第10話「まさかのスキル酔い?」

 特定の魔物を集中して狩り、その身を食べて狙ったスキルを手に入れる。

 クラリスさんの提案は、驚くほど上手くいった。


 一角ウサギを狩りまくって『跳躍ジャンプ』と『鋭さ上昇シャープネス』を、ヘラヘラ鳥を狩って『はばたきフラップ』を。

 十レベルに到達する頃にはなんと三つものスキルを入手することに成功していた。


 効果は順に、普通よりやや高くジャンプ出来るスキル。武器の鋭さをやや上げるスキル。風を起こして小さなものを吹き飛ばすスキルだ。

 ジャンプ力向上は移動時に役立つし、鋭さ向上は単純に攻撃力の底上げに繋がる。


「『はばたき』は羽根が無いせいか微風程度のものしか起こせないけど、ちょっと面白いですよね。練習して威力を上げれば小型の魔物ぐらいは吹き飛ばせたりして?」


「ええ、ええ。ロッカさんが手をぱたぱたさせる姿が可愛いくて最高ですね。思わず抱きしめたくなっちゃいます……ではなくっ。将来性がどんどん広がって、楽しいですね」

 

 クラリスさんは自らの頬をパシンと張ると、言い直した。


「はい、ありがとうございます。ボクも楽しみです。楽しみだけど……なんだろう、ちょっと目まいがするような? 足下もフラついて、船酔いに似た感覚がありますね……」


「あら、怖いですね。急激にスキルを手に入れたせいで体がびっくりしてしまったのでしょうか?」


 ボクの身を襲った症状に、クラリスさんは心配そうに眉根を寄せた。


「かもしれないですね。いうならばスキル酔いのような……? となると、手当たり次第にスキルを手に入れるというのではなく、特定のスキルを狙って手に入れるようにしたほうがいいのかもしれません」

 

 ボクほどの勢いで一般スキルをゲットしている人は他にいないだろう。

 ということは、今まで誰も罹患したことのない病気にかかることだってあり得る。

 それこそ薬や、神聖術でも治せないようなレベルの。

 クラリスさんに迷惑をかけないためにも、その辺の見定めはきちんとするべきだろうな……。

   

「あまり無理せず、しかし有用なスキルか……」


 お父さんに教えてもらった魔物に関する知識を思い出し思い出ししながら目標を考えていると……ピンと閃いた。


「そうだっ。シャドウウルフなんかどうでしょう?」


「シャドウウルフ? 狼さんですか?」


「はい。この辺を縄張りにしてる十二レベル相当の魔物で、強さとしてはそこそこってところですが、かなりレアな魔物なんです」


 シャドウウルフには『影狼かげろう』という隠密系のスキルがあり、なんと人や物の影に溶け込むことが出来る。

 最高レベルの隠密能力があるせいで、強さの割には討伐数が少なく生態系もあまり知られていない。

 

「コアや毛皮、牙なんかは貴重品で、安定して狩ることが出来たらかなりの稼ぎを期待出来ます。スキルも強いですし、狙い目なんじゃないかと」


 クラリスさんがどれだけのお金を持っているかはわからないけど、あの喰いっぷりだとそれなりの稼ぎがないといけないだろう。

 そういった意味で、このレベル帯で狩ることの出来る獲物としてはシャドウウルフはかなり適している。


 しかも『影狼』のスキルがあればボクの隠密能力が上がる。

 高確率で奇襲をかけることが出来、その分攻撃力の上昇が狙える。


「問題はそもそもの個体数が少ないということなんですが……。ちょうどよくいるかな……?」


 ボクは『生命感知』を起動すると、索敵範囲を目いっぱいに広げた。


「広げて広げて……いたっ」


 距離にして、ここから三十分といったところだろうか。

 小高い丘の中腹に一匹いる。


「……嫌なところにいるな。周囲に木が無くて、風の通りも悪くない……」


「それってどういうことです? 狩りづらい位置にいるってことですか?」


 ぶつぶつつぶやいているボクに、クラリスさんが聞いてきた。


「簡単に言うと、接近する獲物が見つけやすくて匂いもかぎやすい位置にいるってことです。特にシャドウウルフは人間の何万倍っていう嗅覚を持ってますから。足も速いし、これは普通に追っても難しいかなあ……?」


「なるほどですね。それは大変な……」


 ボクのつぶやきを聞いていたクラリスさんが、お胸に手を当て唇を噛んだ。

 いかにも心細そうな表情をして立ち尽くしている。


 おっといけない。

 狩りの専門家であるボクが難しい顔をしていたら、素人のクラリスさん不安がるのも当然か。

 これは無神経だった。なんとか上手くフォローしないと。


 そうだなここは……ええとええと……。

 いかにも専門家っぽく、自信満々に?


「大丈夫ですよクラリスさん。いい位置取りをされたらそれで終わりなんてことはないですから」


 ボクはドンとばかりに薄い胸を叩くと、余裕たっぷりにクラリスさんに笑いかけた。


「獲物の心を読んで、こうしたらこっちへ逃げるだろうなっていう方向に追い込むのが狩りなんです。そこさえ上手く出来れば、どんなに警戒心が強い生き物だろうと、どんなに逃げ足の速い生き物だろうと狩ることが出来ます。安心してください」


「まあ……っ」


 クラリスさんは頬をピンクに染めると、口元を手で押さえ。


「自信満々なロッカさんも素敵です。わたし思わずキュンときちゃいました……ではなくっ」


 自らの頬を張って言い直した。


「専門家のロッカさんがそうおっしゃるなら大丈夫ですね。わたし、安心しました」


「はい。こうゆーことに関しては任せてください」


 なぜ頬を張ったのかはわからないけど、クラリスさんが安心したならそれでいいよね。


「では切り替えていきましょう。クラリスさん、これから作戦を指示します」


「はい、なんでも言ってください。わたし、なんでもしますからっ。ロッカさんが望むならたとえどんなに恥ずかしいことだってしてみせますからっ。今すぐここで脱げとかっ、あらぬところに口づけをしろとかっ」


「そ、そんなことはさせないですけどねっ? まったく普通の狩りですけどもっ」 


 変な方向に意気込むクラリスさんに動揺しつつも、ボクはあれこれと指示を出した。

 球体上の地図を使って、どうやって追い込むのかとか、決戦の地はどこかとか。


「まずはここですね。きこりさんが使う杣道そまみちを駆け上がって行ってください。そうすればたぶん向こうはこっちの茂みへ逃げて行きますから。何せ向こうには隠密スキルである『影狼かげろう』がありますし、隠れる影の多い場所を選ぶはず。そこでですね……」


「まあ、なるほどですね」


 ボクの告げた作戦に、クラリスさんは驚いたような顔をした。

 それはすぐに喜びの笑顔に変わった。


「これなら勝てますね。さすがはロッカさんっ」


 息を弾ませ、頬を染め。

 信頼感に満ち満ちた笑顔をボクに向けた。

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