第9話 事件の整理《ブラックボックス》
昼飯を久美子と食べる。
場所は牛丼のチェーン店。
もちろん僕のおごりだが、安いので気にしない。
「紅ショウガ頂戴」
「はいよ。事件のおおよそはもう分かっているんだろう」
「ええ。プログラム的に言うと【フロー】はね」
「何が分からないんだ?」
「関数の内部が分からない。ブラックボックス化しているの」
もやっとする。
「2月17日はもう良いのか」
「そっちもブラックボックスね。何かあったという事は分かっているわ。流れ的な推測は出来るわ」
「犯人に繋がる証拠は押さえたか?」
「そっちは刑事さんが何とかしてくれるはずよ。メールを送ったから」
「教えてはくれないのか」
「先入観はバグの見逃しの元よ」
「でも久美子は推測で決めつけている」
「いいえ、事実に基づいた推測よ。あてずっぽうとは違うわ」
生玉子を掛けた牛丼が美味い。
甘辛いタレとよく合っている。
たまに食う紅ショウガもアクセントだ。
牛丼で少しもやっとした気が晴れた。
「そう言えば聞きたかったけど。
「伯父がお世話になってますと言ったのよ」
「伯父さんがどうしたのか?」
「警視庁に勤めているわ」
「偉いのか?」
「警視正ね」
「一番上じゃないか」
それでか。
「もっとも容疑者としては疑いが薄いから、釈放してくれたのよ。任意の事情聴取でしょと言ったら1発だったわ」
「そんな事で」
「逮捕されたんじゃないのなら、拘束は出来ないのよ。帰りたい時に帰れるわ」
くそう、今度そういう事になったら帰りますとはっきり言おう。
時系列で事件を少し整理してみた。
去年。
2月14日
2月17日
今年。
2月8日夜 事件発生。
2月9日朝 ダイヤル錠と木戸は締まっている。
駐在さんが来たので僕がダイアル錠を開ける。
駐在さんが扉を壊す。
死体発見
2月10日 今日
そして分かった事。
殺人現場の小屋は自作。
部屋は密室だったと考えられる。
ダイヤル錠の数字は0217。
こんなところかな。
スマホをメモ代わりにしていたのを久美子に覗き込まれた。
「重大な情報がいくつも抜け落ちているわよ」
「えっ、何だろう」
「プログラム的には【i--】した後に【i++】しても意味があるのよ」
まただ。
もやっとする。
「どういう意味」
「数を一つ引いて、そして一つ足す」
「数は動いてない。何もしてない事と一緒だ」
「一つ引いてから、処理をして、それから一つ足す。これと処理してから、一つ引いて、一つ足す。違うでしょ」
「違うけど何の意味が?」
「【i--】した時にその痕跡は確かに残るのよ」
「痕跡って?」
分からないことだらけだ。
「そして定数の話をしたわよね。同じ定数が定義されているファイルでは、その定数は同じ物として扱う」
抜け落ちた情報で今の話に関係した物があるか?
考えつかないんだが。
すごくもやっとした。
これだから久美子と食べる飯は、美味いのか、不味いのか、分からなくなってしまう。
メモを見ながら考える。
ちょっと見てみた。
そういう日が1年で4日あった。
メモを取る。
「これは凄い前進なんじゃないか」
「どれどれ。たぶん駄目ね。プログラム的にはカウンターとして【i】があったとしても、次のループで同じ動きをするとは限らない」
「そりゃあ人間のやる事だから」
「一回目の二重ループでは【i,j】を使った。二回目の二重ループでは【i,k】を使った」
「なんでそれが分かる?」
「調べたからよ。2月17日に代休または有給休暇を取った人物は複数いるわ。他の4日はいない」
手口を変えたか。
それとも2月17日の人物は社内の人間ではないのかも。
事件の分からなさに頭を掻きむしりたくなるようだ。
久美子にはもう犯人像が見えているらしい。
教えてはくれなさそうだ。
たぶん確信をつかむまでは言わないだろう。
そうだよな。
人を殺人犯扱いして違ったら、その人に申し訳ない。
ついさっき僕自身で冤罪の恐ろしさを知った。
濡れ衣を晴らすのは良いが、気をつけたい。
こいつが犯人だというのは、確定的な証拠が出てからにしよう。
「これからどうするの?」
「プログラム的には個々の【関数】の内部の流れを追うの」
またそれだ。
牛丼の美味かった気分が全て台無しだ。
「具体的には?」
「2月17日にという条件で動いた【関数】を追うの」
「もっと分かるように言ってくれ」
「去年の2月17日に特別な動きをした人物を追うのよ」
何だそんな事か。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます