第13話「お金で揉めるアレス」
~~~アレス視点~~~
アレスたちは揉めていた。
ゲヴィンらポーターふたりへの支払いがあまりに多過ぎるというのが発端だ。
「どういうことですかアレスさん? ひとりにつき金貨三枚ずつだなんて、ちょっと法外な値段じゃないですか?」
まず最初に口火を切ったのは僧侶のハーマンだ。
僧侶のくせに
「最初から最後まで、本気で荷運びしかしてないんですよ? 料理もせず、索敵も戦術立案もせず。荷物だって今日はそれほど無いはずだ。にもかかわらず金貨三枚ずつ計六枚だなんて納得いかない」
断固として値下げ交渉をするべきだと主張するハーマン。
ちなみに金貨三枚というのは、成人男性ひとりがひと月過ごすのに問題ないぐらいの価値だ。
「ううむ……」
アレスは唸った。
たしかにポーター協会から借りたふたりの給料は高い。
だがそれは、このふたりだから特別ということではないのだ。
ポーターの料金形態は重量と危険に応じて変わる。
荷物が重ければ高くなり、危険が多ければまた高くなる。
『金睡蓮』のメンバーの荷物がそもそも重く、A級相当の冒険における危険度も高いため、総合的な値段が上がるのだ。
これがもしロッカだったならば、ハーマンの言ったようなタスクをすべてこなした上で銀貨の四、五枚も与えておけば満足させられていただろう。
だがここにロッカはいないし、そのロッカをクビにしたのは自分だ。
最終的な責任が自分にかかることを恐れたアレスは、ポーターにあたることにした。
あわよくば値下げ出来ないかと思いながら。
「たしかにハーマンの言うとおりだな。なあおまえら、もう少し安くならんのか?」
「はあ?」
アレスの値段交渉に、ゲヴィンたちは露骨に不満そうな顔をした。
「だってそうだろう。今回のクエストでおまえらのした仕事はなんだ? ただ荷物を持ってついて来ただけ。にもかかわらず金貨三枚はないだろう。せいぜい銀貨が数枚というところじゃないか?」
「なぁに言ってんだおまえ? 値段については事前に取り決めておいただろうが。重量と危険度の問題だ」
「だが……」
「そもそもなんなんだこの荷物は? 明らかに必要のないものまでガチャガチャガチャガチャ詰め込みやがって。香水と化粧道具のセット? レポート作成用の聖書を分書まで含めて五冊? 筋トレ用のダンベルセット? 冒険に出るんだよなあ? お家でのんびり休日を過ごすわけじゃないんだよなあ? にもかかわらず、なんでこんな荷物が必要なんだ?」
「それは……」
香水と化粧道具はレベッカの、聖書五冊はハーマンの、ダンベルセットはニニギの荷物だ。
「武器も多すぎるだろ。グレートソードにロングスピアにハルバード? 武器屋でも開こうってのか? 本気で頭おかしいだろ」
武器に関してはすべてアレスのものだ。
敵に応じて使い分けて戦うのが彼の楽しみなのだが、自分で持てる量には限りがある。
その点ロッカは文句も言わず、アレスが望めば即座にその武器を投げて渡してくれたのだが……。
「そこの僧侶が抜かしてた料理に索敵に戦術立案ってのもおかしいよなあ? 食い物に関しては自己責任、索敵や戦術立案に至っては完全に冒険者の仕事だ。おまえらが以前に雇ってたそいつがやっていようがいまいが、俺らの知ったこっちゃねえんだよ」
万事につけ高圧的な『金水蓮』の態度に不満が溜まっていたのだろう。
ここぞとばかりにゲヴィンは怒りを爆発させた。
「それでも文句があるってんならポーター協会に直接文句をつけやがれってんだ。もちろんそんなの聞くわけねえがなあ? 面倒な客なんざこっちから願い下げだって出禁にされるのがオチだがなあ?」
それでもいいなら勝手にしやがれと吐き捨てるゲヴィン。
そこまで言われると、アレスとしてもどうしようもなかった。
ポーター協会に苦情を訴えても無駄、出禁にされる可能性まであるというでのは手の打ちようがない。
「アレス、アレス。これってちょっとヤバいかも……?」
ちょいちょいとばかりにレベッカが肘を引いてきた。
なんだと思って振り返ると、いつの間にか周囲に分厚い人だかりが出来ていた。
A級冒険者パーティーとポーターが料金交渉で揉めているというのが面白いらしく、にやにや笑いながら見物している。
──おいおい、あれって『金水蓮』だろ?
