第3話 私がつがい、ですか?


「・・・つがい? 私が、ですか?」



国王陛下の前だと言うのに、ヘレナはぽかんと口を開けたまま、数秒固まった。



突然に登城を命じられ、慌てて駆けつけたヘレナの父、オーウェン・レウエル子爵もまた、頭を上げかけた微妙な角度で動きが止まっている。



番。


それは獣人にとっての運命の相手、生涯の伴侶を指す言葉だ。

その存在は絶対とされ、もし番が現れた場合、たとえ当人同士に既に別の配偶者がいたとしても番が優先されるとかなんとか。



・・・と、書いてあったような。



ヘレナは、書物から得た知識を頭の中で反芻する。


そう。


反芻はした、確かにしてみたのだが。



獣人でもないのに、なぜ番などという話が出てきたのかが分からないのだ。



裁定者であるユスターシュも獣人ではない筈。何故なら、裁定者なる存在は代々王家から誕生する。王家に獣人の血が入っているなど聞いたことがない。


かと言って、国王陛下の言葉に異を唱える訳にもいかない。傍に立つ宰相もにこやかに頷いているので同様だ。



ヘレナの番だとされるユスターシュは、父オーウェンを挟んだ同じ並びに立っていた。その為どんな顔でここに居るのか窺うことも出来ない。



こんな平凡な容姿の娘が番だと言われて心の中で大泣きしていたらどうしようと、ヘレナはふと心配になった。


容姿が平凡なのは自覚しているが、だとしても自覚しているのと自覚させられるのとでは雲泥の差がある。

がっかりされたら地味にショックなのだ。



ーーー ああ、なんてことだ! 私の番がこんなふかしたまんじゅうのような令嬢だったとは!



ヘレナの容姿に絶望して膝からくず折れるユスターシュの姿が容易に想像できてしまう。妙にリアルな絵に、ヘレナは勝手に自爆しかけた。




「・・・どうやら、これまでの裁定者に配偶者がいなかったのは、番と出会えなかったことが原因と考えてな」



そんなヘレナの心中など知る由もない国王は、ヘレナたちに淡々と言葉を続ける。



ヘレナにとっては、自分に番がいるという事自体が疑問なのだが、そこはどうしても説明してくれないらしい。仕方ないから、悲しい想像を切り上げ、耳を傾ける事にした。



「今代の裁定者であるユスターシュの番がこうして見つかったのは実に僥倖、これは歴史的な婚姻となるだろう。早々に周知し、結婚式を挙げる手筈を整えよ」


「け、けっこ」



ヘレナは目を見開いただけだったが、オーウェンがぽろりとひと言こぼし、慌てて手を口に当てた。

貧乏子爵家の令嬢が、なんと王族との結婚である。



「どうした。何か問題が?」



オーウェンは口に手を当てたまま、首を横に振る。


無理やり同意した訳ではない、問題はないのだ。むしろ、何もなかった時の方が問題だった。


だって、もし何事もなければヘレナは半年後には嫁ぐことが決まりかけていたのだ、心の底から苦手な男のもとに。



いや、今代の裁定者なるユスターシュがどんな人物なのかヘレナはまだ知らない。相性以前に、そもそも身分違いも甚だしいと、そう思うのだけれど。



・・・ロクタンみたいに頓珍漢な性格はしてないと思うわ。だって裁定者でいらっしゃるんだもの。きっと話は通じる筈。



ヘレナはぎゅっと両手を握った。



だとしたら、時間をかければいつかは分かり合える。身分や価値観の違いも、育ちの差も、話し合いを重ねればどこかで折り合う事だってきっと出来る。たとえ時間がかかっても。


言葉が通じるなら大丈夫、何とかなる。


楽天的すぎるかもしれないとは思いつつ、けれどそれでも安堵が勝った。



ロクタンとのことは、図書館の皆にも言わなければと思いながらもなかなか報告出来ずにいた気の進まない縁談だった。ヘレナにとっては人生の終わりにすら思えたもの。


それを避けられるという事実がまず、ヘレナにとっては大きかった。本当に、本当に、ヘレナはロクタンが苦手なのだ。いや、彼は極悪人では決してないのだけれど。とにかくヘレナとは相性が悪い。



・・・ああでも、私が裁定者の番だなんて。



そんなことあり得るのだろうか。



番の実感はまだ湧かない。けれど、もし本当なら、きっと結婚しても嫌な気持ちにはならないだろうとそう思う。



なにせ番とは、運命の相手なのだから。



実はまだ、肝心の番の顔を見てもいないヘレナだが、そんな淡い期待を胸に抱いた。




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