく――打ち漏らしたものがオレの身体を確かに裂いていった。


「っ!」

「クツクツクツ! そのまま磨りつぶしてやろう」

「その前に――ぶった切ってやるよ!」


 防御に回ったらこのままジリ貧だ。

 オレは刀を振り上げ、皿の群れを一閃。バキバキと音を立てて斬れていく皿たち。作り出した隙間をくぐり抜けてオレは魔物の元を目指した。多少のダメージは覚悟。

 いや、もう致命傷じゃなければ何でもいい。肉を切らせて骨を断つ!

 オレの勝機はそこしかない。


「ほう、気概だけはある」

「気概“も”だっての!」


 制服が裂かれ、皮膚も裂かれ、血が飛ぶ。しかし、オレは怯まず駆け抜けた。


「しかし、残念」


 右の一番上。第一の腕が動けば、人差し指が立ち上がる。

 瞬間――オレの目の前に壁が現れ出た。ここに来てまた新しい能力かよ!


「ふっざけんな!」


 そう愚痴って、オレは刀を横に一閃。そして翻して振り上げの縦。驚くほどに容易く十字に斬れた壁を蹴って抜く。


「な! 壁じゃぞ!」

「だからどうした!」


 滑り込み、オレはようやく間合いに入った。


「捕まえ――たッ!」

「チッ!」


 魔物の真ん中の腕が動く。この腕は確か、オレを転移させる腕。だが、トロい!

 距離を稼がれている状態ではその動きで十分に間に合うのだろうが……この間合いじゃオレに分がある。それを感じ取ったのか、一瞬遅れて第三の右腕が色めき立つ。


「取る!」


 ここは万全を期して、まずは致命的な腕から奪う。狙うのは真ん中。右腕の全てだ!

 刀を勢いよくふり落として、右腕を奪っていく。手応えあり! そのまま、右の全ての腕を斬り落とそうとするが、寸前で魔物の姿が消えた。


「グ……グゥウ!」


 背後から魔物の呻き声が聞こえる。オレは振り返った。

 魔物の第一、第二の腕は仕留めることができた。けれど、どうやら最後の腕を奪うまではできなかったらしい。

 あの余裕綽々とした憎たらしい表情が、今ようやく切り替わった。ドロドロとした赤い血を地面にぶちまけている。


「さてと、これでオレを自由に動かすことはできなくなっちまったなァ!」

「だから、どうだと言うのだ。ワシがその気になれば、主を無限回廊の中に放り込んで――餓死まで焦らすこととてできるのだ」

「だが、それをしない。だろ?」

「……」


 魔物の表情が曇った。

 確かに、ただ勝つだけならそれでいい。ただ、魔物にもそれができない何か理由がある。じゃないと、合理的じゃない。

 色々と可能性は過る。


「オレとミヨを分断したままじゃ、むしろお前の方がジリ貧なんだろ」

「……」


 こういった能力を成立させている原力。それは無尽蔵に湧き出るものではないはずだ。きっと、個々人によって限界量がある。

 あの魔物がアクションを一つ起こす度に、その原力を消費する。多分、今も暴れ回っているであろうミヨを抑えつけるだけでも相当の原力を消費しているだろう。だから、オレまで放置すると魔物が枯れてしまう。


「だから、どうにかしてオレを最速で仕留める必要があるし――何より、お前ミヨには勝てないって分かってんだろ」

「このガキィ……!」


 ミヨの理不尽全方位火力の前には、この能力じゃ相性が悪い。というか、あの能力に対して有利な能力が思いつかないくらいムチャクチャだアイツ……。

 だから、まだ倒しやすいオレを狙うのは理解できる。人質には弱いみたいだし、そうなったら勝ち目だってあるかもしれない。まぁともかく、あの魔物“も”長期戦は望んでいないのだ。

 好都合。

 オレだってそうなのだから。


「一つ、お主の推論に間違いがある」

「へぇ、なんだ?」

「元々、ワシの狙いはお主“だけ”ということじゃよ!」


 左腕の第三。拳が開いた。確か、あの腕はポルターガイスト攻撃!

