第8話 謎の女性《定数》

『去年のバレンタインデーに飲み会? ないね。強制したら文句が出る。そんな話は出るはずもない』

『そんな飲み会を主催したら、寂しい奴だと思われる』

『一人だとしてもプライドがあるからね』


 同僚に聞いたが、答えのあった人は全員が全否定だった。

 幻の飲み会か。

 謎としては陳腐だな。

 密会の言い訳だろう。


 去年の2月14日に蜂人はちとはどこに行ったのかな。

 密会だとすれば店を予約したに違いない。


 数ある店からそれを探すのは難しい。

 仕方ない久美子に考えさせるか。


『もしもし、蜂人はちとが2月14日に店を予約したらどこかな?』

『簡単よ。プログラム的には【ログ】の問題ね。ネットの接続情報を探すの。社内のザーバーを管理している人に掛け合えばいいわ』

『なんで社内のパソコンを使って予約を取ったと判る?』

『スマホは家族に見られる危険性があるもの』

『会社だって見られたら困るだろう』

『そうかしら、席を二つ用意するだけなら、見られても邪推はされないわ。男女のカップルだとは限らないのだし』

『分かった掛け合ってみる』


 サーバーの管理者から蜂人はちとのパソコンの履歴を手に入れた。

 店にアクセスしたのはすぐに分かった。

 そこは洒落たレストランで、会社がいつも接待として使う店ではなかった。


「去年のバレンタインデーの蜂人はちとさんの予約ですか? お客さんの情報は喋れません」

「ええと、その席が素晴らしかったというので僕も同じ席を予約したい」

「そういう事でしたら。お客さん運が良かったですね。その席は空いてますよ」


 この店に蜂人はちとが来たのは間違いない。

 それにしても万札が飛ぶ出費は痛い。


 2人で予約したから、無駄にしない為には、久美子に頼まないといけない。

 バレンタインデーにレストランを予約したなんて言ったらどんな顔をするだろう。

 僕はきっと顔を真っ赤にして、久美子にそれを告げるに違いない。

 事件よりこっちの方が難問に思える。


 さて問題は蜂人はちとがここに誰と来たかだ。

 店員から上手く聞き出す糸口がつかめない。

 なんて言おう。


『もしもし、難問発生。蜂人はちとが行ったレストランは突き止めた。でも相手が分からない』

『プログラム的にはね。【if else】よ』

『ええとそれは何だい』

『どちらかで必ず引っ掛かるというわけよ。こう言えば良いわ。蜂人はちとはバーで引っ掛けた女生とここに来たが、その女性は名も告げず別れてしまった。蜂人はちとが亡くなった事を伝えたいのでヒントが欲しいと』

『相手が男だったら?』

『勘違いでしたとでも言えば良いわ。相手が男だと判るわけね』


 やってみるか。


蜂人はちとが亡くなったのはニュースで知ってますよね。去年のバレンタインデーに食事をご一緒した女生と連絡を取りたいんです。なんでもバーで知り合って名前も知らなかったと。蜂人はちとが亡くなった事を伝えたいのでヒントが欲しい」

「ああ、思い出しました。そうそう、バーで知り合ったと言ってました」


 えっ、バーで知り合ったのかよ。

 瓢箪から駒。


「その他に何か言ってました?」

「DIYが趣味だとか。それ以外には何も覚えていません」


 日曜大工の話題で盛り上がったらしい。

 この女性が本当に犯人なのか。

 別の流れを追っているんじゃないだろうか。


 とりあえず、2月14日は女生と過ごした事が分かった。

 でもこの人が犯人だとは思えない。


『どう思う』


 店員の話を久美子に伝えた。


『その女性が犯人ね。間違いないわ』

『何で?』


『プログラム的には【定数】よ』

『えっと』

『分からないなら良いわ』


 癪なので定数というのを調べる。

 決まった数ということで、変化しないということ。

 何が決まりきっていて変化しないんだ。


 店員との会話のどこにヒントがあるんだろう。

 分からないな。

 今年のバレンタインに、久美子とどうやってこの店に来ようかと考えて、ドギマギしてたことが、もやっとして吹っ飛んだようだ。

 仕方ない聞こう。


『教えてくれ。定数が何なのか分からないと、今夜、眠れそうにない』

『仕方ないわね。例えば【#define PI 3.141592f】とか定義するのよ』

『円周率が何か?』

『この定義は定義してあるファイルでは全共通なの』

『分からん』

『ヒントは十分に出したわ。ゆっくり、考えなさい』


 ますますもやっとした。

 久美子と話すとこれが嫌なんだ。

 良い気分とかがどっかに飛んでいってしまう。

 女性という手掛かりをつかんで気分が良かったとか、バレンタインデーに久美子とこの店でデート出来るという考えがなくなってしまった。

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