第8話「残さず美味しくいただきました」
石組みのかまどを作り火を起こし、まずはフライパンを置いた。
油を敷いて温めて、入れるのは肉や
食べやすい大きさにスライスしたのに塩を強めに振って炒めていく。
頃合いを見計らってドバっと酒を振りかけると、熱で一気に蒸発し……。
「わあああっ、いい香りですねえ~っ。心が洗われるようです~。これもう、食べられるんですか?」
ジュワアアアとばかりに蒸気を噴き上げる肉を前に、クラリスさんは大興奮。
お胸に手を当て、いやんいやんとばかりに身をくねらせるが……。
「まだですよ~。もっとじっくり火を通さないと、魔物は特に当たりやすいんで、気をつけてくださいね~」
「当たる? 当たるってどういうことです? 食中毒とか?」
きょとんと首を傾げるクラリスさん。
「はい、それのすごい版と言いますか、魔物中毒みたいなのになることがあるんです。昔、近所のおじさんが当たったんですけど、顔色がどす黒くなって、三日三晩寝込んだんですよ。食べたものが食べたものだったんでお医者にも診せられないし、神官さんにも言えないしで、けっきょく自力で治したんですけどね。死ぬかと思ったと本人は言ってました」
この魔物中毒が原因で、『魔物は食べてはならないもの』と決められた可能性もあると、ボクは自説を唱えた。『魔物には毒がある、だから食べてはならないと神が決めたのだ』という理屈だ。
「理由は加熱が足りなかったことなんです。加熱することで魔物中毒は避けられる。なのでボクはそれ以来、調理する時には気をつけてるんです。今回は特に念入りにね、間違ってもクラリスさんに当たって欲しくはないですから」
「ろ、ロッカさんの愛を感じる……っ」
何がそんなに嬉しかったのだろう、感極まったかのようにお胸を押さえるクラリスさん。
「なのでもうちょっと待っててください。その間に他も用意するんで。あ、肉の焼け具合だけ見ておいてくださいね」
焦がし過ぎないよう焼け具合をクラリスさんに見てもらうと、ボクは焼き台の準備にとりかかった。
焼き台といってもそんな大げさなものじゃない。
木の枝を切って組み合わせたものを焚き火の上に置き、切断した四肢に塩を塗り込みハーブをすり込んだものをぶら下げる形で吊るし焼きにする、ただそれだけ。
「これは大きさ的にも火が通りにくいんで時間をかけて……あとは鍋ですかね」
持参した玉ねぎとニンジンじゃがいも。現地で採取したキノコや香草を切って鍋で炒め、肉やモツをたっぷり入れてさらに炒め、水にコンソメ、バターや小麦粉、牛乳などを入れて煮込んでいく。
「ファングボアの焼き肉、吊るし焼きとシチューですね。とはいえ他ふたつが出来るまで時間がかかりますんで、先に焼き肉のほうをいただきましょうか。えっと、主よ……?」
「主よ、今日のお恵みに感謝します。ですよ」
ボクはクラリスさんの真似をして両手を合わせると、ミリア様への祈りの言葉を捧げた。
禁忌を犯しているという事実はともかくとして、生き物を食べるという行為そのものへの感謝を込めて。
「ではまずは……はいクラリスさん。左から順番にバラ肉、モモ肉、ロース肉とモツです。最後の長細いのは牙の根元の肉をこそぎ取ったものですね」
「まあ素敵っ。ありがとうございますロッカさんっ」
肉を皿に取り分けてあげると、クラリスさんはさっそくとばかりにフォークで突き刺し、そのままかぶりついた。
「はっきゅううう~ん♡」
がぶりと噛みしめた瞬間、クラリスさんは例の甘やかな声を出した。
「まあ、なんてことでしょうっ。溢れる肉汁、まろやかな脂身が舌に絡みついて来ますっ。普通の豚や猪ともまた違う迫力、これぞ魔物という存在感を感じますっ。モモ肉もいいですねっ。脂が少なくしっかりした噛み応えのある赤身。野山を駆け回ったことでついた重厚な筋肉を感じますっ。ロース肉もこれまた最高ですねっ。バラ肉とモモ肉のちょうど中間ぐらいのまさにいいとこ取りで、硬さと柔らかさがほどよくて、いくらでも食べていられますっ。モツもいいですね。コリコリした食感が楽しいっ。塩コショウのみのシンプルな味付けがちょうど良くて、食べるたびに幸せな気分になれますっ。でもでも、一番強烈なのは牙の根元のお肉ですねっ。噛んだ瞬間口中に染み渡る特濃の旨味っ。あああああ最高ですうぅぅーっ♡」
瞳の中に星を瞬かせながら、クラリスさんはもりもりむしゃむしゃ食べ進める。