 同時に左腕の第二、薬指と小指が並び立つ。あれは、部屋の地と天を動かす能力。


「最早侮らぬわ。絶望の内で死ぬと良かろうて。回転回廊遊戯ビックリハウス!」


 がこん。

 そんな音が響けば、部屋がゆっくりと回転を始めた。そして、合わせて動き始める家具たち。椅子もテーブルもタンスも食器棚も食器も、最早手段を選ばずオレへと飛来。

 どうやら、相手も本気でオレを倒すつもりらしい。


「足場を崩して、圧潰あっかいせい!」


 回転が徐々に速まっていく。これはかなりマズイ。

 これ以上早くなってしまうと、魔物が言う通りになってしまう。最終的に家具に押しつぶされて死んでしまう。あ~、こんな時に見よみたいに炎が出せればなぁ!

 なんてありもしない幻想に縋りつつ、ともかくオレは駆ける。まだ動けるこの状況の中で、どうにかあいつを倒さないと!


 なんて動いてみても、襲い来る家具たちが邪魔すぎる。

 飛来する椅子が腹に辺り、吹き飛ばされる。そんなことをしている間にティーポットがオレの頬を打ち、巨大なタンスが迫る。


 流石にこれは斬り伏せる。だけど、タンスに構っていたら机が僕の相手をして欲しいとタックルをカマしてくる。そうこうしてる内に部屋の回転は速まるばかり。

 ああ、もう無理だこれ。

 死ぬわ。ミヨの言ってたことは正しかったんだろうなァ……。刀を握った手が、痛みに負けて緩んでいった。


「……」


 そうか。

 オレは殴打する家具の嵐、その隙間を縫って魔物を見据えた。位置はあそこ。部屋は回転しても、魔物はその影響を受けていない。

 緩んだ手を締め直して。

 オレは唯一の突破法に狙いを定めた。


 最後の力を振り絞り、家具の嵐から抜け出す。この一瞬の隙。これを逃せばオレは死ぬ。でも、逃すつもりはない。


 オレはただ一つの行動を通すために、大きく刀を振りかぶった。狙いは一つ。左の第三。あの腕!


「はぁ……!」


 投擲。

 オレは目一杯の力を込めて、刀を投げた。

 投げた刀は家具の嵐すら裂いていき、驚くべき貫通力を持って魔物の元へ到達。


「む?」


 自分の身に迫ったそれに理解が追いついていない魔物は、回避行動を取ることもなくオレの狙い通り左腕の第三の手首が飛んでいった。


「なっ!」


 途端に動きを止める家具たち。オレはそれを確認して、ダッシュ。

 刀はもうない。

 けれど、そんなことはどうでもいい。刀はあくまでも道具だ。勝てばそれでいい。オレは魔物との距離を詰めて、飛び上がる。

 魔物の禿頭を両手で掴んで、思いっきり頭突き。


「がぁ!」


 怯み、微睡む魔物。オレは地面に落ちた刀を蹴り上げてキャッチ。そのまま、構え。


「家に引きこもってばっかで、身体が鈍ってたんだろうなァ!」

「このワシが、こんな小僧如きに――後れを取ったというのかぁああ!」


 一閃。


 魔物の身体を両断。赤い液体が周囲に散った。


「悪ぃな。冥土の土産はくれてやれなかった」


 踵を返して、オレは刀を鞘に戻した。


 ◆


「はぁ~~、結局アタシは何もできなかったわね」


 廃商店の前で、ミヨが一つ愚痴をこぼした。

 あの後、元に戻った店内で無事ミヨと合流することができた。聞くところによると、彼女は同じような通路を延々と歩かされていたらしい。(どうにも、燃やしても燃やしても意味がなかったようだ)

