第1章:炎と刀の魔物退治
第2話 初仕事
燃える、燃える、燃える。
視界が赤に染まっていた。息をする度に口から肺へ、熱気が通っていった。焼かれるような熱を感じ、オレはただ惑った。
逃げ場などない。
暗いんだか、明るいんだかよく分からない視界。ただ、オレンジ色に染まっているだけだった。
そんな地獄の中で、オレは息絶える。多分、これは疑いようもない事実だった。
「おい、大丈夫か!」
そんな灼熱地獄に、誰かの声が聞こえた。
ああ、そうだ。オレはここで死ななかった。これがもう一つの……オレの生きる消極的理由。
あの人は、オレを救った代わりにその命を――。
「おい、起きろクソガキ」
「……ん」
腹に鈍い衝撃が走った。
視界は一転、見たこともない暗室にオレはいた。遅れて伝わって来た鈍い腹の痛みと懐かしい悪夢で、オレの目覚めは最悪。
「って、なんだ、身体が――」
オマケに身体が椅子にくくりつけられていた。(しかも、程度が悪いことにパイプ椅子)
オレの顔を鬱陶しそうに覗き込むのは中年男性。オレよりも随分と身長が高い、筋肉質のオッサンだ。銀の髪をオールバックにして、黒いコートを着込む姿はどうにも同じ日本人という感じはしない。
どっちかというと、外国のマフィアみたいな雰囲気の男だった。
「亜月日々、十七歳。公王市立西高校二年生。間違いはないな?」
男は淡々と手に持った資料を読み上げた。
やけに眩しい一つだけのライトが、オレに当てられる。他の場所は真っ暗な癖に、オレの目にそれを当てやがるんだから、気が散って仕方がない。
だから、男が何を言っているか分からなかったし、それ以上にオレが置かれている状況が意味不明だった。何よりも気になるのは――。
「間違いないな?」
「マイさんはどこにい――」
「――質問をするのは俺だ。煩わせるな」
視界が揺れた。
じんわりと、それでいて鋭い激痛が右頬を襲った。それで、オレはようやく自分が殴られたのだと理解する。
どうして意味の分からない場所に連れて来られて、意味の分からないことを聞かれて、意味の分からないオッサンに顔を殴られなきゃならないんだ。
「俺は嘘が嫌いだ。だからお前を脅すために“殺す”とは口が裂けても言わん」
「……」
「だが――」
男はオレの髪を掴んで、真っ直ぐとオレを見据えた。
「指くらいなら折る」
「……」
コイツ、マジだ。
生気をまるで感じない割にギラついた眼を見たら分かる。その言葉が嘘じゃないということだ。つまり、コイツはオレがこれ以上グダついたら指を折るぞと言ってる。
冗談じゃねぇ……。
なんでオレがこんなイカれ野郎に目をつけられてんだよ。
指を折られるのはもちろん嫌なので、オレは渋々ながら男の言葉に従った。
「そうだよ。オレが亜月日々だ」
「この死体に見覚えは」
そうしてオレの前に突きつけられたのは、オレが昨日斬り殺した男の写真だった。
オレは頷いた。
「オレがやった」
「じゃあ、こっちは」
「――っ!」
そうして出された二枚目の写真はマイさん。自宅の玄関で撮られたらしい写真に写ったマイさんは、オレが最後に見た姿とまるで変わらない無惨なものだった。
それを見てると、自然と涙が零れた。
「……なんで泣いてんだ、お前」
「今、そのマイさんが、死んだって実感が湧いて……」
身体が簀巻きにされているので、頬を流れていく涙を拭うこともできない。
涙が流れる鬱陶しさ、頬と腹の痛み、そんなことよりもマイさんがいなくなったという喪失感の方が何倍も辛かった。
「そうか」
そんなオレの想いを、何の感情もないひと言で切り捨てた男は全く声色を変えずに次の質問を口にする。
「
写真の中のマイさんを指さして、男はオレにそう言った。言いやがった。
「おい……」
「?」
「テメェよォ――マイさんをモノみたいに言うんじゃねぇよ!」
オレは男を睨めつけて叫んだ。
許せなかった。
これ、だと? そんな言葉でマイさんが表わされたことが許せなかった。ここでこの言葉をぶつけられなかったら、指が折られるよりも大切なものが折れるような気がしたから。オレはそれを見過ごすことはできなかった。
「……」
男は黙ってオレを見下している。
その眼にオレは目一杯ガンを付けた。オレはこの状況をどうすることもできない。だけど、目だけは逸らしたくない。