──A級冒険者パーティーが値段交渉かよ。しかも言い負かされてんの、無様だなあおい。
──俺、あいつらと狩り場で一緒になったことがあるんだけどさ、すげえ態度デカかったぜ。いかにも俺様冒険者様って感じでさ。
──わかるわかる。感じ悪いのが顔に出てるもんなあー。
ひそひそと囁き交わされる噂話に居心地の悪さを感じたアレスは、慌てて笑顔を作った。
「やあー、ゲヴィンくん。君らの働きぶりは素晴らしかったよー。重い荷物も苦も無く運んでくれて、俺たちの危険極まりない冒険に果敢について来てくれて。まさにポーターのお手本というような働きぶりだった」
今までのやり取りがウソだったかのように友好的な雰囲気を作ると、ゲヴィンの肩を親し気に叩いた。
「はあ? なんだおまえ急に……」
「ポーター協会のほうにもよく言っておくからな。君たちは素晴らしかったと。貸してくれてありがたいと。さあほら、今日はこれで一杯、美味い酒でも飲んでくれ」
急に態度の変わったアレスを不審そうににらみつけていたゲヴィンだったが、アレスがおまけで握らせた銀貨を見ると途端に
「おお、そうか? いやあー、わかってくれりゃあいいんだよわかってくれりゃあ。なんだかんだでおまえらとはいい仕事が出来た。そんじゃあまた機会があったら呼んでくれよな」
じゃあなとばかりに片手を挙げると、もうひとりのポーターと共に機嫌よく繁華街の方へ向かって行く。
これから酒食を楽しみ、女でも買うのだろうが……。
「……ふん、二度と雇うか」
ゲヴィンらが去り人垣が無くなってから、アレスは憎々し気に吐き捨てた。
「大して働きもせずに金だけむしり取りやがって。次はもっとマシなのを雇ってやる。なあ、おまえら?」
同意を求め仲間たちの方を振り返ったが、皆は複雑な顔をしている。
アレスがゲヴィンに言い負かされたこと、金貨三枚に加えて銀貨まで与えてしまったことを不満に思っているようだ。
「なんだよおまえらそんな顔して。俺に何か不満があるなら言ってみろよ。言っておくが、このパーティーのリーダーは俺で、俺がいなけりゃおまえらは……」
いつもは反論すらしてこない連中があからさまに不満そうにしていることが気にくわない。
アレスは顔を真っ赤にして口を開き、さらに言葉を重ねようとしたが……。
「ん? あれ? おまえ……ロッカか?」
彼らの脇をすり抜けてこっそり街へ入ろうとしているロッカの姿を見つけたアレスは、ニヤリと笑った。
(どうせクビになってからろくな仕事はしてないんだろ? 他のパーティーにも入れてもらえず、ひとりシコシコ薬草でも採ってたんだろ?)
一時的にとはいえ失われた面目を取り戻す良い機会だと考えたアレスは、あえてロッカに話しかけた。
「よおー、ロッカじゃないか。その後どうよ? 元気でやってるか? 困ってることでもあったらなんでも言ってくれよ? 道を違えたとはいえ、俺たちは元仲間なんだからなあーっ」
今までに見せたことのないような親し気な調子で、気さくに。
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