第2話 新人司書ヘレナ


ヘレナ・レウエルが王立図書館の司書になったのは約2年半前。



ヘレナの父オーウェンは子爵位を持つ真面目な男で、小さな商会を経営していた。そこそこ収入はあるが、病気がちの妻の医療費で生活は苦しい。



ヘレナは長女、そして下にはまだ幼い弟が二人。


そんなヘレナが学園卒業時に下した決断は、就職だった。


幸い直ぐに仕事は見つかり、王立図書館に司書として働くことが決まる。

無類の本好きだったので、その就職先には大喜びした。



ヘレナは明るい茶色の髪に、同じく明るい緑色の瞳。美女ではないが、可愛くない訳でもない。派手すぎず地味すぎず、極めて普通の令嬢である。



図書館長は穏やかな笑顔がデフォルトのハインリヒ、先輩司書はアルフェンとローウェル、そしてマノアの3人。

後は不定期に臨時職員が複数入る感じだ。


蔵書が膨大な割に人手が少なかった王立図書館、そこに久々に入った正規職員である。

やる気まんまんで働き者のヘレナは歓迎された。



来館者への対応や、本の整理と本棚の管理、図書の貸し出しと返却された本のチェック、もし損傷があれば多少の修復は職員たちで行う。

貸し出しが許されていない希少本や禁書などが保管されている特別保管室は清掃も司書たちが担当だ。



どういう理由か、ここは新しい職員が入っても長く続かず、他部署に移動となることが多い。


ヘレナが2年半もここで働いているのは珍しいことらしく、たまに他所で驚かれたりする。

そんな感じで図書館は万年人手不足なため、不定期ではあるが決まったへルプスタッフが入ることになっていた。



勤務し始めて一週間後に、ヘレナはそのスタッフと顔を合わせた。


穏やかな物腰の若い男性。

ランバルディア王国では最も一般的な茶色の髪、長く伸びた前髪と眼鏡で隠れていて見えにくいが、時折り覗く瞳は恐らく銀色。


銀色の眼は珍しい色ではあるが、高位貴族でそれを持つ者はいないこともない。


銀目に銀髪が揃うと王族特有の色になるが、それぞれ銀髪のみ、銀目のみとなると、王家の血が流れる貴族の家ではそれほど珍しくもなくなる。


とにかく、その男性の身分が低くないということは確かだ。



その彼はヘレナに、ジュストと名乗った。



不定期だけあって、ジュストは突然に来ることが多かった。と言っても、ヘレナにとって突然なだけで、ハインリヒたちはスケジュールを把握しているらしく、当たり前のように出迎えていた。



ヘルプとはいえ、正規職員であるヘレナよりも業務を把握しているからだろう、ジュストはよく奥の館長室で他の職員たち、特にハインリヒと籠ることが多かった。



最初は挨拶を交わしてそれきりだった。会話をする機会もほとんどなかったと思う。


だが1年も経てば、月に一度程度だったジュストのヘルプが、週一くらいには増えていた。


2年目になると、週に二、三日は顔を出すようになる。何か他に仕事があるのか、急に来られなくなることもよくあるのだが。



そして最近は、丸一日とは行かないが、ほぼ毎日のように顔だけは出すようになっていた。彼を出迎えるハインリヒたちの表情も、どこか柔らかい。それでもやはり来ない時はぱったりと来なくなる。今がちょうどその時だった。



「ヘレナ。ほら、ここの全部、新しく入った本だよ」


「前に君が話してた本も入ってるぞ」


「いつもの通り、チェックよろしくね」



ヘレナは自分の給与は全額家計に当てていたので、働いていても自由になるお金はない。


だから、本が好きでも買うお金がないヘレナのために、ハインリヒたちは落丁チェックの名目で本を読ませてくれるのだ。


王城にある職員用の食堂に連れて行って、昼食をご馳走になることもあった。


皆、親切で、文句なしの良い職場だった。

一生ここで働くことになっても良いと思えるほどの。

正直、ヘレナは貴族令嬢としての義務など考えずにそう出来ればどんなに良いかと思わずにはいられなかった。



けれど、人生そうそう楽しい事ばかりではない。そろそろ、もう少ししたら辞めなければならない事情があった。

彼らにもその事を話さなくてはならない。いつにしようか、明日いや明後日、とずるずる伸ばしていた時、呼び出しがあったのだ。


国王陛下の座す、玉座の間に。



「・・・はい?」



ヘレナは目を丸くした。



ギョウザノマ?



いやいや。


王城にそんな美味しそうな部屋はない・・・筈。



え、ないよね?



と、いうことは・・・あら?





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