「泣いたり、キレたり、忙しい奴だな」
そう言って、男はコートの内側からナイフを取り出して一歩、オレへと歩み寄った。そうしてオレを拘束していたロープを切って踵を返す。
「意味が分からねーんだけど、どうして突然オレを解放したんだよ」
「お前が警備長殿を殺してないってことが分かったからだ、クソガキ」
「警備長?」
オレは立ち上がって男の言葉をそのまま返した。
男はコートのポケットから飴玉を取り出して口へ放り投げると、ゴリゴリとそれを噛み砕く。
「不治坂舞警備長、オレの上司だ。まぁ、今は元か。それはどうでもいいが――怒りは静まったのか?」
「んなわけねぇーだろ」
「それにしては随分と冷静だな。俺は拘束を解いた途端殴りかかってくるもんだと思ったぞ」
「お前を殴っても別にマイさんが帰って来るわけでもねぇし……ムカつく奴だけど、マイさんの部下なんだろ? なら、オレよりマイさんと長く付き合ってるんだ、オレには分からない何かがあると思ったんだよ」
男は肩を竦めた。
それがどういう意味かはまるで分からない。
「そうか。警備長殿は死んだ。俺は必要な情報を入手した。お前はもう、俺たちと関わることはない。ここまで連れ出した詫びだ、送ってやるよ。行くぞ」
「……」
足早に扉を目指す男。
だけどオレはその背中を追う気分にはなれなかった。一つ、確認しなければならないことがある。
「マイさんが使ってた刀と仮面、どこにあるんだ?」
「俺が回収した。当然だ」
「……オレにそれを使わせてくれ」
「はぁ?」
男が振り返ってオレを見た。
多分に漏れる苛立ちを微塵も隠そうとせず、男は舌打ちを響かせた。
「あれは元々俺たちの会社に帰属するもんだ。お前に使わせる義理がどこにある」
「ない」
「言い切ったな? その返事で俺が“はい、そうですか”と渡すと思ってるのか?」
オレは首を横に振った。
そう思うほどオレの頭はお花畑じゃない。
でも。
「オレにはそれがどうしても必要なんだよ!」
「形見としてか?」
「それも、ある。けど、それ以上にオレはやらなくちゃいけないことがあるんだ!」
「ねぇだろ。お前みたいなガキに」
「ある! マイさんはオレに代わりに町を守って欲しいって言い残したんだ!」
「……」
男は二個目の飴玉を食べ、噛み砕いた。
一歩、二歩、三歩。
男はオレへと近づいて。
「この男、お前が殺したって話だが」
「ああ」
「町を守るために殺したのか? 警備長殿を殺された復讐ではなく?」
「……それは」
オレは考える。
どっちだ? 分からない。あの男を放置すれば、町を守れない。そう思ったことは多分事実だ。でも、斬った理由にマイさんの仇討ちが含まれていないというのも嘘になりそうだった。
「分から、ない……」
「お前、アニメは見るか?」
「え?」
「良いから答えろ、どっちだ」
「……いや、見ねぇけど」
「まぁ、どうでもいい。お前は明日アニメが見たいから、誰かを殺すことができるか?」
「は?」
男の質問の意味がまるで理解できなかった。
アニメの為に人を殺す? その問いかけとオレたちの話、何の関係性があるんだ。
そんなオレの疑問に男は気怠げに答え始める。
「一緒なんだよ。命を奪う理由に貴賤なんてない。警備長殿が殺されたから、なんていう一過性の理由じゃなく、お前が本当に“町を守るために”慢性的に誰かを殺し続ける覚悟があるなら――」
男は両ポケットに手を突っ込んだ。
「刀と仮面を渡して、お前のごっこ遊びに付き合ってやる。で、どっちなんだ?」
「オレは――」
オレは。
「マイさんがくれた理由を、手放す“理由”がない」
「そう、か」
首を一度縦に動かして、男はオレに背を向けた。
「着いて来い。刀と仮面を渡して最初の仕事もサービスでくれてやる」
「仕事?」
「そうだ。別にお前をウチで雇うわけじゃねぇ。最低限の試験だ」
そう言って扉を押し開けて、男は階段を登っていった。
今度こそ待たないという意思を感じる。オレは置いて行かれないように駆け足で男の後を追う。
鉄の扉が閉まる、甲高く重い音がオレの背に残った。
◆
「ここにいるであろう魔物を殺せ」
やって来たのはコンクリートジャングル。オフィスビルが建ち並ぶ大通りだ。丁度、昨日マイさんが戦っていた場所からもほど近い。
