第13話 調査 『宝』 其の一
ヒートは神父との会話での決意を胸に、自分のすべきことをまずはやることに決めた。
父の課題を疎かにしては、自分がここに来た意味がなくなってしまう。そればかりか、自分自身の目で街の変化を確かめて、クェインツルのことを考えなければ、街や彼が迎えた現状が、本当に悪いものだということになってしまう。
そう思えた。
かといって特別なことができるわけではない。
大きく三点。
ヒート自身が昨日一日で知った情報を、一つは残された資料や記事がないか役場で調べ、もう一つは違う住人からも変わったと感じられることを聞き出しまた調べ、最後は街をくまなく歩き新しくなったと思われるものを調べる。
見て調べる。聞いて調べる。歩いて調べる。
地道にその作業を繰り返すことで、まとめた事実からやっと考察を進めていく。
ヒートの目指す父の学問がその地道な積み重ねの先に存在していることを、ヒート自身もよく理解していた。まして、父のように考察のための引出しが少ない自分には、足と時間を使っての行動が何よりも先決だということも。
今回は前述の調査方法を逆から辿るような形になった。
役場までの道は町長宅と教会からは離れている。白く続く石畳の道をまっすぐ進むだけなので迷うことはない。
なのでその間に通る道の看板や建物に変化はないか、具体的には、ヒートの身近にある文化に寄った変化がないか、目を配る。
結論は、やはり街並みに目立った変化は見受けられないということだった。あくまでもまだ見た目上ではあるが。
建物はところどころ石材が目新しくなっている家がある程度のもので、一戸建ての石造りが他の地方の様式になっていたり、奇抜な色になっていたりはしない。
もともと、独自の宗教的な祭事が残っている街とは言っても、地産地消が成り立っているほど小麦や畜産の農場がある規模の街ではないため、定期的に馬車による入荷便が入ってきているはずである。
出張市場のようなものは以前住んでいた時も見たことはないので、商店への入荷だけで街が事足りているのだろう。バス以外の自動車が走っている様子も、電気製品の普及もヒートの住む街でもここ最近のことだ。都会を中心に考えるなら、僻地であるこの街ではまだほとんど進んでいなくても疑問はない。
「最近は隣町を行き来する若者が増えてきている」
町長の言葉が思い出される。街並みはヒート自身は感じ取れない変化だが、住民はそうではないのかもしれない。見る行程は終了し、聞く行程に移ろうと思考を切り替える。
さっき考えを巡らせたように、物資の搬入もあっているだろうから商店がいい。昼食には早いが、今なら惣菜店で軽食を買うついでに話が聞けるかもしれない。そう思い立ち、最寄りの商店に立ち寄った。
『宝』
立て看板にそう短く書かれた商店は、他の一戸建てと違うのは、入口が開けているくらいだった。
中に入ると、ヒートの目線の高さよりも低い木製の棚に品物が並べられており、棚は長期使用に耐えられるように、防虫・防腐のための焦げ茶色の薬剤が塗ってある。棚の横には二段だけの折り畳める踏み台が吊るしてあり、あまり高くない棚であっても、子供やお年寄りでも問題なく手が届くようにとの配慮が感じられた。
棚に刻まれた細かな擦り傷が、この店が長年住民の生活を支えてきたことをヒートに教えてくれる。
店の奥に会計カウンターがあり、その後ろに簡単な造りののキッチンが備え付けてあり、揚げ物用の鍋に火がついている。入口と会計口が遠い。窃盗などの防犯を目的としない昔造りの配置に、地域性が表れていた。店主らしき男性が調理用の手袋をはめ、一人こちらに背を向け、揚げ物の仕込みをしている。
ヒートは、この店があったことは、記憶には残っている。けれど、「お店」としか呼んでいなかったからか、店名も覚えていない。命名文化が根付いている街なのに、「蜂の巣」といい店名が短い。こういうちょっとした一面に、長い命名の反作用が出ているのかもしれないとふと思った。
「ごめんください」
「はいよ」
「昨日から学校の課題で街の取材をさせてもらっている者です。以前この街に少しだけ住んでいて、少しの時間お話聞かせてもらっても良いですか?」
「ああ?」
ヒートの問いに、店主は振り返り訝しげに首を傾げた。店主は白髪が混じり灰色がかった短髪に、長年の荷下ろしや棚上げで培ったのか、二の腕の筋肉が発達しており、油の熱気で細められ目つきは鋭い。腕を組んだ様子で更に筋肉が盛り上がり、おおよそ商いをする人の出す貫禄ではなかった。
「あと、何か軽く食べられる物がほしいのですが…」
ゴクリと唾を呑み、やっとの思いでそれだけ続ける。店主はじっとヒートを見つめると、あー! と手を叩き、ニッと表情をくずした。
「赤い髪、町長から昨日お達しがきてたな。ちょっと待ってな。食い物は財宝揚げでいいだろ?」
「財宝? はい、ならそれでお願いします」
「あいよ。料金そこに書いてあるから、支払いだけ先にしてもらって、話すならカウンターの中に入って来な」
「良いんですか?」
「良いも悪いも、そっちにいた方が邪魔になるさ」
強面な印象だった店主が笑うと目尻にシワが刻まれ、一転して柔らかな雰囲気に変わる。もともとこちらが本来の姿なのだろう。
再度断りを入れ、ヒートは表示されている金額をトレイに入れてから、カウンターの内側に入る。トレイは金種ごとに仕分けしてあるが、ふたも鍵もなく無造作に置いてある。それが落ち着かず店主とトレイを交互に見やると、手袋をしている店主は、器用に足で椅子を蹴ってヒートの方へ滑らせた。
「並べる分まで一緒に揚げてしまうから、ちょっと待っててくれ」
そう、全く気にする様子はない。
「お金、このままでいいんですか?」
「話聞くって入ってきて、金盗む気があるならやってみろ」
「するわけないじゃないですか」
「なら心配するな」
ヒートはその言葉に従い、椅子に座り、店主の様子を観察した。店主は熱せられた油に、小判の形をしたタネを沈める。ほどなく浮かんできたその物体を、吸油紙を敷いたトレイに次々に並べていく。
香ばしい匂いがヒートに届き、その並べられた料理を見て、
「コロッケ…?」
そう呟いていた。
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