そうこうするうちに、シチューのほうが出来上がった。
ほかほかに湯気が上がったのをひと口啜ると……。
「はわわわわっ、これまた美味しいっ。じんわり暖かいシチューの中に野菜の旨味が溶け出していて、そこに肉の脂と旨味が絡み合ってなんとも言えないハーモニーを奏でていて、スプーンが止まらないですっ。そしてああ、こっちにもモツが入ってるんですね。モツ、やっぱり美味しいっ。狩人だけが食べられる特権っ。素晴らしい、素晴らしいですよロッカさんっ」
よほど美味かったのだろう、クラリスさんは頬を染めながら称賛の言葉を重ねる。
その頃になると吊るし焼きも出来上がっていて……。
「こ、こ、これもすごいですね最高ですねっ。吊るして焼いたことで余分な脂が落ちて、ハーブと塩の配分も絶妙で、味は濃いのに脂っぽくない最上級の肉感が堪能できますっ。噛みしめた瞬間脳にドパッと溢れるこの多幸感っ。これはもう目の前に現出した天国ですよっ。あ・あ・も・う・最高うぅぅぅ~♡」
「あはははは、いくらでもあるんで、どんどん食べてくださいね」
「も・ち・ろ・ん・で・す!」
キラーンとばかりに目を光らせると、クラリスさんは肉を食べまくった。
ボクが焼き、クラリスさんが食べる。
ボクが焼き、クラリスさんが食べる。
ボクが焼き、クラリスさんが食べる。
シチューはすぐに底を着き、吊るし焼きも片っ端から無くなっていく。
山と積み上げられていた肉は、一時間後には綺麗サッパリ無くなっていた。
「あれだけあったのに……ウソでしょ?」
あまりのことに、ボクはあんぐりと口を開けた。
単純計算でファングボア一頭がクラリスさんのお腹の中に消えた計算だ。
いや、ホントにおかしくない? 物理法則曲がってない?
「はあああー、美味しかった。幸せですう~……」
さすがに満足したのだろう、クラリスさんはホウと満足のため息をつきながらお腹をさすった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食器を洗い、食休みをしている時のことだった。
ボクは自身の冒険者の腕輪がチカチカ輝いていることに気が付いた。
「わ、レベルが上がってるっ? 五から六にっ。しかも一般スキルまでっ?」
ファングボアを倒したことでレベルアップしていたらしい。
操作してウインドウを立ち上げると、そこにはステータス変化などの細かな情報が表示されている。
「ええとええと……新スキルは『
「いえいえ、きっとロッカさんの日頃の行いが良かったからですよっ」
「そ、そんなことはないと思いますけど、とにかく嬉しいですっ。レベルが上がったこと自体もひさしぶりだしっ。さらに一般スキルが手に入るだなんてっ」
「……あら? あらあらあら?」
ボクの言葉に、クラリスさんが不思議そうに首を傾げた。
「レベルアップ自体がひさしぶり……? そういえばロッカさんってA級パーティーに所属していたんですよね? なのになんでまだレベル五だったんですか?」
「ああ、それはですね……」
胸を痛めながらも、ボクはこれまで自分が置かれていた状況を説明した。
アレスの勝手な言い分によって、ユニークスキルを覚えるまでは準パーティーメンバー扱いにされていたこと。
ユニークスキルを身につけた後も使えないスキルだと決めつけられて、やっぱり準パーティーメンバー扱いで、パーティーで分配する経験値を分けてもらえなかったことを説明すると、クラリスさんは顔を真っ赤にして怒り出した。
「なんてひどいことを……っ。そんなひどい人たちには今すぐ神罰を与えないとっ」
「ま、待って待って! 大丈夫ですから! そこまでしなくていいですから!」
宿屋でグラン三兄弟に振るった『神罰』を思い出したボクは、慌ててクラリスさんを制止した。
「ううーん、ロッカさんがそこまで言うなら……。でも、次にまた同じようなことがあったら許しませんよ? ロッカさんの名誉を傷つけるようなことがあったら、絶対に」
「はい、はい、それでいいですからっ。とにかく今は止まってくださいっ」
全力の制止で、なんとかクラリスさんの『神罰』は止められた。
その後『また同じようなこと』が起きちゃったりするんだけど、この時のボクはまだ想像すらしていなかったんだ……。
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