第12話 アングラ用語《エラーコード》

 まずは経理の冠者かんじゃ


 七三分けの経理らしい髪型。

 腕カバーも着けている。

 後は眼鏡を掛けていれば完璧だ。


「簡単なアンケートだそうで。忙しいので手短に頼みますよ」


 神経質そうな冠者かんじゃの声。


「ええ、去年の2月17日に休みを取られていますよね。理由は何です?」

「ええと、どうだったかな」


 僕が尋ねると記憶を探ったようだが、思いついた様子はない。

 手帳を見て確認する冠者かんじゃ


「この日は野鳥の撮影に行ってますね」

「そうですか。代休や有休休暇に対して何か意見がありますか?」

「うーん、撮影は別にいつでも良いから、休みが取れさえすれば問題はない。でも鉄道とかのイベントだと、決まった日もあるんだよな。そういう日に休みが取れると嬉しい」

「奥多摩はどうです。よく行かれますか?」

「ああ、行くよ。都内だからね。交通の便も良い」


 これ以上踏み込むと危なそうだ。


「ありがとうございました」


 手帳の中をちらりとみた感じでは、几帳面ではないな。

 野鳥撮影の予定が多いのに気づいただけだ。


 冠者かんじゃがいなくなったので、次の人を待つ間に経理の知り合いとスマホで話す。


冠者かんじゃさんてどんな人?』

冠者かんじゃさんは仕事も出来るし、良い人だけど、胡散臭いのよねぇ』

『どんなところが?』

『カメラが趣味だけど、撮った写真を1枚も見た事がないのよ。カメラを会社に持って来た事は見た事あるわ。あのでかいの望遠レンズって言うんでしょ。何十万円もする奴。冠者かんじゃさんはいくつも持っているらしいわよ』

『へぇ』

『カメラの値段も驚き。100万円超えてたわ』

『趣味に金を使っているんだな』

『でも変なのよね。そうなったのは去年の今頃から。前はお金がなくてピーピー言ってたわ』


 去年から裕福になったのか。

 凄く怪しいな。

 でも副業とかが当たったのかも知れない。

 正社員はアルバイト禁止だけど、やっている奴は少なからずいる。


 【冠者かんじゃの副業の謎? 趣味は野鳥と鉄道の写真。2月17日は野鳥の撮影】とスマホに書き込んだ。

 そして経緯も詳しく書く。


 久美子にメールを送ってからスマホで通話する。


『悪いな。たびたび』

『なんと言って欲しい?』

『ううん、いいのと甘ったるい声でお願いする』

『プログラム的には返り値【-1】よ』


 それは聞かなくても分かるエラーコードという意味だ。


『どう考えたら良いのかな?』

『無いと困るという奴よ。とりあえず暴走はしてなくて安心』


 ええと、僕を心配してて、安心と言っているのかな。

 うんともすんとも言わない状態はお手上げだ。

 声が聞けて嬉しいと言っていると考えておこう。


『雑談はともかく、どう思う?』

『プログラム的には別のバグが隠れている可能性が高いわ』

『殺人事件には関係ないってこと?』

『そうね』


『根拠はなに?』

『プログラム的には【システムの見える化】よ』

『包み隠さなかった』

『ええ、小屋のある奥多摩に行っているのを隠さなかったわ。犯罪の告白もね』

『犯罪の告白?』


 そんなのがどこにあったのかな。


『ええ』

『教えてはくれないのか?』

『ヒントはアングラ用語よ。恥ずかしいからこの話はなしよ』


 何だか分からないが、話したくないなら仕方ない。

 副業も犯罪絡みかな。


 【冠者かんじゃの犯罪?】とスマホに書き込んだ。

 【アングラ用語 野鳥】で検索を掛ける。

 えっ、盗撮かよ。

 それで望遠レンズとカメラか。


 撮った写真が自慢できないのもこの為か。

 確定しているかは分からないが、聞いた話と一致する。

 各地に出掛けているから温泉かな。

 それともスポーツ選手か。

 副業もそれ絡みなのかな。

 団符だんぷ刑事に話そうか、どうしようか。

 まともに取り合って貰えないかも知れない。

 証拠がないのだからな。


『犯罪の件は分かった。証拠はないんだろう』

『ええ。プログラム的には【未規定の動作】よ。どっちに動いているかは分からない』

『へぇ、動きが分からないプログラムなんてのも存在するんだな』

『まあね』


 冠者かんじゃの事は証拠が手に入った時点で対処する。

 そう決めた。

 犯罪だとしたら、自首してほしい。

 警察にチクるような真似は嫌だ。


 それにしても盗撮か。

 殺人事件には無関係だろうな。

 蜂人はちと冠者かんじゃと一緒に盗撮に行ったとは考えづらい。

 でも可能性として頭には置いておこう。

 その可能性も0じゃないのだから。

 【盗撮仲間割れ殺人】、うーん小説のタイトルとしても陳腐だな。

 馬鹿なことを考えた。

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