第7話 聞こえてる 聞こえてない
「やあ、ヘレナ。よく来たね」
迎えに来た馬車に乗って王城に到着すると、馬車降り場までユスターシュが出迎えに来ていた。
太陽がちょうどユスターシュの背後の位置にあるせいか、後光がさして見える。
こんな神々しい人が自分の番だとか、本当に冗談かドッキリか、あるいはやらせではないだろうか。
貧乏子爵令嬢の番、なんて言われてもピンと来ない。むしろ王族の陰謀に巻き込まれて、命からがら逃亡した亡国の王子という設定の方がぴったりだと思う。
そう、そして。
逃亡したユスターシュを追って、暗殺者の魔の手が迫るのだ。
けれど、見た目だけではなく身体能力も完璧なユスターシュは、暗殺者たちを華麗に返り討ちにして、遂に念願を叶える。
祖国を復興して王になるのだ。
凱旋するユスターシュ王が進む道の上に、ぼろ服を着た村娘のヘレナがいた。
彼女は籠に集めておいた花びらを撒き、喜びの歌を歌い、踊る。らるらりら~と声高く。
「・・・ぷっ」
・・・あれ?
「ユスターシュさま?」
「ああ、ごめん。なんでもない」
「そう、ですか?」
心なしか、肩がふるふると震えているような。
ユスターシュはひとつ咳払いをすると、姿勢を正してヘレナに向き直る。
「ええと、先に王城の方に来てもらうことになってごめんね。私たち二人の家になるのだから、やっぱり最初の日は二人で一緒に入りたくて」
「い、いえそんな」
なんということだ。そういう理由で王城の方に向かってたのか。
それではまるで、新婚さんではないか。
「ふふ、番の私たちは、もう新婚みたいなものだからね。ヘレナの荷物はそれだけ?」
左手に一つだけ持っている鞄に目を向け、ユスターシュが尋ねた。
「はい。本当に持って行きたい大切なものだけ詰めて来ました」
「そうか」
当然のようにヘレナが持っていた鞄を手に取ると、ユスターシュはこっち、と城の一画を指さした。
「あと一時間くらいで布れに出した使者たちが戻って来る。宰相たちと共にその時の報告を聞いたら、帰って良い事になっているから」
「分かりました」
「それまでお茶でも飲むかい? 良かったら用意させるけど」
「ええと、そうですね」
問われ、行っておきたい場所があったことを思い出す。
「ユスターシュさま。あの、私、実は昨日まで王城で働いていたのですが」
「ああ、王立図書館だろう? 知ってるよ」
「今日からユスターシュさまのお屋敷で暮らすので、昨日付けで辞めることになったんです。でもあの、やはり自分で職員の皆さまにきちんと挨拶をしておきたくて。
宰相さまから連絡は既にして下さったとは聞いているのですが」
我が家を経済的に支える為に、2年半の間、大変お世話になった場所である。
事情が事情なだけに、急に辞めることになっても理解はしてくれているだろう。だが、親切にしてもらったお礼は自分の口で言いたい。
「じゃあ今行こうか。私も付き合うから」
「え、よろしいのですか?」
「もちろん」
さり気なくヘレナの手を取ると、ユスターシュはエスコートをし始める。
「ユスターシュさまのご予定があったのでは」
「いや、今日は大した用事はないよ。昨日まではちょっと忙しかったけど」
そう言って優しくヘレナに微笑みかける。
「・・・それに、ヘレナだけで行かせると、あいつらが何言うか分からないしね」
ぽそり。
ユスターシュの口からこぼれた小さな小さな呟き。
もちろんヘレナの耳には届いていない。
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