第8話 亡国の王子には同志がいた
「忙しいだろうに、わざわざ挨拶に来てくれて嬉しいよ。婚約も、上手く話がまとまったみたいで何よりだ」
突然の退職を謝罪しに来たヘレナだったが、館長のハインリヒを始め職員たちから生温い視線を送られ、不思議な感覚に陥る。
ヘレナの隣には、あの裁定者が立っているのだ。だと言うのに、ハインリヒたちの態度はほぼいつもと変わらない。
いや、むしろ。
「ヘレナが謝る必要なんてないよ。むしろ突然陛下に呼び出されて、例の話を聞かされたんだろ。驚いたよな」
「そうそう。急に裁定者の『つがい』なんて言われてもね。心の準備も何もないわよね」
「獣人でもないのに番とはなぁ。本当、上手い理由を思いついたもんだ」
「・・・」
ええと。
何だろう、皆のこの緊張感の無さ。そしてこの、遠慮のない感じ?
このお気楽な空気を、どう解釈すれば良いのだろうか。
皆が言うところの、番という「上手い理由を思いついた」裁定者が目の前にいるのだ。
にも関わらずの軽い言いように、ヘレナは驚きを隠せない。
「まあ、番なんてワードを出せば、すんなり婚約できて当然ですよね。良かったですね、ユスターシュさま」
「はは、理屈抜きに黙らせるのに打ってつけの言葉だったのは確かだな」
「・・・お前たちは、素直におめでとうのひと言も言えないのか?」
「ええ? 言ってるつもりですけど?」
ハインリヒたちは、ユスターシュに一応、敬語を使っている。なるほど、ならば不敬罪には当たらない・・・って、そんな訳がない。
しかし当のユスターシュを見れば、全くもって怒る気配はないのだ。
となると、きっと皆は既によく知っている仲で、この気安さは彼らの絆の強さを表しているのだろう。
例えるならそう、何かの目的のもとに集った同志の様な。
・・・そうか、同志と言えば。
ヘレナは、先ほどの想像を思い出す。
そう、あれだ。亡国の王子ユスターシュ。
実は彼は、一人で暗殺者の攻撃から逃げていた訳ではなかった。
彼を助ける同志が存在したのだ。
その同志とは、滅びた故国の元家臣であるハインリヒ、アルフェン、ローウェル、そしてマノア。
ハインリヒはナイフをお手玉の様にくるくる回す凄腕のナイフ使いで、アルフェンは弓で鴨を射って夕食のおかずに提供したりする。
ローウェルの剣さばきは野菜を切る際にも重宝し、マノアの家事スキルは過酷な野宿生活をあっという間に快適空間に変えてしまう。
そんな5人の同志たちは、山で薪を拾う時も、川で洗濯をする時も、常に苦楽を共にして・・・
「ぶふっ」
・・・え?
「ユスターシュさま?」
ユスターシュが口元を押さえ、肩を震わす。
なんとなく、先ほども見たような気がする光景だ。
「ユスターシュさま? どうされました?」
「いや、別に大したことでは・・・ええと、その、これから始まる君との生活はさぞ楽しいものだろうなと思ったら、嬉しくなってしまってね。それでつい笑いが込み上げてしまって」
「まあ、そうだったんですか。そんな風に言って頂けて、私も嬉しいです」
「おいヘレナ、流石に簡単に誤魔化されすぎだろ」
ユスターシュの言葉を喜ぶヘレナに、後ろから水を挿すのはローウェルだ。
それにヘレナが反応する前に、ユスターシュはわざとらしく咳払いをして、そろそろ時間だと告げる。
宰相たちと、布れの使者たちからの報告を聞くのだ。
「分かりました」
立ち上がったヘレナは、ああそうだと思い出す。
「今日はジュストさまにはご挨拶が出来ませんでしたので、ハインリヒさまたちから、お世話になりましたとお伝え頂けますか?」
「ジュスト?」
「はい」
何故か、図書館職員の皆が驚いたような顔をする。
「・・・ユスターシュさま? まさか、まだ話してなかったんですか?」
ハインリヒは、呆れ顔でユスターシュを睨んだ。
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