 オレたちは今回の戦いについて思い返しながら、商店街を連れ添って歩いた。


「その代わり、オレがきっちり倒してやったんだからいいだろ?」

「無茶しすぎよ。無茶を。日々の話を聞くに、その魔物は二つ星か三つ星くらいはあると思うわ?」

「確かに能力いくつもあったっぽいからなぁ……」

「それはあり得ないと思うけど。基本的に能力は一つよ?」

「マジか? んーでも」


 オレは魔物が使っていた能力をミヨに伝えて行く。あれが一つの能力だとすれば、それこそズルい。


「あー、それね。多分、異界系の能力よ、それ」

「異界系?」

「そ。その空間を掌握することがメインの能力。自分のテリトリーだと、割と好き勝手できる面倒なタイプなのよ。結構レアよ、その手の能力者。大金星ね、日々」

「だろ?」

「まぁでも……」


 オレの前に立ち、ミヨはぴしっと人差し指を立てた。


「無茶はしない! 言ったでしょ、あいつより強そうなら逃げろって、どうして逃げなかったのよ」


 睨めつけられるオレ。

 足を止めて視線をミヨから逃がす。ついでに最もらしい言い訳も添えて。


「いや、あの状況は逃げられなさそうだったしさ」

「今回は良いけど、逃げられる状況ならちゃんと逃げなさいよ? 日々なんてアタシよりぜーんぜん弱いんだから!」

「なんかそう言われるとむかつくよなぁ」

「事実でしょ、事実!」

「まぁ……」


 曖昧な返事をしてオレたちは歩くことを再開。

 ミヨの言うことは一理ある。今回だって危なかったわけだし。今日みたいな幸運がずっと続くとも限らない。でも、正論ってむかつく!


「あ、ごめんなさい」


 とん、と肩がぶつかった。

 ミヨに対抗心を燃やしていたせいだろう。オレの不注意が悪いので、すぐに謝罪。ぶつかった相手を見る。


「いえいえ、お気になさらず☆」


 張り付いたビジネススマイルと、吸い込まれるような白い衣服が印象的な人だった。


「私も少し不注意だったかもしれませんもの。それではごきげんよう☆」

「あ、はい」


 かつん、かつん、かつん。

 上等なハイヒールを響かせて、綺麗な姿勢で歩いて行く彼女。そのスマートさは商店街には全く似合わない。なんだか不思議な雰囲気の人だった。


「何日々、ああいう女の人がタイプなの? やめときなさいよ、きっと腹黒よ?」

「そういうのじゃねぇって。つーか……腹黒なのはミヨもだろ」

「は? 燃やすわよ、顔を」

「腹だけじゃなかったわ、全身真っ黒だったな」

「日々もそうなりたいって意味かしら?」


 軽口を叩き合うオレたち。

 ふと、彼女に聞きたいことを思いだしたのでオレはそれを問いかけることに。


「なぁ、ミヨ」

「何よ、まだ何か文句あるわけ?」

「そうじゃなくてさ。なんでミヨはそこまで魔物を倒そうとするんだ?」


 学業なんて目を向けずに、真っ先に魔物を倒しに向かう。黒福みたいな魔物を狩る奴だっているだろうに、どうしてミヨは自分で倒そうとするんだろうか。

 それが気になった。何が彼女の原動力となっているんだろう。


「――」


 しかし、その問いにミヨが答えることはなく。

 オレたちはただ、無言で学校へ戻ることになった。


 ◆


「はぁ、疲れた……」


 帰宅。

 あの後、オレは昼休みから学校を抜け出したことがバレてこってり絞られた。(ミヨは能力で屋上から学校へ戻った。ズルい)

 朝の遅刻と合わせて、反省文が沢山。

 結果として、太陽が落ちた頃にようやく家に帰って来られたわけだ。


 リビングを見ると、明かりが漏れていた。


「……?」


 またか。

 もしかして、ミヨの奴が入って来たか? いや、でも鍵はしっかりかけたはずだし……いや、あいつは最低だからどこか割って入って来たとか?

