第15話 調査 役場

 役場は教会のような縦に大きい造りではなく、一階のみで敷地面積を広くとった造りになっている。外壁は一戸建ての石材と同じものが使用されていた。


 幼い頃は気にならなかったが、建物の規模として、耐久重量に無理があるように思われたが、可能にしている理由は中に入るとすぐに知れた。

 エントランスは石材を敷き詰めることで太く組み合わせた柱が一定間隔で並び、屋根を支えている。


 また、その他の部署は、それぞれが一戸建てのように区分けされており、役場の囲いの中に部署として扉のない一戸建て敷き詰めているといった様相だった。

 ちょっとした迷路の入り口の様である。

 残された文献を見れば由来が分かるかも知れないが、今回の目的とは違うのでヒートは思考を切り替えた。


 ちょうど昼食時にだが、交代制で休憩になるのか、少ない人数ながら受付は稼働しているようだった。

 役場の案内窓口に用件を伝えると、ここにも町長からの申し送りがあっており、図書区画に案内された。受付の女性はチナツくらいの年齢に見えたが、慣れた様子だ。


 学校の教室二室分くらいか、蔵書量の少なさはこの街の歴史の普遍性、閉鎖性を表しているのか、それとも別室にあるのかはヒートには判断がつかない。案内にお礼を告げ、早速資料の題目に目を通した。


 『パチパチ蜂の中毒性 その危険性及び収穫祭おける取扱いと規制』


 目的の記録はすぐに見つかった。比較的まだ新しい黒表紙に中のページを綴じ紐でまとめられた一冊。白い紙にタイトルが書かれたものが表紙に貼られた簡素なものだった。

 仰々しいタイトルになってはいるが、ページにすると十にも満たない資料には、聞き及んだ情報以上の目新しいものはない。

 しかし、聞いた情報の正確性の確保のため、ヒートは目を滑らせないように、一言一句注視する。


 改めて確かになったことは、禁止命令の大元が近隣の街などではなく国であったこと。

 パチパチ蜂の作る蜂蜜は、他国の物と様相が違い、サラッとした液状であること。特に、通常ヒマワリ蜜は粘度が高い。蜂の特性か土地の特性なのか、理由までは判明していないこと。

 組合には宝商店の店主、蜂の巣のおじさんも加わっていたこと。と、いうより役場も顧問として加盟していたから、街全体で反対したようなものだったこと。


 ヒートには想像しかできないが、国を相手取り、禁止されるような物の権利を一日だけとはいえ取り戻したことは、とても大きいことなのではないか。


 大人たちの団結が、静かな抵抗だけのはずがないのだから、それを目の当たりにしたクェインツルが、現在の街のあり方に疑問を持った……?


 思案するが、それを確かめることはできない。それに、分かったところでヒートには何ができるのかと、無力感に苛まれるだけだった。


「僕に何ができるって言うんだよ……」


 そう独りごちる。

 落ち込みそうな思考を切り替えるように短く息を吐き、一度伸びをして次の内容を調べるべくまた書棚に向かう。


 祭事、儀式に関しては毎年の祭りの資料がまとめられたものが何冊も並んでおり、古くからの風習であることを示している。ヒートが祭りの過去資料に目を通すと、そのほとんどが祭事の焚火や追加の木材といった備品配置に関する区画の見取り図や、出店の許可証の控えなど、祭りの開催に関する過去資料がつづられていた。

 ヒートの求める資料は、それよりももっと古い、祭りの列でも端の方に立てられていた。


『命名・改名の儀式』


 端的に表題が記載されたその資料は、一冊の薄い本として装丁が施されていた。

 もともとは白かったのだろう、うっすらと茶色く変色し、年月を主張している本を パラパラとまずめくると、片方のページが図で、片方のページが文字での解説という構成になっている。

