第7話「初めての獲物」
翌日、ボクたちはさっそく狩りに出掛けた。
狩り場に選んだのは勝手知ったるエールの森。
ちなみに装備品だけど──
ボクは背中に大きなリュックサックを背負っている。
中には調理器具や食器類、水筒や各種調味料が入っていて、側面には鍋やフライパンなどを吊るしている。
武装は
クラリスさんは修道服と、事前に頼んで買ってもらったリュックサックを背負ってもらっている(ボクのとお揃いがいいと言ったので、まったく同じサイズで同じ柄だ)。中身は水筒だけだけど、これは採取や狩りの成果物を入れるから。
武器が何も無いのは、クラリスさんの場合素手のほうが強いから。
「なんだかロッカさんのほうが荷物が多いような気がするんですけど……」
ボクと自分のそれを比べて申し訳なさそうにするクラリスさん。
「クラリスさんには主に冒険の成果物を運んでもらう予定なんです。最終的にはボクのほうが軽くなるかもなんで、気にしないでください。それにボク、『
と、これは数少ないボクの自慢。
全身の筋力アップが出来る優れものなスキルのおかげで、ボクは見た目の割に力仕事が得意なんだ。
こんなことアレスに言ったらイジメられそうなんで黙ってたけど、クラリスさんになら平気だよね。
「あらまあ、一般スキル持ちなんですか?」
クラリスさんは目を丸くした。
「失礼ですけど、ロッカさんってレベル五ですよね? にもかかわらず、すでにひとつ一般スキルをお持ちで?」
「はい、運が良かったんだと思います」
スキルには三つの種類がある。
ひとつはユニークスキルで、すべての人間が十四歳の誕生日に授かるもの。
もうひとつはジョブごとの専用スキルで、一定レベルに到達するたびに授かるもの。
最後のひとつは一般スキル。すべての人間がレベルアップごとに極超低確率で授かるもの。
あまりにも確率が低いので、五十レベル越えのベテラン冒険者ですらひとつも持っていない人がいるぐらい。
たとえひとつであっても、レベル五で持っているというのは相当に運が良いほうなんだ。
「『筋力上昇』で筋力ステータスを底上げ出来るんで、重い物持つのは平気なんですよ」
「なるほど、そういうことなら……」
ようやく気まずさが薄れたのだろう、クラリスさんの表情が明るくなった。
「それじゃ、採取クエストをこなしつつ魔物討伐もやっていきますね。ちょうどいいのがいたら教えますから」
「ええ、お願いします。うふふ、楽しみですね」
胸の前でぱむと両手を合わせると、クラリスさんは嬉しそうに微笑んだ。
「どんな魔物が食べられるのかしら。ワイバーン? それともドラゴン?」
「この森にはそんな危険なのいませんよ。せいぜい一角ウサギかファングボア、ヘラヘラ鳥にレッドファンガスにグリーンジェリーに……。あとはそうだな……いたとしてもシャドウウルフってところですか」
何せ初心者用の森なので。
「今後ボクのレベルが上がったら狩場を変えていきますんで、申し訳ないですけど今はここで」
クラリスさんの戦闘力を考えればもっともっと上の狩場にだって行けるけど、そうするとボクが完全に足手まといになっちゃう。
レベル差を考えればしょうがない部分もあるんだけど、最初から頼り切りになるのは嫌だったんだ。
「もしあれでしたら、今からでも行き先変えますけど……」
「いえいえ、申し訳ないなんてことないですよ。そうですね、ふたりでゆっくり行きましょう」
ボクの気持ちを見抜いたのだろう、優しいクラリスさんはひらひらと手を振った。
「巨大猪に歩くキノコ、いいじゃないですか。グリーンジェリーはスライム系の魔物ですか。どんな食感なんでしょうね。すっごく食欲がそそられます。さあ、がんばって狩りましょう」
えいえいおー、とばかりに拳を突き上げるクラリスさん。
「あはは、頼もしいですね……」
さすがは『殴り聖女』。
アイアンゴーレムを一発で倒したという拳を眺めながら、ボクは苦笑した。
「それじゃ、行きますね」
ピコンと『生命感知』を作動させると、周囲一帯の平面図が展開された。
中心に位置するのはボクとクラリスさんのマーカーで、少し離れたところに表示されているのは一角ウサギが三匹と……さすがに同じものばかりじゃ飽きちゃうかな?
