太陽の手
心ない風は木立の葉を揺らし、一枚の枯れ葉が飛鳥の頬を軽く掠める。どこに続くかもわからぬ道。木と木の間から見える黒い空。
いったいどこへ向かうのか。両足は薄気味わるいほど一定の歩幅で緩やかな斜面を登っていく。やがて自分とこの場の境界が分からなくなるような体感に蝕まれ、気が遠くなりそうになった。
自分が小さくなるような、消えそうな、言葉に現せれない絶望と混乱の渦。
「もうだめだ」と思ったその時、温かい太陽のような白い手が瞼の中で見えた。その手は飛鳥の顔を中から覆い、眩い光となって意識は心地よいぬくもりとともに遠のいていった。
けたたましいアラームの音が枕元から聞こえ、飛鳥はいつもの如く類い稀な反射で瞬時に止めた。
横向きになり目を薄く開け、ゆっくりと思考を巡らせていく。じょじょに昨夜みた夢のことが頭の中で思い浮かびあがってきた。
「あれは、ただの夢じゃない」
自分しかいない部屋で小さく呟くように飛鳥は言った。
現実的な光景、感触、冷たさ、そして温もり。今まで何度か現実と夢か判別できないほどの鮮明な夢を見たことはあったが、これほどなまでの夢は珍しかった。いったいあれはなんだったのか。
制服に着替え、一階にある食卓へと向かうと飛鳥の父が菜箸を持ったまま誰かと電話をしている。父の声からして何やら深刻そうな気配がした。
「ええ。わかりました。娘にも伝えておきます……いえ、とんでもない」
なぜか昨夜みた夢のことが頭に過ぎった。額の中心があつくなるように疼く。
受話器を置く飛鳥の父を見て飛鳥はすぐさま言った。
「お父さん、誰からだったの」
眉間を寄せあい不安な表情の父が、妙な間をあけて言った。
「飛鳥、夏帆ちゃんとは昨日あったんだよな?」
夏帆という言葉を聞いた瞬間、身が震えるような感覚が這い回る。
「うん。昨日学校休んでたから……お見舞いにいったよ。いったいどうしたの」
また間をあけて父が言った。
「夏帆ちゃん、いなくなったらしい」
飛鳥の思考がとまる。しかし、それは一瞬で次の言葉をだす。
「いつ。どうして」
「詳しくはわからないんだが、おそらく深夜か明け方だと言っていた」
自分のせいだ、その言葉が頭の中を反響させる。夏帆なのに夏帆ではない。確かな違和感を感じていたにもかかわらず、どうして自分はあのまま帰ってしまったのだろうか。
自責の念が重く背中にのし掛かる。
「心当たりがあるのか?」
飛鳥は何も言わず、子どもが叱られたように頷いた。
「そうか。食べる元気はないだろうが少しでも朝ご飯は食べたほうがいい。とくべつ今日は体力を使うだろうからな」
父のおだやかな声、何もいわずともやはり自分のことを分かってくれていた。
「やはり母さんと似ている」
父がそう優しく呟いた。
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