第12話 夕食での決意

 それから神父と、不機嫌になったチナツと合流し夕食を取った。チナツに気遣いは嬉しかったことを、謝罪と共に伝えると、キッとヒートを一度睨み、


「はいはい! あとでもったいなかったと思っても知らないからね」


 と、彼女はふふんと片目を瞑り、またカラッ笑ってくれた。


「ほう……」


 ホッとしたのも束の間、小さく、しかし聞き逃すことのない重厚感のあるヨフ神父の呟きに息を吞む。慌てて話題を切り替えようと考えたが、黙々と食べることで会話を止めた。美味しかった昼食が嘘のように、夕食はパン以外何を食べたか味わう余裕もなかった。


 しばらくして食事も落ち着き、雰囲気が穏やかになったことを確認すると、ヒートは、店の外でクェインツルとの間にあった出来事を簡単に話した。


「なるほど、だからさっきは迷った顔をしていたんだね」


「アイツ……ヒートくんは関係ないじゃないの。八つ当たりじゃない」


 二人とも反応はバラバラで、チナツにいたっては文句を言ってくると息巻くほどだった。なだめながら、冷静になった頭で考えを述べる。


「いいんですチナツさん。考えてみれば、父さんがあの時調べたことは、どこかの街や学校で発表してるのは事実ですから。だから、原因になったことはあながち間違いじゃないかも知れない。それにね、クェインツルは多分そのことで悩んでるんじゃないと思うんだ」


「ええ?」


 ヒートの言葉にチナツは納得いかない様子だが、神父は頷いた。


「クール君はいま、物事の表面に囚われて、内面の意味や気持ちを見る余裕がないんだね。聞く限りでは彼の名前に関するこだわりが原因かも知れないね」


「どういう意味?」


 神父の言葉にチナツが首を傾げる。


「ん? そうだね、ヒート君はどうしてクール君をクェインツルという本名で呼ぶんだい?」


「アタシもそれ気になってる」


「チナツさんにはおばさんの店で少し話したと思うけど…。僕が昔ここに住んでた時はヒルルシャントっていうもう一つの名前があって、すごくそれを嫌がってたんです。

 クェインツルとクラスで初めて会った時に、なぜかヒルルシャントっていうのが本名じゃないって気づいてね、クェインツルは僕を一度もヒルルシャントって呼んでないんですよ。

 どうしてって聞いたら、教室で初めて紹介された時、嫌そうな顔してたからとだけ。

 だからですかね、クェインツルにあだ名っていっても、アイツの嫌そうな顔が浮かぶんですよ」


「うむ。それだけ解ってれば、私からはなにも言うことはないよ。でも、私たちが彼をクールと呼ぶことも、間違いではないんだ」


「解っています。彼をどう思っているかが重要なんですよね。だから僕は、彼に改名の儀式をさせたくないんです。きっとそうしても、気が晴れるわけないですから」


「そっか。でも、アタシは改名の儀式を選んだ気持ち、少しだけ解るなぁ。パパの所に来てしばらくして、今みたいに、チナツって呼ばれたりするようになったのよ。

 アタシにはチーチルナッツって名前があるけど、チナツになれば本当にパパの娘になれるって考えたりしたもん。別の自分みたいって言えばいいのかな……?

 まあ、パパに止められたけど」


 ポツリと、チナツが過去を口にした。彼女は気が強い様子があるが、どこか優しい雰囲気に包まれている。きっとこの思いやりがそう写すんだろう。


「……ふ」


 傍らで神父が、笑っているのか泣いているのか判断できない表情をしている。


「私はチナツがそう言ってくれるだけで充分だよ」


 知ってるよと返すチナツの言葉に、神父の頬に涙が伝った。もうっと、ナプキンを差し出す二人のやり取りに、ヒートは部屋を分けて本当に良かったと冷や汗をかいた。

 チナツが言葉を続ける。


「クールも根は悪いヤツじゃないのよ。おばさんにはいつもお世話になってるから、分からないわけないじゃない? 街の変化に自分以外のみんなが慣れて、みんなにクールって呼ばれることを疑問に思っているんだろうけど、何も言えないのよ。だから、自分がクールっていう名前そのものになろうとしてるんだと思うの」


 ヒートとヨフ神父が頷き、ヒートは決意したように口を開いた。


「そうですね。変化を受け入れたみんなを否定したくない。変化に対応できない自分を、形から変えてしまおうと思っている。そう思います。

 だから、止めたいんです。望まないことはしてほしくない。それに、僕はクェインツルっていう名前がカッコイイと思っているんですよ」


「あ、それ言えてる」


 チナツが笑いながら肯定した。


「ふふ。クール君には、祭りの当日までやりたいようにやらせてあげてください。それも経験です。挨拶は会ったらかかさずしてください。ヒート君はそれまではクヨクヨせず、自分のやるべきことを忘れてはいけませんよ」


 ヨフ神父が行動を指示し、夕食後の談話は終了になった。

 寝室は、今夜は礼拝堂横の、緊急時用の仮眠スペースを使わせてもらうことになった。

 久しぶりに訪れた街の、長い一日が終わる。

 


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