第5話 久美子《割り込み処理初期化》

 久美子とラーメン屋に入った。


「こんな安いのでいいのか?」

「女の子一人じゃ入り難いから」


 寒かったので熱々のラーメンが美味い。

 味噌ベースのスープに唐辛子の粉末が混ぜてある。

 ピリ辛な味が味噌のまろやかさと合わさって良い仕事をしている。

 山と盛られたもやしはあっさり目なのでスープとよく合う。

 チャーシューは味にコクを与えていて旨い。

 麺は極太のちぢれ麺でスープによくからむ。

 ふうふうと息を吐きかけて食うと体の中から温まるようだ。


 僕はチャーハンも頼んでしまった。

 久美子がラーメンのレンゲでチャーハンを食べる。


「食うなら半チャーハンを頼めよ」

「いいのよ。プログラム的にはリソースは分け合わないと。リソースが分け合えないシステムなんて、具の入ってないチャーハンだわ」

「はいはい。好きに食ってくれ」


 ブログラムの話をされると頭が混乱する。

 それで、もやっとした気分になるんだ。

 久美子にそういう話をされるのは嫌だけど嫌じゃないんだ。


 僕は心の中で、久美子はプログラムを出来る凄い奴で尊敬している。

 でもプログラム自体は頭が混乱するので嫌なんだ。

 久美子と話をするのは楽しい。

 でも混乱するのは楽しくない。


 とにかく一言では言えない複雑な気持ちなんだ。

 プログラムみたいに割り切れたらなと思わないでもない。

 久美子にこの事を話したら、プログラム的にはと言って答えを出してしまうのだろうか。


 何となく恥ずかしいので、久美子にこの話はした事がない。

 これからもきっと話さないだろう。


「聞いてる?」

「何だっけ」

「処理の条件を満たすには、どうすれば良いのかを話してたのよ?」

「それと事件に何の関係が」


「いい? プログラム的にはね。【if(1)】と【if(ダイヤル錠の番号を知っている)】があるのよ」

「プログラムはちょっと」

「【if(1)】は無条件よ。蜂人はちとがダイヤル錠を開けたり、誰かがダイヤル錠を壊したなら、誰でも入れる。【if(ダイヤル錠の番号を知っている)】はダイヤル錠の番号を知っている人だけが入れる」


 モヤモヤする。

 ラーメンとチャーハンを食っていい気分になったのが台無しだ。


「もっと簡単言ってくれ」

「条件があるのか、ないのかの二択よ。でも無条件は無条件という条件なのよね」

「分からん」


「それなら、分かり易いことを言いましょうか。ダイヤル錠を壊して、どこかから持ってきたのではない限り、ダイヤル錠の番号は蜂人はちとか犯人の馴染みの番号だわ」

「どうやってそこから調べる?」

「幸いにしてネットに電話番号はあるの。アングラだけどね」

「危なくないのか」

「そこは仕方ないわ。再帰呼び出しって知っている。バグの元なの。危ないのよ。でも必要なら使う。それがプログラマーよ」


 プログラムの話をされるとどうも調子が狂う。

 久美子は瞬く間に電話番号を調べた。

 どうやら、電話番号のデータは前にダウンロードしていたらしい。


「メールで送っておいたわ」

「どうせ何万件とあるのだろう。僕が調べるのかな? そうだ、団符だんぷの野郎にも送ってやれ」


 僕は名刺に書かれているメールアドレスを久美子に教えた。

 これで嫌がらせにはなるだろう。

 何万件の確認に追われるがいい。

 僕が出来るのは社内に該当者がいるのか調べる事だけだ。


「これで犯人に辿り着けるとは思わない事ね」

「どういうこと?」

「プログラム的にはね。文字も数字なのよ。そして数字は見方によって意味が変わる」

「ええと」

「【1】は1だけど、【1個】なのか、【一番目】なのか、【真】を意味するのかは、処理によって変わるわ」

「ああ、もやっとする」

「電話番号とは限らないって事よ。住所かも知れないし、車のナンバーかも知れないし、クレジットカードの番号かも」


「じゃあ、調べるのは無意味じゃないか」

「きっと警察で調べているはずよ」


 僕は何をしたら良いのかな。

 何もしないという選択肢はない。


「なあ、久美子ヒントをくれ。いいや下さい」

「魚拓の日付」


 僕はスマホの写真を見た。


 2月17日の物が確かにある。

 年は去年だ。


「じゃあ、電話番号は何だったんだ」

「可能性の一つよ。デバッグは全ての可能性を潰すか、推測で行うのよ。考えつく限りの可能性を刑事さんには送っておいたわ」


 ざまあみろ。

 残業にまみれるが良い。

 僕を犯人扱いした罰だ。


「じゃあ、僕は去年の2月17日を調べたら良いんだね」

「そうね。でも、忘れないで。これも可能性の一つよ」


 幸いにして、システムにあるスケジュール表と日誌のデータなら手に入る。

 僕は去年の2月17日の蜂人はちとを調べたら良いようだ。

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