第10話 学校

 八年ぶりの校舎は、色こそ変わっているものの大した変化はない。石壁の家屋が並ぶ街で、学校だけは木造だ。恐らく大きさに問題があったのだろう。大規模な博物館などは切り出した巨大な石壁を使っているところもあるが、この街の石壁を構成する石材の一つ一つは、両手で持つことが可能な大きさの物しかない。


 十二年間の通年教育を行う独特のこの学校は、教師が専門教科担当式である。

 クラス担任も兼任で、出席やホームルームは担当したクラスを受け持つ。生徒数は一学年一クラスで、だいたいそれぞれ三十人くらいずつ生徒が居る。

 この街だからか、転勤はない。最近は変わったかも知れないが。ヒートは職員室で現在のクェインツルの担任を捜すことにした。


「懐かしいなぁ」


 チナツが見回しながら呟く。


「付き合わせてすみません」


「いいのいいの。ついて行くって言ったのアタシだし。それに学校だったらアタシが役に立てそう。卒業生だもん。待ってて」


 と、張り切った様子でチナツは挨拶もせずに職員室に入っていった。ヒートは入り口のところで待つ。

 ほどなくチナツは白いジャージ姿の男性教師を連れて戻ってきた。壮年の教師は、恐らくヒートが学校に行っていた際も在籍していたと思われるが、覚えてはいなかった。


「ヒート君。クールの担任の先生。先生、この子がヒート君」


「こんにちわ」


「やぁ、こんにちわ。担任はしていなかったが、君達家族が来たことは覚えているよ。名前は、すまない……」


 簡単な挨拶を交わし、教師は申し訳なさそうに苦笑した。


「いえ、ヒートと呼んでください。それが本名ですから。今日は突然すみません」


「そ! ヒート君はヒートが本当の名前なのよ! ヒート君はいまこの街の収穫祭を調べに来てるのよ。それで話を聞かせてもらおうと思って」


 チナツが先生にざっくりとした説明をする。なるほどと呟いた彼によろしくお願いしますと再び頭を下げ、ヒートは言葉を探した。


「答えにくい質問かも知れませんが…、先ほどクェインツル君に会って、彼はあまり最近のこの街の変化を良く思ってないと聞きました。そういった意見は多いのでしょうか?」


 ヒートの質問に、先生は首をぐるりと回して思案した。なんて答えたものかなとぼやきを漏らす。


「それについては、そうでもないかな。と言っても、まだまだ別の文化が入ったっていっても些細なもんだと思うからね。反応なんていまからかも知れないのだけど…。生徒にはクールみたいに過剰に反応している子は、少なくとも居ないかな」


「過剰?」


「そう。君はどんな分野を専門にするんだい?」


「民俗学です」


「なら、調べに来たといった君に、この街の風習については説明する必要はないね? クールはね、改名の儀式の希望を出しているんだ」


 先生の言葉にクールだけでなく、チナツの驚きも重なる。


「どうして?!」


「何度も聞いたが、ハッキリとした理由までは…。私も力不足で、彼が塞ぎ込んでしまっているのは確かだがね。それはチナツ君の方が知っているんじゃないのか?」


 視線をチナツに投げると、彼女は激しく首を横に振って否定していた。


「そうですか……。もう一つ質問いいですか? 先生。街に変化が始まったのはいつくらいからが憶えていますか?」


「それはだいたい、君の家族がまた引っ越して一年も経たないくらいからかな」


 この質問を最後に、ヒートは学校を出ることにした。


「ありがとうございます、チナツさん」


「ううん。大丈夫?」


 心配そうなチナツに、ヒートは曖昧な笑みを浮かべた。


「この街が変わったのは、本当に僕らが引っ越してきたからかも知れないですね」


「そんなこと……」


 ヒートの表情を見て、チナツは言葉を止めた。


「それでも、アタシは今みたいに変化のある生活の方が好きだよ」


 今日見せていた快活なチナツとは違う、真剣な表情。


「ありがとう」


 教会までの道のりに、それから言葉はなかった。


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