第14話 調査 『宝』 其のニ
「コロッケ? あぁ、中身は違うかも知れないが、まぁ同じもんだな。」
ヒートの呟きが聞こえたのか、店主はこちらに目をやりそう応えた。それから並べた物の内の一つを紙に包んで熱いからなと一言注意し、ヒートに手渡した。
手に取った小判状の財宝揚げは、やはりコロッケだった。火傷に気をつけて小さくかじると、衣の小気味よい音がする。
中身はヒートの知る、芋をベースとした物。ミンチではなく薄切りのベーコンが使用されており燻製の良い香りが口内に広がる。粗めに潰し食感を残した芋と、黒コショウがアクセントになっており、二、三口は小さく食べたが、残りはがぶりとすぐに食べてしまった。
「そんだけ良い食べっぷりなら、お前さんの地元にも負けてないな」
その様子を見て、店主は満足そうだ。
「すごく美味しいです! あの、これは最近始められたんですか?」
「いや、もう何年も経つよ。とは言っても、店でメシまで売るようになったのは五年前くらいか? そんくらいだな」
「そうですか。町長さんから知らせが言っていたと言われていましたが?」
「ああ? いやそのまんまの意味だよ。赤い髪の以前ここに住んでいた少年が、勉強のために街を調べるから聞かれたら協力してくれってさ。
まぁ、以前のパチパチ蜂の一件で、よそ者は目立つからな。心配だったんだろうよ。
とは言っても、前に住んでた赤髪なら、昔来た学者先生の家族だろ? あの時はすごく話題になったし、大人連中は大体覚えてるぞ? それに、お前のおふくろさんにはいろいろ買ってもらったからな。俺からすれば、ようこそ『宝』へってだけさ」
「あはは、覚えてくださっていたなら嬉しいですよ。パチパチ蜂については、規制が掛かった話は聞きました。でも、だから目立つ?」
「今まで普通に食ってた物を、外から来た知らない奴にいきなり害だなんて言われたら、誰だって腹が立つだろ? 一部の人間が反対運動の組合作って、反発したんだよ。俺も含めて商い関係はほとんどな。
全面禁止から、祭りの日だけの一部免除にはその時の運動があったからだ。
とはいっても、毎日だったのが、たったその日だけだ。そういうことで、よそ者に良い反応しないヤツも居るのさ」
「そうだったんですか……。でも、町長さんは行き来が増えていると言っていましたよ」
「もう何年か経つからな。それに増えているっていってもな、お前さんが来るとき、誰か一緒に乗ってたか?」
その問いに否定を返すと、そんなもんだと苦笑する。
「今日から改めて街の文化や、変化を調査していて、やっぱりここ数年は、大きく変わられたんですか?」
ヒートの問いかけに、店主は作業しながらではあるが丁寧に答えてくれる。変化についてを口にしたヒートに、彼が用意した返答は、予想とは違う物だった。
「さっきからお前さんの問いかけを聞いてると、街が変わっていることが前提に話すが、それは何かしら悪いことなのか?」
刺すような視線をヒートに向け、反応に窮していると、彼はそれを落ち着かせるよコロッケをもう一つヒートに手渡し、おまけだと笑う。
「俺は学問としては分からないが、商いの方から言わせてもらうと、街は変わり続けている。それが普通だ。急だ急じゃないは確かにあるかも知れないがな。商品の値段一つとってもそうだぞ?
もし、お前さんの家族が来て変わったとか、責任がとか思ってるのなら、それは間違いだ。
そうだな……この、コロッケだっけか? これは先生が来たから知ったわけではないし、俺の家では芋揚げって名前で昔から作っていた。まぁ商品としては味気ないから、名前が変わったのは分かるだろ?
確かに先生がまた引っ越してから、商い以外の目的で人が来るのは増えるようにはなったが、それまででも小麦は外から来ていたし、逆にヒマワリの油はこっちから出していたしな。
料理だけでいうなら、お前さんも蜂の巣の料理は知ってるだろう?」
「はい」
「あれも多少名前と見た目が違うが、材料は外の街と大きくは変わらない。実はお前さんの知ってる料理が、ルーツがこっちみたいなこともあるかも知れないだろ?
