第4話 街の変化
町長宅というだけあって、家具は豪華に見える物を揃えてある。通された応接室のソファーは革張りで、シックな木目のテーブル、両手を広げるほどのテレビがドンと構えている。コーヒーとクッキーを夫人が待つ間にと出してくれたが、汚すのが恐ろしくて手をつけられなかった。
コーヒーが冷めない内に、町長は応接室に姿を見せた。立って頭を下げる。
「お久しぶりです、町長」
「ああ、大きくなったね。送られてきた写真で見た君よりも、ずっと大人に見える」
町長は八年前よりも歳をとって太ってはいるが、髪は黒く染めて、血色良く健康そうだ。
彼はヒートに用意してあったクッキーに手を伸ばしながら、向かい側のソファーに座って笑顔を見せた。ヒートは眉をひそめた。彼が憶えている町長の印象は、もっと心配性で無口だったからだ。年月と共に気まで大きくなったのだろうか?
「今日から手紙にも書いていたように、この街の風習や文化を記録させてもらおうと思って、挨拶に伺いました」
そんな町長の変化を詮索する言葉も見つからなかったので、ヒートは用件を伝えた。一月前に概要とヒート自身の写真を郵便として送ってあったので、詳しい説明は最初から省く。
「ああ、そうだったね。昔はお父さんも同じ目的でお母さんと君とを連れてここまで来たんだったな」
「はい。もっとも、僕はヒマワリの収穫祭を見学したら帰りますが」
「それも手紙に書いてあったね。よく憶えているもんだと感心したよ」
またヒートの前のクッキーを手にとり、口に放りながら町長は言った。
「でも、君が住んでいた昔と今とじゃあ、ここも随分変わった」
「そうなんですか? 街並みは変わらないなぁと思って歩いたんですが……」
「まぁ、道や家は変わってないね。それに収穫祭もあるよ。でも、最近は隣街を行き来する若者が増えてきているんだよ」
町長がそのことを良いことだと認識しているのは、口調で判断できた。この街が外部との交流を行っているということに、ヒートは驚いた。
その反応に満足そうに、町長は言葉を続ける。
「私の名前を憶えているかい? ヒルルシャント君」
質問に答えようと記憶を探るが、とっさには出てこない。部屋中に素早く視線を巡らせるが、名前が書かれていそうな額や盾などはない。町長は苦笑いを浮かべた。
「無理もない。私はヴァフスルーズニルという名前だが、いまはヴァフスと名乗っている。あだ名、と言うんだそうだね。だから君もこの街でヒルルシャントではなくヒートと名乗って結構だ。もっとも、君はそっちが本名だがね」
はぁ。と、ヒートは曖昧に返事を返した。
「最近は変化を重視する時代らしい。隣街や他の街の町長から笑われてしまったよ。出生時に真名の儀式なんて必要ないでしょうってね。
もう医学も発達して、ここでも成人を迎えられないという子供はほとんどいない。それでも形式だけは儀式を続けているけど、成長してからは憶えやすい略名で生活するのがもうほとんどだよ。役場でも略名を登録して、他の街で生活する事になったら略名を本名として使用できるようになった」
「それはまた随分変わりましたね」
「そうだろう。でも町民たちは意外と早く順応してね、まぁ、嬉しいことに街を離れたりはしない住民ばかりで、略名の登録なんかには来ないけど。賛否はあったが…、むしろ喜ばれているくらいだよ。家の表札も、あだ名の方を刻んで新しくしようかと考えているくらいだ。分かりやすいからってね」
どうやらヒートが過ごした八年前とは、この街は大きく違うようだった。しかし、ヒートがここまで来る道程で街が賑わっていた気はしない。他の人の話を聞くべきだと、話を切り上げることにした。
「お話、ありがとうございます。では今日からしばらくお世話になりますね」
「ああ、気にしないで。宿は教会の宿舎なら、自分で掃除をしてくれるなら無料で部屋を貸すと言っていたよ。日暮れ頃には挨拶に行くといい、神父が戻っているはずだ」
「本当ですか! すみません、助かります」
「いやいや。ところでヒート君、一つ聞きたいんだが…。歴史や文化を調べると言っていたね。この街は、変わっていっていいと君は思うかい?」
唐突に出た問いの口調は暗かった。ヒートの記憶にある心配性の町長の面影が瞳に宿る。思案し、言葉を選ぶ。少し間を開けてヒートは口を開いた。
「僕の住む地方に温故知新って言葉があります。」
「え? あぁ」
「古き習慣などを温め大事することで、新しいこと発見することができるって意味なんですが。こっちで例えると、
『パチパチ蜂は次の季節も代々の木で巣を大きくするけれど、新天地では岩に作れることを知る』
みたいな。すみません、あんまり上手く例えられませんが…」
「ふむ…」
「えっと、良いか悪いかは、これからじゃないですかね。僕も体験した真名の儀式についても、ヒマワリの収穫祭についても、そこには先代までの願いや想い、ジンクスだって含まれているのは確実です。
それは先代までのこの街の人々が生きていく上で必要なことで、後世に遺したわけですから。その意志を理解して変化するなら、それは間違っていないと思いますよ。まだ来たばかりですから、こんなことしか答えられませんが」
「そうかね…。いやぁ、立派になった。ありがとう。短い期間だが、頑張ってくれ」
「ありがとうございます。半分は父の受け売りですよ」
それから、教会に行くまでは、服などのいま不必要な荷物を預かってもらえるようになった。町長の好意に甘え、ヒートは町長宅を出た。
調べる前に、商店街で遅めの昼食をとることにした。よく行った小さなレストランがある。
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