間話 手紙

[味気ない茶色の封筒]


拝啓 クェインツル様


父さんに習った書き出しだけど、友だちに「様」ってなんだよって思うよね。

久しぶり。

まだそっちは少し寒いんじゃないかな?

いまぼくは、またもともと住んでいた街に戻ってきたんだ。

なんだかずいぶんクェインツルと過ごした気がするけど、まだこの前十一才の誕生日がきたばっかり。

一年くらいだって!? 信じられる?

それくらい毎日たくさん遊んだってことだよね。


こっちではみんなぼくのことをヒートって呼ぶよ。

当たり前なんだけど、ヒルルシャントにも慣れちゃってたから変な感じ。

イヤがってたのになぁ。

どこからでもヒート。

でもそこからきみの声はしないからさ。

なんだかもうさみしいよ。

それにおばさんの料理がやっぱりおいしい!

ちゃんと伝えてね。


父さんと母さんが、こっちに戻ってきてから、

きみが居てくれて本当に良かったって、何度も話すよ。

ぼくもそう思う。

最初教会で服をぬげって言われた時からすっごく不安だったけど、すごく楽しかった。

ありがとう。


おばさんとも話した、こっちの料理の絵を送るね。作り方は知らないからレシピじゃないけど、おばさんなら分かったりして。


追伸

もうひとつの荷物は父さんから。中身は知らないんだ。

また手紙書くからね。



[淡い黄色の封筒]


ヒートへ


 こっちはお前が帰った後も、おふくろが相変わらず騒がしい毎日だ。

 書くことをなかなか決められなくて、遅くなって申し訳ない。

 書くことがなかった。嘘。まぁ、目新しいこともあったし、それから書こうと思う。


 ヒートの親父さんが、仕事で街のことを発表したんだろう。取材がうちの店に来た。街の様子を記事にしたいってことで、二泊だけ。


 変わってる変わってるって連呼しやがって、少し腹が立ったけど、二日ともうちに飯を食べに来たから、文句は言えなかった。


 ヒートが居る間は、お前がそう言われているの見てたけど、大人が何人もそう言うと、本当にこっちが変わってるのかもなって思うよ。


 それはそうとヒート、拝啓とか様とかはどうでもいい。

 お前もっと字を覚えろ。

 この手紙もここまで書いて、全部読めているのか不安になってきた…。

 街が違っても言葉は同じで、勉強の内容も文章題の例えが違うくらいだっただろ?

 親父さんみたいに書くなら、そうした方がいい。


 あと友達に手紙送るのに、あの味気ない封筒はないだろう。


 次書くなら、約束な?


 最後に、親父さんの荷物、メガネだった。

 でもこのメガネ、レンズ交換するのこっちじゃできないな。

 来いって意味か?

 まぁいいや。お礼言っといてくれ。あと、お前と居たことに感謝なんかしなくって良いってことも。

 感謝されるために居たわけじゃない。


 追伸

  おふくろ、絵だけで分かったやつもあったぞ。でもあの黄色い固まりに赤い液体かけただけの丸いの、あれはなんだ?





[赤い煉瓦ブロック柄の封筒]


拝啓 クェインツル様


 もうずいぶん暖かくなったね。この手紙が届く頃には、ヒマワリの種植えが終わっているんじゃないかな?

 あの一面のヒマワリ畑は、一度見たら忘れることはないと思うよ。


 返事ありがとう。

 君の忠告に従って、辞書を隣に書いています。手紙にも段落があるんだね。知らなかった。

 封筒は、白い石畳柄はなかったけど、わりと気に入ってる。

 クェインツルは出会った時から分厚いメガネを掛けていたけど、たくさん勉強したのかな?

 なりたいものがあるの?


 取材の件、父さんに話したら、研究発表はすぐにしていたみたい。もしかしたら大学の関係者か、その時の記者が行ったんだろうって。

 確かに独自の文化が残ってはいるけど、人種、民族…、例えば言葉だったり、肌の色だったりが違うわけではないからすぐに落ち着くだろうって言ってたよ。

 メガネの件は、そうだって笑ってた。

 一緒にチケットが入ってなかった?

 来るなら必ずうちに泊まってよね!


 おばさんがわからなかった絵は、オムライスだね。バターライスを溶き卵を薄く焼いたもので包んで、ソースをかけるんだ。赤はトマトソースだけど、ミルクソースや茶色いデミグラスソースでも美味しいよ!

 茶色だとまるでひまわりみたいだね。


 じゃあ、レンズが理由でも、会えるのを楽しみにしているよ。





 煉瓦柄の封筒が何枚も重なっている。その上に、一枚の手紙がしまわれずに置いてある。

 冒頭にはこう書かれていた。



拝啓 クェインツル様


 返事がないまま何度も書くのも気が引けるから、これで最後にする。

 元気にしてますか?──



 重なった煉瓦柄の封筒に混じり、汚れた淡い黄色の封筒と書きかけの手紙が何枚もまとめられている。



ヒートへ


 この前、国の役人が、パチパチ蜂の中毒性の確認と言って、何度も街を行き来していた。

 恐らくメニューからパチパチ蜂は消えるだろうっておふくろは言っていた。


 町長同士の定例会が始まって、近隣五町の会合が始まるようにもなった。


 まるでこれまでが無かったみたいに、あっという間に変わっている気がする。


 なぁ、お前や親父さんが来たのは、このためだったのか?──



 手紙には何度も書き直された後が残り、ところどころ字が滲んでいた。

 この手紙がヒートの元に届くことはない。



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