まぁここは田舎だから、お前さんが知っている他の街よりも、色んなことが浸透してくるのが遅いと思う。商いやってるヤツは、せいぜいそれくらいの認識のやつも多いんじゃないか?」
「そう、ですか」
「勉強って
「え? ……いえ、友人と少し」
店主のカラッとした態度に思わず口が動く。詳しいことは言わないように、ヒートはまた一口コロッケをかじる。今度はやけにコショウが辛く感じられた。
「なるほど。まぁ、そうだな。お前さんくらいの歳なら考えることもあるか。
俺らくらいの歳になったら、馬車もバスも走り始めから見てたしな、商店だと、組合や寄合も日頃の生活の延長にあったから、そんなものかと思えるが…。若者なら、そいつにとっては初めてだったなんてのはよくあるか」
「そう、かも知れないですね。だからこそ来た時以上にちゃんと知りたいと思っているんです」
「そうか。ならあと何を調べるつもりなんだ?」
店主はそう問いながらも、たまにこちらを確認する程度で、コロッケを揚げ終わった後は、片付けをし始め、手を止めることはない。その背中に、ヒートはパチパチ蜂の規制について、あだ名文化の流入、改名の儀式の三つを告げる。
その返答に、ふむと、店主は思案する様子を見せ、黙々と手を動かす。
やがて片付けが終わると、トレイに並べたままのコロッケに大き目の透明な蓋をかぶせ、カウンター台の横のスペースに置く。
「蜂の件と改名についちゃあ、役場が早いだろうな。蜂は俺も一枚噛んでいたし、間違いない。改名はあるってみんな知ってるだろうが、中身知ってるやつなんてほとんど居ないと思うぞ。
だが、あだ名は資料なんかないぞ? それこそ、町長の会議や外の連中の会話の置き土産から広がったみたいなもんだ」
「それは、そうですね。分かります。ご主人はどう思われていますか?」
「俺か? 俺は元々名前覚えるの苦手だからな。顔は覚えてるんだが。だから、今の方が便利なんじゃねぇのってくらいだろ。そもそも向かいのばぁちゃんとか、いつもの髭のおっちゃんとか、みんなそんなもんだろ?
そうだなぁ、役場で名前の記録見るならもっと面白いものが読めるさ。
町長のとこ行ったならあだ名の登録とか聞いたか? あれも他の街の町長に時代遅れだって、心配性のアイツが躍起になっただけで、誰も使ってない。あだ名とか便利な部分だけかいつまんで終わり。どの時代もそうだろ」
愉快そうに持論を展開し笑う店主に、ヒートは圧倒されつつ、自分がそんなに思い詰めた顔をしていたかと頬を掻く。けれど、お陰で気持ちは切り替わったように思えた。
「ありがとうございました。それより…さすがに不用心じゃないのですか? 料理で目を離している時間もあるし、商品もお金も」
ふと疑問に思ったことを、席を立つついでに口にすると、店主はさらに大きく声を上げて笑った。
「誰が来たかなんて、チラッと見ればすぐ分かるさ。もし何かなくなってたら、追いかけて聞いてみて、支払えないなら次からひと言俺に断って持っていくように拳骨だな。
いいのいいの。みんな図々しいもんよ。心配しなくても、変わらないものもあんのさ。まぁ、他の街の連中がしょっちゅう来るようになったら、その時考えればいい」
「あはは……、ちなみに店主のお名前ってなんと言われるんですか?」
「俺か? みんなおっちゃんとか、店主とかしか言わないから好きに呼んでいいぞ?
それよりも役場に行ったら、俺の
気持ちいいくらいの潔さに、ヒートはこの後の調査もきっと大丈夫だという勇気をもらえた気がした。最後に店の名前は新しくつけたのか尋ねると、それはお前さんが覚えていないだけだと、店主は呆れた。
役場に向かおう。お昼はとっくに回っていた。
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