第18話 祭り
祭りの日は、調査を続けていたヒートにとって、あっという間と言っても過言ではないくらい早く来た。
あれから何度かクェインツルと会ったが、取りつく島もなかった。
あの日、手には湿布薬が貼られたが、すぐになくなっており安心した。
夕空の下、中央広場ではもう祈願式が行われようとしている。
去年作って、家庭で使用しきれず余ったヒマワリの種の首飾りを、広場に組まれた焚き火へ放り込むのだ。またその一年の実りで生きていけるようにとの願いから。もっとも今では、祭りの儀式用といった様相で、ヒマワリの種を非常食として食べる家庭はない。その関係もあってか、列を作っている住民の数は多かった。
「この街にまた一年の豊富と、みなさんの無病息災を祈って」
町長の挨拶の締めの言葉を皮切りに、列になった人々が次々に首飾りを焚き火の中へ投げ入れると、炎の中に放り込まれた種ははぜて躍り、パチパチと賑やかな音を立てた。火の粉が散り、歌うというよりも囃したてるという表現に近い。
焚き火を遠巻きに囲むようにして、有志が出店を開いている。ヒートはパールおばさんのところで揚げた『パチパチ蜂』を串に刺したものを買った。
「いよいよね。ヒート君、頑張ってね!」
串は、手伝いをしているチナツが渡してくれた。
ヒートはそれを食べながら学校に向かった。パチパチ蜂は食べると塗られた甘い蜜の味がするけれど、口内で焚き火の中で爆ぜるヒマワリの種のような喧騒が生まれる。
昔は珍味として貿易品、日常の食品としても売られていたが、パチパチの中毒性が問題視され、現在は祭りの一日だけの屋台販売が許可されて残っているだけだ。
ヒートはこの
夕暮れの学校でヒートはクェインツルを待った。祭りの前日、チナツの方でも調べたと、教えてくれた話を
「名前の変更は、出生のときに使うものと同じ紙を中央広場の焚き火に、ヒマワリの種の音が止んでいる状態でくべることで完了するそうよ。
水で溶かした真名を、炎で次の世界に昇華させるとかなんとかだったわ。曲げたり、破いたりしても有効で、希望者は焚き火に向かう前に、学校から今年の首飾りを一つ貰って首かけていく必要があるんだって。
ただし、くべる前に辞めることも可能で、その時は紙じゃなく、首飾りを焚き火に放る。その代償で今年の実りを失うんだって。残った紙は、教会でまた聖水に溶かしてもらうそうよ。なんで代償なんてあるのかしらね?」
ほぼ、ヒート自身で調べた内容と合致している。
彼女は今日、おばさんの手伝いをしている。ここまで調べるのは大変だっただろう。学校から首飾りを預かることまでしてくれた。調査研究体験を口実に、ヒートの分も合わせて二つ。首飾り二つを首にかけながら、彼女に感謝する。
「お前、なにして……」
「引き止めにきたんだ」
現れたクェインツルの第一声を、ヒートは遮った。
クェインツルの表情が急激に冷める。見えないけれど舌打ちくらいしたかも知れない。
「放っておいてくれって言ったよな。帰れよ」
クェインツルの語気が強まる。
それを正面から受け、ヒートはあるものをポケットから取り出した。
一枚の白い紙。
そこには「ヒルルシャント」と書かれている。ヨフ神父に頼んで、本来ならヒートは貰う資格はないが、儀式用と同じ物を特別に用意してもらった。
ヒートはその紙を破った。こうしても意味ないけどね。と、少しの自嘲を籠めて呟く。クェインツルは紙の意味を素早く見て取り、こちらを見つめている。
「クェインツル。僕や君は、この紙とは違う。破られも、燃やされも、水に溶かされることもない。クェインツルの気持ち、全く解らないわけじゃないけど、名前を捨てるのがいけないことだって、一番理解してるのは君だろう?」
「……」
「パールおばさんも、おじさんも……。チナツも、ヨフ神父も、街のみんなだって、クェインツルを軽んじてるわけじゃない。クェインツルは八年前、僕の名前を尊重してくれたね。でもそれは、僕の名前だけを気にしていたわけじゃないだろう?」
さらに細かく細かく紙を破く。ヒートは、それを花壇の土に撒いた。
「この紙さ、街の人が生まれた時に使われるものと同じなんだってさ。来年ここに咲くヒマワリには僕の加護があるかも知れないね」
「……そんなわけないだろ」
少し肩の力が抜けたようで、彼は言葉を返した。
「だね。焚き火まで付き合うよ」
クェインツルはヒートに力のない笑みで応じた。先にチナツから預かっていた首飾りを取り出して、クェインツル一つにかける。ヒートも笑いかけるように意識した。
二人は歩き出した。
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