 命名の儀式から始まっているので、改名の章立てまでページを飛ばす。

 役所資料だけあって、辞書のように整然とまとめられていたが、噛みくだいていくと、そこにはこう書かれていた。


 ――名前の変更は、学校での祭事の準備に十二年間継続して携わり、その年に教育を修了する町民を対象とする。儀式の参加希望者は、学校に改名の儀に参加するための、十二年間の祭事準備に参加した証明書を発行してもらい、その下の記載欄に保護者の同意署名を貰い、再度学校へ提出する。

 希望者は当日、学校で名前の書かれた紙と、今年作成したヒマワリの首飾りを受取る。改名の意志が変わらない場合は、紙を焚き火にくべ、首飾りをもって役場にて改名後の名前を登録する。

 あくまでも収穫祭なので、祭りの後半の祭事が終わってからおもむくように。

 協会から希望者の名前は伝わっているので、祭りの翌日までは改名の猶予ゆうよが持たれている。


 詳細には、書類の様式名や提出した書類の行先など事細かに書かれている。それらをすべてメモしながら、ヒートはクェインツルの行動に関係することにラインを引いていく。

 ほとんど忘れかけていた祭事の準備の記憶。十二年通年というが、授業の一環として生徒は全員行っていたはずだ。彼も条件に当てはまるだろう。今日も学校だが、修了年の学生はもう来ていないかもしれない。ヒート自身もそうだ。

 しかし、メモを取りながら繰り返し読む中で、何か引っかかる。

 それが判然としないまま、ヒートは資料やノートを片付けた。


 曽祖父ひいじいさんの名前を見てみな。


 先ほどの受付の女性にお礼を告げ立ち去ろうとした時、ふと宝商店の店主の話を思い出し、そのことを尋ねた。


 「あー、さんのことですね」


 そう応えると、彼女は一枚の記事を取り出した。日付は、ヒートが引っ越して少し経った時の物だ。


 『独特な命名文化の街、そこに息づく住民の暮らし』


 クールの学校の新聞のような、表裏の簡単な新聞記事だった。イラストに蜂の巣の料理や、協会や学校、商店の外観が書かれている。

 職員が指さして読ませてくれたのは、宝商店の近所のおばあさんのインタビューだった。


 ──名前が長くて不便しないのかと質問したところ、

「昔ホツノバランバランバランという名前おじいさんがいた。そのおじいさんは、みんなから三回さんと呼ばれていた」

 という。

「昔は本当に、病気で幼く亡くなる子供も多かったから、親が大事につけたんだろう。おじいさんが言っていたのは、『ホツノバランバランバランでも、三回さんでも、自分はこうやって元気だから、みんなが店を利用してくれるならどっちでもいいってね』それに名前が長くても、あたしはこうやって名前を憶えているもの。その人が大事なら、どっちでもいいのよ」

 そう朗らかに話すおばあさんに、この街の普遍的な独自文化の中で培われてきた温かさを感じた。


「このことがあって最近あだ名とか言うようになったから、宝のおじさん、家が第一号だって散々自慢してたんですよ」


 職員がそう付け加える。


 手が震えた。

 多分この街の、少なくともヒートが出会ったことがある大人は、このことを知っている。、そう認識されたのはここ最近だろう。その人だけだったから、その場面でのケースで終わったのだ。父も知ることがなかった、本当に些細な生活の一部。取材もただの運だろう。

 曾祖父そうそふなら、クェインツルは知らないかもしれない。教師から聞いているかもしれない。それでも、頑なになった彼には届かなかったかもしれない。

 街はゆるやかに変化し続けていた。

 

 大事なら、どっちでもいい。


 民俗学という分野での、は、そこに集約されるだろう。出会った人物の顔が思い出される。


 だったらなぜ。

 ヒートのさきほど感じた違和感が、ハッキリと言葉になる。

 だったらなぜ、クェインツルの親は同意の署名をしたのか。


 ヒートは蜂の巣に向かった。

 



 



 




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