「お、ファングボアがいる。じゃあ今日はこいつにしましょうか」
目標を定めると、ボクはクラリスさんに指示を出した。
「あそこの木の
「なるほど、ちなみに追い込むというのはどうやるんです?」
「歩きながら声を出して脅かすんです。『ウオー』とか『オラー』みたいに。でもたぶん、先日の話を聞いた感じだと、クラリスさんの場合は歩いて近づくだけでも魔物の方が逃げて行くと思うんで……」
「……なるほどですね」
一般的には巻き狩りなどと呼ばれる狩猟法で、普通は複数の狩人や犬などを連れて行うものだ。
とはいえ現状パーティーメンバーはふたりだし、『魔物喰い』という目的上、人も増やしづらい。
じゃあまったく出来ないのかというと、そういうわけでもない。
高レベルの冒険者が発するオーラに怯えて逃げ出すという魔物の習性を利用すればいいのだ。
「わたしが怖くて逃げて行くと……」
それはそれで、女性としては複雑な気分なのだろう。
クラリスさんは「くっ……」と悔し気に拳を握った。
「あ、あのあの……っ。ご気分を悪くされたのでしたらごめんなさいっ。でもそのっ、ホントにこれがベストな作戦なんで……っ」
クラリスさんの機嫌を損ねただろうか、あまりに無神経なことを言っただろうか。
ハラハラしながらフォローすると……。
「大丈夫です。お役に立てるなら本望ですから」
クラリスさんは健気に笑い。
「大丈夫よクラリス落ち着いて、魔物には怖がられてもロッカさんには怖がられていないはずだから……っ。まだいける、まだまだいける、大丈夫っ」
自らに言い聞かせるように何ごとかをつぶやきながら、藪の中へと入って行く。
「大丈夫かな、クラリスさん。落ち込んでたみたいだけど……」
そんな風にボクがつぶやいた──直後に変化は起こった。
ガサガサガサッ、バサバサバサッ。
あちこちの藪や木々がざわめいたかと思うと、魔物たちが大慌てで逃げ出したのだ。
『生命感知』の平面図上もものすごいことになっていた。
いくつものマーカーがクラリスさんから逃れようと、猛スピードで遠ざかっていく。
「ふわあああー……こんなの見たことないや。さすがはSランク冒険者、まるで
せっかくクラリスさんが頑張ってくれてるのに、万が一にも仕留め損ねたら大変だ。
パシンと頬を張って気合いを入れると、ボクは適度な木の背後に潜み、弓を構えた。
クラリスさんに追われた『ファングボア』のマーカーは凄まじい速度で森を進み、あっという間に沢筋に落ちて来る。
「──来たっ」
ファングボアは全長五メートルはあるだろう茶褐色の大猪で、天を突くような鋭い牙が二本生えている。
その突撃は木をなぎ倒すほどの威力があり、絶対に正面に立ってはならない。
「狙って狙って~……今だっ! 『
底上げした筋力で長弓を強く引き絞ったボクは、思い切り矢を放った。
当たった場所に負荷をかけ動きを遅くさせる狩人の専用スキルも重ねて掛けて、狙うは胴体──ど真ん中!
本気で一撃で仕留めるなら頭部や首を狙うんだけど、ボクとのレベル差はあまりに大きい。
だからここは、体のどこかに当てて速度を殺す、それで十分。
だって今日は、ボクはひとりじゃないから──
「当たれええええー!」
放たれた矢はビュンと風切り音を上げながら宙を飛び、ファングボアの右脚に突き刺さった。
──ギイィィィッ!?
矢が当たった場所で極小の
倒れてなるものかとばかりに無理やり走り続けてはいるが、明らかに速度が落ちている。
「お見事ですロッカさん!」
そこへクラリスさんが襲いかかった。
人間とは思えないほどの速度で走りながら、聖なる言葉を唱える。
「『
言葉と同時に、クラリスさんの全身から白いオーラが立ち上った。
『聖女』の専用スキルだ。
神様より与えられた聖なる力がゴオとばかりに凄まじい勢いで吹き上がると、そのまま体の周囲を膜のように覆った。
すると、クラリスさんの動きが速くなった。
それまでだって速かったのがさらに倍ほども速くなり、足取りも力強くなり……。
「もらいました!」
宙高く跳んだクラリスは、ファングボアの背中へ思い切り拳を振り下ろした。
──ギエェェェェーッ!
アイアンゴーレムを一発で殴り倒すようなパンチを喰らって無事で済むはずがない。
ファングボアは凄まじい悲鳴を上げながら地面に打ち付けられ、動かなくなった。
口の端から舌をだらりと垂れさせるようにして絶命した。
「やった! やりましたねクラリスさん!」
「ありがとうございますロッカさん! 初めての獲物ゲットですね!」
ボクが賞賛すると、クラリスさんはニコニコ満面の笑みを浮かべて喜んだ。
「ロッカさんこそ素晴らしいサポートでしたよ! 魔物の位置を教えてくれて! 追い込み方も教えてくれてさらに足止めまで!」
初めての狩りが成功したことで、ボクらはきゃっきゃと互いを褒め合った。
「それではさっそくご飯にしましょうか。でもこの巨体を捌くのはさすがに大変なので、クラリスさんにも手伝ってもらっていいですか?」
「ええ、もちろんですっ」
クラリスさんの手を借りながらファングボアの体を沢の傍まで移動させると、解体の時間だ。
流水を使って血抜きをし内臓を取り出し皮を剥ぎ、体をいくつかのパーツに分けていく。
ファングボアを倒した証明としてギルドに提出するためのコア(魔物が共通して持っている心臓部分)を脇に寄せ、雑貨屋に売ればお金になる牙や毛皮を脇に寄せ、ドドンとばかりに積み上がったのは全長五メートルのファングボアの肉と内臓。
「んー、壮観だなあ。でもさすがに全部は食べられないから、余った肉は埋めちゃいましょうか。小屋でもあれば保存食を作るんですが、さすがにそこまでの用意はしてないので……」
「え、食べられますよ?」
「え、これ全部ですか?」
「ええ、もちろん。ペロリです」
聞き間違いかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
クラリスさんはわくわく顔で肉の山を眺めている。
「ホントに? 全部? いやいやさすがにいくらS級冒険者でも……?」
ボクは半信半疑で料理を始めた。
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