 流石にそれはないか。

 じゃあ、オレの切り忘れ。かな。


 憶測を立てるオレ。扉に手をかけて、リビングに入った。


「……黒福」


 リビングに飾られた写真立てたちを眺める黒福がそこにいた。オレは彼の広くて黒い背中に声をかける。


「警備長殿がこんな顔をするとはな」


 写真立ての一つを手に取って、黒福は振り返る。

 彼に握られた写真は……。


「ああ、オレとマイさんが初めて花見をした写真だな」

「花見ねぇ――人間っぽいこともするみたいだな」

「どういうことだよ」

「俺たちの前だと、警備長殿は修羅だったってだけだ」


 修羅。

 黒福のその言葉を呼び水に、あの魔物を手にかけた時のマイさんの冷たい表情がフラッシュバックした。あれが業務を熟す時のマイさんだとすれば――確かに修羅だ。


「それは分かったけどさ。何の用だよ、マイさんとオレの家に。つーか、マイさんの葬儀は」

「ねぇよんなもん。あるわけねぇだろ」

「は?」

「警備長殿はスミケイ最強の戦士だぞ? 死体になっても利用方法はいくらでもあると上は考えてる」

「……」


 胸糞が悪い言葉だった。

 でも、黒福にその怒りをぶつけてもどうにもならないことは分かる。だからオレは怒りを飲み込んだ。黒福の真意を探るために、彼の次の言葉を待つ。


「俺がここに来たのは、お前を労ってやるためだ」

「労り?」

「ああ。推定二つ星の魔物と推定三つ星の魔物を討伐した。その刀があるとはいえ、な」

「この刀、やっぱ普通の刀と違うんだな?」

「当たり前だ。その刀は原力を斬ることに特化してる。ゲームとかやるか? お前。魔族特攻とか、そういうのあるだろ」

「……?」

「可愛くねぇクソガキだな」


 舌打ちまじりに黒福が肩を竦めた。はいはい、サブカルチャーに詳しくなくて悪かったな。


「言わば、その刀は原力特攻持ちの特殊武器だ。スミケイでも最重要物品の一つに目されている」

「……」

「その重要な物をお前は厚かましく、寄越せとせがんで来た」

「悪かったな、そりゃ」

「ああ。だが、まぁ魔物狩りごっこを続けたいなら勝手にしろ。どうせ後二週間だ」

「前に言った、結果は変らないって話か?」

「そうだ。後二週間」


 黒福が人差し指と中指を立ててオレに突き立てた。


「二週間で警備長殿の後任がここへ来る。それまでは俺が代理として権限を持っていたが、後任の警備長が来るとそうはいかない。となると、どうなるか分かるか?」

「どうなるんだよ」

「最重要物品の斬原刀を取り戻そうとするだろう。素直に引き渡すなら良し。だが、抵抗するなら」

「……するなら?」

「お前は死ぬことになる」


 それだけを言って、黒福はロングコートの両ポケットに手を突っ込む。そして、ずかずかとリビングを出て行った。オレの返事なんて端から聞く気なんてまるでない。


「なんなんだよ……あいつ」


 つまり、黒福が家に来たのはオレを脅すため。嫌な奴だ、本当に。

 反省文を書く以上に、ドッと疲れた。オレはため息を吐いてソファにもたれかかる。


「つっても、オレは魔物狩りを辞めるつもりはないし。マイさんの形見を手放したくもねぇ」


 ってなると、二週間後にマイさんの後任や黒福と戦うことになるのか。ああ、気が重い。重いけど――。


「今考えてもしゃーねぇな!」


 切り替えた。

 そんなことより、今夜やろうと思っていたタスクに着手しよう。ミヨが演じるカグツチ焔。彼女を知るには、配信者としての彼女を知るのが得策だと思えた。

 一体、何があそこまで彼女を動かすのか。それを知ることが必要に思えた。


「えーっと、カグツチ焔、カグツチ焔」


 慣れないフリック入力でスマホに文字を入力。手間取っていると、スマホが振動。上部にメッセージが届いた。丁度、ミヨからだ。


『日々、明日の放課後暇? 暇でしょ。買い物に付き合いなさい』

「……文面でもこんな感じなんだな、あいつ」


 全く変わらない圧に若干引きつつ、オレは彼女の提案を承諾。

 ミヨへの返事を済まして、オレはカグツチ焔の検索を再開。カグツチ焔について色々調べてしまった結果、翌日また遅刻しかけたことは秘密だ。

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