車から降りたオレは
「魔物って何だよ」
「自分で調べろ、そこまで面倒を見る義理はない。じゃあな」
「おい、放置かよ! 試験じゃねぇーのかこれ!」
「試験だが、俺は関与しない。お前が野垂れ死のうが、逃げ帰ろうが、魔物に勝とうが、結末はどうせ同じだ」
「どういうことだよ」
「それを知る意味もない」
「……」
「ああ、最後に。どうあれ、覚悟はしろ」
「覚悟? 何の」
「さぁな」
最後まで何の情報も落とさず、黒福は車を走らせて去って言ってしまった。
「何だよアイツ……思わせぶりなことばっか言いやがって」
オレはそれが気に入らなかった。
けど刀と仮面は帰って来たし、ここに魔物?(多分昨日マイさんと戦っていた異形のことだ)がいるのも事実。あんな凶暴な奴を放置するのは町を守るという使命に反してしまう。
だから、どうあれオレはその魔物とやらを見つけて倒さないと行けなかった。
「つっても……」
オレは視線を右往左往させる。
「どうやって探すんだよ!」
無理だ。
こんな人が多い場所で姿も形も分からない、というかどういうものかも分からないものを探せるわけがない。
時刻は既に昼下がり。
今日が日曜だということもあってオフィス街の人気はまばら。ぽつぽつと休日にも働かされているちょっと可哀想な人々がいるくらい。
何か分かりやすい目印でもあったらいいんだが、そんな都合のいい話は……。
「ん?」
そんな、都合のいい話は……。
「なんだあれ」
あった。
そんな都合のいい話が、あった。ぽつぽつと見える人たちの中に、少しだけ異様な人が混じっていた。
なんというか、あの男が操っていた黒いエネルギーのようなものが集まっている人。姿勢が悪くて、地面を向いて、ぶつぶつと何かを言っている明らかにおかしい人が一人だけいた。
その人が、路地裏の闇に吸い込まれるように消えていくのだから気になった。
オレはその後を追って路地裏へ踏み込む。
コンクリートとコンクリートに挟まれた狭苦しい道を真っ直ぐ進む。そこで見えるのは地面に倒れ込んだ男性の姿。
蛍の光みたいな黒い光がどんどんと男に集っていた。
一目見て普通ではないと感じたオレは男に駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
そう言って男の身体に触れようとした刹那。
「そこ、止まれ」
丁度、オレの背中から女性の声が聞こえた。
だけど今は倒れている男性の方が先。オレはその声を無視して男に駆け寄り、様子を見た。息がかなり荒い。
明らかにこの黒い何かが悪さをしているようだけど――。
「止まれって言ったのが聞こえてないわけ? ほんと病むわ。その男から離れなさい」
「……」
「聞こえなかった? はーなーれーろーって言ってんの」
オレは無視して、男を助ける方法を思案した。
どんどんと男に集まる黒はその量を増している。このままでは、何かよくない事が起きてしまう。
「はぁ。警告はしたわよね、アタシ。クレームは言わないでね? フラッシュ――」
女がそう言った途端。
今まで全く感じなかったプレッシャーを女の方向から感じた。これはマズイと直感的に理解したオレは男性を庇うように隣に立ち、鞘袋に入った刀を急いで引き抜いた。
「オーバー!」
女がそう叫べば、視界が一気に焔に染まった。
「炎!?」
一瞬、脳裏をちらつくトラウマ。
でも、そんなこと気にしちゃホントに死ぬ。オレは怯まずに一気に刀を振り上げる。どうしてか、斬れる気がしたから。
オレの直感通り、刀の軌道に沿って炎は真っ二つに裂かれた。
断たれた炎はオレと男の身体を焼くことはなく、上へ左右へと流れていく。肌に伝わる熱気が、この炎が白昼夢ではなく本物の火炎なのだと主張していた。
「善良な市民のオレたちに炎を向けるってことはよォ……」
刀を翻してオレは切っ先を女へと向けた。
長い長い真っ赤な髪に、眩いほどの派手な衣装を身に纏った女。自分の一撃が防がれたのが意外だったのか、驚愕の表情を浮かべていた。
「テメェがその魔物ってことでいいんだなァ!」
「な、な、何なのよ、お前……」
オレの初めての“仕事”とやらが、今始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます