第6話 代休《前処理》

 朝一で会社に行った。

 昨日の雪で路面は凍っている。

 キラキラと朝日を反射して、とても綺麗だ。

 僕にはその綺麗さがお葬式の祭壇のように感じた。

 昨日の今日なのでそんな事を思うのかな。


 社員のデータを0217で検索を掛ける。

 良かった、引っ掛かった人はいない。

 住所や本籍地でも引っ掛からないから、たぶん社員には犯人がいないのだろう。

 そう信じたい。


 僕は3日間の代休を取った。

 課長は警察の対応も大変だろうからと言って、許可してくれた。


 代休と言えば、去年の2月17日、蜂人はちとは代休を取っていた。

 釣りに行ったのなら当たり前だが。


『もしもし』


 久美子に電話した。


『なに? 手がかりでも見つかった?』

『社員のデータベースでは0217は見つからなかった』

『そんな事だと思ったわ』

『どういうこと?』

『プログラム的には前処理というものがあるのよ』

『ええと、分からない』

『分からなければ良いわ。去年の2月1日から今日までの、他の社員のスケジュールと日誌のデータは、抑えたわよね』

『まあしたけど』

『それなら良いわ』


 もやっとする。

 前処理がなんだって言うんだ。


 僕は僕に出来る事をするだけだ。

 蜂人はちとの家に行く。

 去年の2月17日を調べる為だ。


 インターホンを押すと奥さんが出た。


「お線香を上げにきました」

「わざわざどうもご丁寧に」


 中に入って駅前の花屋で買った菊の花束を渡す。

 線香をあげて手を合わせた。


 真相を必ず明らかにしてやるからな。


「奥さん、去年の2月17日に何か覚えがありませんか?」


 お茶を淹れて貰えたので、一口飲んで口を湿らせてから、切り出した。


「ええと、そうよ。主人の去年の手帳があったわ」


 去年の手帳を持って来てもらった。

 2月17日は出張となっている。

 あれっ、代休だったはず。


 日誌のデータにも業務の書き込みはない。

 出張なら何かしらの書き込みがあるはずだ。


 逢引という言葉が浮かんだ。

 密会という言葉も。

 裏金とかそういう取引をしていた可能性もある。


 広報は広告費で巨額のお金が動く。

 そういう可能性は捨てきれない。

 人の好さそうな奥さんを見ていると、そうであってほしいと思う。


「ありがとうございました」


 手帳は見開きで1ヶ月分だから、今年の分も含めて14枚の写真を撮れば事足りる。

 ちゃちゃっと撮影した。

 当然、久美子にも送る。


 家を出てから、久美子に電話した。


『もしもし、何か分かったか』

『色々とね。出張はプログラム的にはダミー関数よ』

『偽物って事だろう』

『ええ、彼がプログラマーで無くて良かったわ。プログラムならマクロ一つでダミー関数が全て消えるわ。しかもプログラムのソースの変更はほとんど無しで』

『手書きの手帳じゃ証拠隠滅は簡単ではないものな』

『ええ、燃やされなくて、ラッキーだったわね』


 僕は奥さんの様子が気に掛かった。

 悲しみの度合いが低いような気がしたんだ。

 知り合いの奥さんは病気で旦那さんを失ったが、その悲しみ様は見てられなかった。

 旦那さんの話をすると1年経っても涙ぐむ様子が見られた。

 個人差があるから一概に言えないかも知れないが、少し引っ掛かる。


 正直に夫婦仲はどうでしたとか聞けない。

 それはあまりにも失礼だからだ。

 警察ならその辺は調べているんだろうな。

 近所に聞き込みとかして。


『なあ、痴情のもつれの線はあるのかな』

『可能性の一つとしてね。システムというのは色々な要因があって動いているものよ。互いに影響する事もあるわ。でも1つのバグの原因は1つ。原因が複数ある場合は、バグが2つよ』

『共犯がいたとしても、殺人をしたのは1人だものな』


 奥さんが犯人という説もあるかな。

 いやどうだろう。

 全てが怪しく見える。


『全てを疑うのよ。デバッグの基本だわ。そして経緯を観察。それと推察』

『経緯を観察ってどうやるんだ』

『条件を変えて流れを観察するの。そうすると見えてくるものがある』


 条件を変えるってどうやるんだ。

 流れを観察も分からない。


 時々、久美子が名探偵ではなくヘボ探偵に思えてくる。

 でもダイヤル錠は開けたよな。

 あれはそういう知識があれば開けられる。

 たまたま知っていたに違いない。


 ひょっとして久美子の推理は間違っている?

 でも、僕は何も分からないんだよな。

 久美子は密室の謎をつかんでいるみたいだし。

 とりあえず今は言う通りにしておこう。


「困りますな。こういう事をされちゃ」


 話掛けてきたのは刑事の団符だんぷだった。

 嫌な奴に見つかった。

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