第5話 レストラン蜂の巣にて 其の一

 レストラン「蜂の巣」は、パン屋とレストランが併設されているお店で、一階がパン屋、二階がレストランになっている。


 お昼で売れたパンを補充したのか、焼きたてパンの芳ばしい匂いが、引き戸式の扉を開けなくても届いていた。

 ヒートは入口開けてすぐの階段をのぼった。レストランとはいっても普通の家屋を改装しただけのもので、大して広くはない。


 いらっしゃいませと、ヒートよりも少し歳上くらいの若い女の子が迎えて、空いた席に案内してくれた。

 黒いエプロンが映える綺麗な顔立ちだ。ご飯時は過ぎていて、もう食べ終わって歓談している先客が二人。


 昔はウエイトレスなんか居なかった。夫婦二人だけでやっていて、パンは旦那さんが、レストランは奥さんがそれぞれやっていた。ここも昔とは違い変化している。


「コウモリフリッターと蜂の巣ミルク」


 メニューを見ずに注文する。


「えっ…?」


 ウエイトレスが一瞬動揺し、そのあとかしこまりましたとの声も小さく、カーテンで仕切られた厨房に入っていった。その反応が気になって、ヒートはメニューを手に取る。


 この店のメニューは変なネーミングのものばかりでよく解らず、親とは一度しか来ていない。

 それ以降はこの店の経営者の子どもで、クラスメイトだった友だちに、よく連れられて食べさせて貰っていた。


 メニューも昔とは違い、きれいに厚紙で表紙が作られていて、その上外見だけでなく中身も違っていた。

 スパゲティにハンバーグ。ステーキにカレー。

 ヒートの故郷のレストランでも見たことのある名前のメニューがズラリ。あの奇想天外なネーミングの料理は一つもない。確認しようにも、先客の皿はもう食べ終わってしまっている。


「誰かねぇ……、おやぁ? その赤い髪の毛はヒートちゃんじゃないかねぇ?」


 カーテンの向こうからさっきのウエイトレスともう一人、白い頭巾を被ったおばさんが出てきた。


「おばさんのこと憶えてるかい? パルパティだよ。やぁ、おっきくなったねぇ!」


 興奮気味に巻くしたてるおばさんに顔が綻ぶのを感じながら、ヒートはもちろん憶えてますよと応えた。

 一年しか居なかったこの街の思い出は、ほとんどこの二階にある。


「クェインツルは学校ですか?」


 ヒートはこの街で一番仲の良かった、クラスメイト名前を上げた。


「そうだよ、まだ休みにはちょっと早かったね。首飾りの時間が残ってる。まぁ座って座って。すぐ作ってくるからね」


「え、でもメニュー……」


「あ、それかい? 最近は外からも人が来るようになったから、町長が変えろってうるさくってね。とは言っても、外からの人はみんな尻込みするのかパン屋止まりなんだけどさ。変える必要もなかったさね。まぁ外の料理も面白いからいいけどね。美味しいのを作るから待ってな」


 快活に笑い飛ばしながら、おばさんはまた厨房に戻った。ウエイトレスは先客の会計を済ませて、皿を片づけにかかっていた。


「ヒートって、あの家族で引っ越してきたっていうヒルルシャント君?」


 カーテンから顔だけ出して、ウエイトレスが声をかけてきた。

 肯定すると、ふーんと言うような様子で一度厨房に入り、すぐにまた出てきてヒートの横でしゃがんだ。


「さっきはごめんね、どう見てもよその人なのに昔のメニューを注文されたから驚いちゃって。ねぇ、街の外ってどんな感じなの?」


 ウエイトレスらしからぬ砕けた態度で、ヒートに喋りかけてくる。


「どうって……」


「こことドコがそんなに違うの? アタシさ、この街出たことないんだ。ヒート君は生まれも外の街なんでしょう? 小さかったから分からなかったかも知れないけど、ヒート君の家族が引っ越してきた時はすごく話題になったんだよ。前例がほとんどなくてね」


 このウエイトレスもよく喋るなぁと、ヒートは若干圧されるような勢いに目をしばたかせた。


「こらっ、チナツ! ヒートちゃんを困らすんじゃないよ」


 チナツと呼ばれたウエイトレスは、ヒャッと首をすくめ言葉を止めた。トレーに湯気を昇らせる料理を乗せて、パルパティおばさんが戻ってきた。


「ゴメンねぇ。この子はチーチルナッツっていうんだけど、神父さんとこの娘なんだけどさ。赤ん坊の時から教会で育ったから喋り足りなかったのかね、まぁよく喋るのよ」


「またまた。おばさんには負けますよ。チナツって呼んでね、ヒート君」


 二人のやりとりに半ば呆気にとられながら、ヒートはテーブルに置かれた料理に目を移した。コウモリフリッター。幼い時食べたものより豪華に盛り付けられている気がする。


「冷めない内にお食べ」


 その一言に促されて、ヒートはフォークを手に取った。


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